第6話

 陽子は二軒目の店にいつも利用する路地裏のバーを選んだ。壁には映画のワンシーンを大きく引き伸ばした額がかけられていて、お酒の種類がやたらに豊富で、適度なざわめきと静けさがあり、かつて哲司ともよく訪れた店だった。


 哲司が去って一人残っても陽子はその店を好きで変わらず立ち寄り、マスターと世間話をしたりする。いつもはカウンターに座るところを今日は敢えてテーブルの方に陣取ったのは、突然若いアフロの男を伴って不審な顔をされたくなかったからだった。


 世間体を気にするのが自分が大人であることの証明のような気もするが、それはある種のプライドでもある。自分で自分を愚かしいと思うのはよくても、他人からそう思われるのは屈辱で許し難いことだ。


 ちゃんと働いて、仕事を任されるようになり、後輩を指導し、化粧して、適度に流行の衣服を身につけ何が起きても「世はすべてこともなし」という顔をしておかなくては陽子は自分のアイデンティティを証明できないような気がしていた。ようするに知的で取り澄ましたクールな姿を維持しないと自分の心弱さを露呈してしまう。それが怖くて陽子は仕事や化粧で自身を鎧っていた。


 陽子がジントニックを注文するとアフロも同じものを頼み、店内を見回しながら、

「よく来るん?」

 と尋ねた。


「別に、よくってことはないけど……」

「一人で来るん?」

「基本的にはね」

「なんや、基本って」

「一人じゃない時もあるってことよ。現に今はあんたといるじゃない」

「あんた、理屈っぽいなあ」

「……」


 陽子は余計なお世話だと言いたかったが、黙っていた。


 理屈っぽいとは陽子が一番言われたくない言葉だった。女だからとか、女のくせにと言われたくなくてすべての事柄を明晰な言葉で伝えるようにし、理論立てて話すことにしていた。けれど理屈っぽさと女の可愛げは対極にある。しっかりしていて頭がいいなんて賛辞は時として女である陽子の足枷にも成り得るのだ。


 ジントニックは新鮮で瑞々しいライムの香りがして、咽喉をスムーズに流れ落ちていった。


「煙草、ええかな」

「どうぞ」


 アフロはジーンズの尻ポケットからひしゃげた煙草の箱を取り出し火を点けた。


 陽子たちのテーブルの隣りにも四人ほどのグループが賑やかにカクテルやウィスキーを飲んでいて、その背景にシェリル・クロウが言葉を噛み砕くように、吐き捨てるように歌っていた。


 アフロは煙草を吸いながら、言った。


「あんたの願いを叶える前に、注意することがあるねん」


「……」


「俺はあんたの願い事、どんなことでも一個だけ叶えるって言うたけど、どんなことでもっていうのは正確とちゃうねん」


「え」


「できへんこともある」


「……例えば?」


「まず、ありがちやけど願い事を叶え続けることを願うっちゅーのは反則やで」


「……ああ、そうでしょうね」


「分かってくれるか。あんた、飲みこみが早いわ」


 アフロは妙に親しみのある顔でにっと歯を見せて笑い、灰皿に煙草の灰を落とした。見た目はまるきりその辺にいくらでもいる若いあんちゃんだ。陽子は困惑の中にも妙なおかしみを感じて、小さく笑った。


「次に、不老不死とか、そういう永遠系も駄目」


「なんで」


「永遠なんてもんはこの世界に存在せん。形あるものはいつか滅びる。命はもちろん、物質的にも、とにかく永久に時間や形態を留めておくことはできんのや。それは神も仏も悪魔も関係ない。宇宙の摂理や」


「科学的なのね」


 非科学的な存在なのに。陽子はますますおかしくて笑う。


「それから、漠然としたイメージもあかん」


「イメージ? どういうこと?」


「例えば、幸せにしてくれとかはあかん」


「どうして? 幸せにって言ってるんだから、そうしてくれればいいじゃない」


「そんなら聞くけど、あんたにとっての幸せってなんや? 仮に、あんたを大金持ちにしたとしようや。けど、それが必ずしも幸せに繋がる保証はできへん。あんたの金を狙って、どんなトラブルが起きるかも分からへん。騙されることもあるやろ。なんぼ金があっても一人ぼっちでは幸せとは言えんやろ。金持ちになった途端になんや病気になって死ぬまで苦しみ続けることもあるかもな。それでは幸せとは言えんやろ」


「じゃあ、総合的に幸せになるようにしてくれればいいじゃない。適度なお金と健康と、友人や恋人や家族なんかとの円満な関係と、事故にあわない幸運と……」


「俺、最初になんて言うた? 願い事は一個だけやって言うたはずや」


「……ようするに、幸せにしてもらおうと思ったら必然的に複数の願い事をすることになるってわけね……」


「そうそう、あんたはほんまに頭ええわ。ついでに言うと、漠然としたイメージっていうのは世界平和とかもあかんで」


「なんでよ。それは複数の願い事にならないじゃない」


「あんたにとっての世界平和ってなんや?」


「え……。戦争がない世界とか……」


「ふん。前にアメリカの大統領が言うてたあれやな。核のない世界やな」


「あ、そういうことも知ってるのね」


「ニュースぐらい見てるで」


 悪魔なのに? 陽子は思わずまぜっかえしそうになったが、笑いを噛み殺すようにグラスに口をつけた。


 あれほど自分は狂ってしまったのかと不安でたまらなかったのに、今は胸の中で好奇心のようなものがじりじりと刺激され、手足の先がうずうずする。走り出す直前の、緊張と高揚感を感じている。


 アフロもグラスのジントニックを啜ると、言葉を継いだ。


「核のない世界。それは可能やで。でも、その言葉通りゼロにしてしもたら、たぶん世界はいずれエネルギー不足で崩壊するで。核を使わんつーのは、原発もなくすことやからな。原発だけ残して核兵器は作らんなんて願い事はできんで。言うとくけど」


「それも二つの願い事になるから?」


「そう。それに戦争のない世界っていうのを叶えると、滅びる人種や滅びる国が出てくるで」


「えっ、どうして?」


「戦争っていうんは結局勝ったもんが正義や。そしてどっちかが勝たへんと終わらん。今、この世界にどんだけの争い事があると思てるねん。全部を終わらすにはどっちかが死なんとあかん」


「そこを平和的に解決することはできないの。停戦とか和解とか」


「無理やな。平和なんて、都合のええもんやで。言うたやろ? 勝った方が正義なんやって。それぞれの理屈で戦争しとる。噛みあわへんから戦争や。片方にとっての平和が、敵にとっての平和とは限らんっちゅーこっちゃ。あんたの思う世界平和が全人類共通の価値観とも限らん。せやから、漠然としたイメージはあかんねん。そこまで徹底して厳密に、一個だけの願いで丸く収めるのはぶっちゃけ無理やで」


「……」


「あ、でも、方法がないこともないな……」


「なに?」


「あんたが世界の王様になるっていう願い事やな」


「は?」


「あんたが世界の支配者になるねん。そしたらあんたの手腕で世界を平和にしたらええやん」


「む、無理……」


「ま、無理やろな」


「あんたねえ!」


 陽子が叫ぶとアフロははははと声を上げて笑いながら、カウンターの中で立ち働いているマスターに片手をあげて、いつの間にか空になったグラスを振ってみせた。


「あんたは?」

「あ、私もおかわり……」


 アフロは頷いて指を二本立てた。


「まだあるで」


「まだあるの? なんだってそんなに制約が多いのよ」


「そらあ、やっぱりきっちり願い事聞こう思たらそんぐらいなお断りは先に言うとかんと。何でも叶えたるっていうのは便宜上や。物理的に無理なこともあるねんから」


「悪魔って万能じゃないのね……」


「すんませんな」


「まあ、いいわ。それから、なんだって?」


「超常現象、物理的に不可能なことはお断り」


「と、言うと?」


「タイムトラベル、超能力……透視やら空飛ぶやら、人の心読むやとかはあかん。仮面ライダーやサイボーグ009みたいになるのも、もちろんドラえもん連れてこいっていうのも不可」


「……なんで」


「そういう人、どこにおるねん?」


「え?」


「この世に存在せんもんは実現できん。それはどんな力を使ってもな」


「ということは、魔法使いとかキューティーハニーも……」


「あかんな」


「サイボーグ009やドラえもんって人間の頭脳が科学の力で作り出したものって設定じゃない?」


「ふん」


「それじゃあ、そういうものを開発できる能力っていうのはどう? 天才。超天才。タイムマシンも発明しちゃうような天才。それはどう? できないの?」


「あんた一体なにになりたいねん」


「……」


「不可能ではないけどな」


「ほんと?!」


「けど、それ、あんた一人の力ではできへんやろ」


「というと?」


「あんたを超天才にして、タイムマシンを実現可能にしたとしよか。けど、あんたはそれをどこで作るねん? しつこいようやけど願い事は一個しか叶えへんねんで。タイムマシンの設計図ができても、それをほんまに作るには一体何十億ぐらいかかるやろうか? 場所は? 動力はどっからとる? この時代にそんな発明にスポンサーつくやろか? あんたな、スペースシャトルかって考えた人が自分一人で作ったわけやないやろ。自分で考えて自分でできる範囲言うたら……ペットボトル飛ばすとか、鳥人間コンテストぐらいが限界ちゃうか? バック・トゥ・ザ・フューチャーはあくまでもフィクションやからな」


「もういいよ!」


 陽子は不意に強く言い放ち、足を投げ出すようにして椅子の背に深々ともたれた。


「なんでも叶えるっていって、そんなに制約あったらなんにもできないのと一緒じゃないの」


「怒らんでもええやんか。今の制約は全部常識の範囲やろ。そない難しく考えんでもええやん。金持ちになりたかったらそれもええし、ものごっつい別嬪さんになるんもええやん。出世もええし。あ、そうや、誰か芸能人と結婚するでもええんちゃう? 好きな俳優とかさあ。あんたにかってそういう夢ぐらいあるやろ?」


 陽子はむくれたように腕組みをし、しばし思案に耽った。


 確かにアフロの言うような夢や願い事がないわけではない。宝くじが当たればいいと思っているし、実際に毎回宝くじは買ってしまうし、仕事だって今よりもっと大きな、世界に冠たるようなホテルに引き抜かれでもしたらと思うとわくわくする。


「ものごっつい別嬪」というのもなってみればまた違う人生があっていいかもしれない。ドラマチック。好きな俳優といえば妻夫木くんもいいけど、佐々木蔵之介もいい。


 そこまで考えて陽子は胸の中に冷たい風がふっと吹き抜けるのを感じた。宝くじは当たってないが、今、陽子の口座には結婚の為に貯めた額がそのままある。大きなホテルからのスカウトはないけれど、今度のブライダルフェアの企画は陽子の案が採用され、ほぼ全面的に任されている。それが成功すれば社内での評価もあがるだろう。妻夫木くんは素敵だし結婚なんてしたら毎日有頂天に違いない。でも、陽子が結婚しようと思ったのは哲司一人だった。


 陽子は願い事を考えることが侘しかった。自分は決して多くを望んだわけではないのに、なぜたった一つの大事な願いだけは粉々に砕けてしまったのだろう。むしろ自分は他になにも望まなかった。哲司との未来だけが自分の希望であり、夢だったのだ。


 愛し合って結婚を決めたはずが無に帰した今となっては、陽子はもう何も信じられないような気がしていたし、同時に一つ一つ時間を、信頼を、恋を積み重ねることが虚しく思えて全身から力が抜けて行くようだった。


 気力を失うとはまさにこのことである。


 陽子は二杯目のジントニックを飲みほしてしまうと、くるりとカウンターを振り向いた。


「マティーニをロックでベルモット多め、オリーブ抜きにしてください」


 マスターが陽子の注文を複唱した。マティーニをロックで飲むのは哲司の好みだった。


造園会社に勤めるだけあって植物に詳しくて、ベランダで葱や三つ葉を育てているようなどこか間抜けで憎めないところがあった。林檎の皮を剥くのが上手で、おおざっぱな陽子をよく笑った。声を荒げるタイプではなかったけれど、時々頑固で、こうと決めたら譲らないようなところもあった。だからだ。だから、別れの理由も話してはくれなかったし押しとどまる余地もなかった。


 マティーニが運ばれてくると、おもむろに陽子はロックグラスの中の大ぶりな氷を指先でくるくるとまわした。


 もしも私の願いが哲司とやり直すことだとしたら……。陽子はちらとアフロに視線を投げた。


「なんか思いついた?」


「願い事、聞いてくれるのは分かった。でも、そのかわり……っていう取引条件についてはまだ聞いてない」


「あ、それ。うん。そうやな。いや、それは全然難しいこととちゃうで。なーんも怖いこともない。あんたの願い事一個だけ叶える、その代わりに、あんたの寿命から一年分をくれたらええねん」


「一年分?」


「そう。たったの一年やで。な? なんてことないやろ? こんなお得な取引ないで。現代における人間の寿命なんか、えらいこと長なってるやないか。しかも女の人の方が長生きや。その命からほんの一年分引くぐらい、どうってことないと思わへん? 100が99になっても、別にええんとちゃう?」


「それはまあ……」


「よっしゃ。納得してもらえたみたいやな。ほんならあんたの願い事、言うてえな」


 グラスの氷に触れていた指がきんきんに冷えて痛かった。陽子はその指を唇に当てて、またしばらく難しい顔をした。


 哲司と別れていなければ、今ここでアフロ相手にしょうもないファンタジーについて話し合うこともなかったし、あのまま話しが進んでいれば今頃結婚式の打ち合わせに忙しくしていたはずだった。


 仕事で行う数々の披露宴の打ち合わせ。参考になるようでならない雑誌の切り抜き。お客が持ち込む夢の数々。プランナーからまわってくる進行表を見ながら陽子の心は他人の甘い夢に押し潰されてしまう。あれらはすべてご都合主義的な恋愛ドラマだ。そんなものに一体なんの意味があるのだろう。ほんの一瞬の出来事に過ぎないのに情熱をかける理由が分からない。甘言も時が過ぎれば戯言に変わる。すべては虚しいだけのものだ。


「……ないわ」


「え?」


「やっぱり、私、特に願い事ないわ」


「そ、そんな! そんなん困るわ!」


「なんであんたが困るのよ」


「困るもんは困るねん。なあ、なんか願い事してえな。頼むわ」


「ないものはないんだからしょうがないじゃない」


「ないはずないやろう。見栄張らんでもええやんか。どんな願い事したって誰かに分かるわけやないし、恥ずかしいことなんかなんもないねんで。さ、正直に言うてみ」


「本当にないんだってば。悪いけど」


「あんたなあ、人間っていうんはどんな時でも欲望を持ってるもんやねんで。どんな些細なことでも望みのすべては欲望や。美味いもん食べたいと思うことも欲望やし、綺麗な服着たいのも欲望」


「……」


 陽子はアフロの狼狽と必死の訴えに少し呆れていた。


アフロの言うことも、分かる。確かに人間なんて欲望の塊だ。睡眠でさえも欲望にカウントされるのだから。しかし今の陽子は眠ることも、食事も、なにも欲する気持ちになれないのもまた事実だった。


 陽子はアフロにふと微笑みかけた。


「あのね」


「ん?」


「私の中の欲望はすべて死に絶えてしまったの。私はなにも欲しくないし、なんの願い事もないの。ごめんね」


「……」


 そう言ってグラスに口をつけると、涼しい香りと甘い舌触り、咽喉を焼くアルコールが体に沁み渡っていった。


 アフロはため息をつくと長い脚を組み、煙草に手を伸ばした。


 悪魔と名乗る割に煙草の銘柄が「ラッキーストライク」なのが可笑しかった。


「俺、あんたの願い事叶えへんと帰られへんねん」


「……」


「せやから、どうしてもあんたになんか願い事してもらうで」


口をつけていたグラスのマティーニが少しずつ減っていくと共に陽子の目は酔いと眠気で赤く濁っていった。


「あんたのことなんか知ったことじゃないわ」


「まあ、そない言わんと」


「帰れないなら帰らなきゃいいじゃない」


「そんな」


「だいたいねえ、私はあんたを信用してるわけじゃないんだから」


「信用?」


 アフロはきょとんとした顔をして煙草を灰皿に押しつけた。


「信用ってなんやねん」


「突然乾燥機から出てきた男の言うことなんて信じられないし、信じる気もない。今までの話しは面白かったから勘弁してあげるけど、もう二度と私の前に現れないでちょうだい。学生だかなんだか知らないけど、これ以上悪ふざけに付き合うほどヒマじゃないんだから」


 陽子は酔っているという自覚があった。その証拠に頭の芯が揺れている。


 それにしても、この会話。まるで痴話喧嘩のようではないか。哲司とさえこんな会話をしたことはない。


 考えてみたら、二人は喧嘩らしき喧嘩をしたこともなかった。哲司はおっとりしていたし、陽子もそう感情的になる性質ではないから、何か意見の合わないことやむっとすることがあったとしても、怒りにまかせた物言いをすることはなかったし、陽子なりに先の先をシュミレーションして自分の訴えがただのわがままや醜いものにならないように努めていた。


そんなだから喧嘩になりようもなかったのだが、それが正しかったのかどうかは分からない。ただ言えるのは哲司が本当には何を考えていたのか、陽子には結局は分からなかったということである。


 もっと生々しくぶつかりあっていたら。魂を削るような戦いを繰り広げていたら。そうすれば互いをもっと深く知ることができたのだろうか。


 あの時哲司は時間が欲しいと言った。それが二人がもっと近づくための時間であったなら、陽子はまだ納得できただろう。そして引きとめる余地もあっただろう。


「それじゃ、帰るわ」

「……」

「洗濯もしなくちゃいけないしね」


 陽子はすでに立ち上がり、上着の袖に手を通している。アフロは何か言葉を探しているようだった。


「ここの飲み代、あんたが払ってよね」


「えっ」


「私、さっきの店で払ったじゃない。あんたに奢る理由なんかないんだから」


「あんた、ほんまに厳しい人やなあ……」


「じゃあね。さよなら」


 混み始めた店の中、誰も二人に注意を払う者はなく、陽子はカウンターの中で忙しく立ち働いているマスターにさっと手をあげた。


「ごちそうさまでした」

「あ、もう帰るの?」

「うん」

「明日はお休み?」

「うん、そう。またゆっくり来ますね」


 扉に手をかけたところでアフロが渋々と立ち上がるのが視界をかすめた。


 陽子は表へ出ると、いきなり通りへ向かって駆け出した。まるで何かから逃げるように、振り切るように。


ヒールの足先が痛かったけれど、陽子は夜の街を駆け抜けて駅前からタクシーを拾った。後ろを振り返ることはしなかった。でもアフロが追ってきている様子はなかった。


 急に走ったのでますます頭の中がアルコールに侵され、世界がぐるんぐるん回り出すような錯覚を覚える。タクシーの後部座席でぐったりとシートに背中を預け、車窓から見える車の流れを見つめていると、陽子は泣きたいような笑いだしたいような不思議な気持ちになった。


 自分はアフロのことなど信用できないと言ったけれど、果たして、それでは一体どこの誰なら信用できるというのだろう。あれほど信じた人さえも、信用できなくなってしまったというのに。


 馬鹿馬鹿しいことを言ってしまった。陽子は一人、苦笑いを浮かべる。それでも今夜のお酒が美味しかったのはアフロのおかげだったかもしれない。雨が降っているわけでもないのに車窓から見える車のライトが滲んでいるのを、陽子はアルコールのせいだと自分に言い聞かせていた。


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