第四話 Jardin secret ~秘密の花園~ ㊵

 「おい聞いたか!?ワトソン署長とバードリー神父様のこと!!」


事件の翌日、グララスの街中では人々の間で昨晩の出来事がもうすでに話題になっておりました。

市場で働く人々は次々に『人からこう聞いた』と言う話を一斉に話し出します。


「あぁ…。ワトソン署長は例の吸血鬼事件の犯人を捕まえる時に犯人と刺し違えて亡くなったんだろう?バードリー神父も一緒だったそうじゃないか…」

「犯人は息絶える間際に教会に火を放って証拠隠滅したらしいな!全くとんでもない犯人だぜ!」

「結局犯人はどういう人物だったのかしら…」

「なんでもよその国でも殺人を犯していた凶悪犯だったらしいぜ!」

「マジかよ…!まぁ犯人も居なくなって何よりだったな!」

「あぁ!この街にも久々に平和がやって来たな!」

「ワトソン署長とバードリー神父様のお蔭ね…」

「…お二人の魂のために祈りを捧げよう!あとであの教会のあったところに皆で行こう…っ!」


人々は互いにそう言い合うと、休んでいた手を再び動かしだし人ごみ溢れる市場の仕事に戻りました。

少し離れた路地に停まっているシンプルな小型の馬車の中から白いキャソックを着た男性がそっとその様子を見届けると、御者に馬車を出す様に促しました。

流れ行くグララスの街の景色を見て男性はふぅ…と一つ息を吐くと、帽子を目深に被り直してそのまま真っ直ぐ前を見つめてグララスの街を去って行ったのでした。


・・・・・・・・


 「この度は…陛下にご心配をお掛けして大変申し訳ございませんでした」

「いや、お前たちが無事に帰って来てくれただけで充分じゃ…」

「ありがとうございます…」


ナルキッスの王都・ビストリツッアのお城に戻って来ると、ジョージ陛下とマリー皇后、マリア、そしてセシルが出迎えてくれました。シャルロット様のことを、目を真っ赤にして今にも泣きそうなお顔で出迎えるセシルを見た瞬間シャルロット様も緊張の糸が解れたのかセシルに抱きついてワンワンと泣き出し、しばらく二人で泣き続けていたらいつの間にかシャルロット様はお疲れも出たのかぐったりと眠ってしまいました。

ジョージ陛下とマリー皇后が優しい笑みでウィリアム様達をプライベートな応接間の方へと招き入れました。マリアが入れてくれた温かい紅茶の湯気を燻らせ、ふかふかの心地よいソファーに座り少しラフな状態でヴィンセントも着席をし、ジョージ陛下はウィリアム様に柔らかく微笑みかけました。


「…一連の出来事は先ほど教会の総本山アルカディアより報告を受けた。まさか…吸血鬼のような恐ろしい存在が本当にワトソン署長とバードリー神父…まさか聖職者と言われるような人物としてこの世に存在していたとは夢にも思わんかったわい」

「『事実は小説よりも奇なり』とはこのことですわね、アナタ」

「うむ、まさにそうじゃったな…。ウィリアム、ヴィンセントよ本当に無事に戻って来てくれてよかった。シャルロットも可哀想に怖い目にあったじゃろうなぁ…」

「ご心配をお掛けいたしました」

「何を言っとるか!ワシらの間では遠慮は無用じゃ…!」

「…ジョージ陛下…」


深々と頭を下げられたウィリアム様に対し、ジョージ陛下は声を大きく断言されると、少し照れたように紅茶を一気に飲み干されました。一気に飲み込まれたせいか、少しむせてしまってマリー皇后に背中をさすられてしまいましたがすぐにウィリアム様の方に見直りゴホンッと咳をして喉を整えられました。


「…お主たちのことは亡くなったローザタニア先代国王…お主たちの父親からも頼まれておるんじゃ!ワシらは無二の親友じゃったからな…!もし万が一どちらかが先に早く亡くなってしまった場合は、お互いの子供たちについてきちんと面倒を見る!そう約束しているのじゃ!」

「父上と…?」

「うむ!…ウィリアムよ、お前は成人しているとはいえ、まだ19歳…若い!全てにおいてまだまだひよっこじゃ!ヴィンセント、お主もじゃ!まだ色々と悩み、苦しみ、迷う時もあろう。そんな時は経験豊富なワシら大人を頼れ。何かしらお前らの助けにはなるじゃろう」

「陛下…」

親友フリードリヒとの約束じゃからな。…ワシは早くに親を亡くしたお主たちのことを…フランツと同様本当の子供たちのように思っておる。まぁ…お主からしたら口を開けばフランツとシャルロットの結婚の話しかしない嫌なオヤジだと思っているじゃろうがな」

「そんなこと…」

「ウィリアムよ…ヴィンセント、お主もじゃが…お主たちは人に甘えることが苦手な様じゃな。若くしてその重圧のある座に就いておるのにも原因はあるじゃろうが、もう少し人を信頼しても良いと思うぞ?特にウィリアム…いつかお主が大きな何かに苦しんでしまうのではないかとワシは心配しておる」

「…」

「まぁもう少し年相応の若者らしくいろ!ワシにももう少し甘えても構わん!あ…ヴィンセントよ、だからと言ってハッスルしすぎるのは気を付けなさい」

「そっちは歳相応なんです」

「…まぁ…ほどほどにな」

「承知いたしました」


一瞬シーンっとした空気が応接間に流れ込みました。マリー皇后は羽根の付いたゴージャスな扇子をパタパタ仰ぎ、おほほほほほ…とその場を笑いとばしました。マリアもつられて一緒に笑い出し、ピトッとヴィンセントの肩にくっ付く様に膝を折り上目づかいで見つめ上げます。


「…何でしたらこのマリアがいつでも…ヴィンセント様のお相手いたしますわよ❤いつでも…道場でマリアに愛の背負い投げを掛けてくださいまし❤」

「そうだな、まだまだ私には鍛錬が必要だからな。思う存分投げ飛ばさせてもらおうか…」

「まぁ❤ついでにその後…マリアを愛の寝技で天国へ連れて行ってくださっても構いませんことよっ!?」

「…一人で勝手にマットに包まっておけ」

「あぁんっ!その冷たい視線に冷たいお言葉っ!!大好きですわ、ヴィンセント様っ!!」

「…お前は昔から変わらないな」

「美人になったでしょうっ!?」

「…まぁな」


キャーッと一人でテンション高くなっているマリアを横目に、はぁ…と溜息をついてヴィンセントは紅茶を一杯口に含みました。


「…歳相応にしてたら色々歯止め効かないんですよねぇ…」

「ん?ヴィンセントよ、何か申したか?」

「いえ…何も」


誰にも聞こえないような小さな声でぽそっとそう呟くと、ヴィンセントはウィリアム様の方に視線をチラッと向けました。何か思うところがあるのか、口元に笑みを浮かべながらもエメラルドグリーンの瞳は笑っておらず、でもにこやかにほほ笑んでおりました。


「さぁ…夜もそろそろ深くなってきた。疲れておるじゃろうからもう休みなさい」

「ありがとうございます」

「…うむ。おやすみ、ウィリアム」

「お休みなさいませ、ジョージ陛下、マリー皇后…」


深々とお辞儀をして、ウィリアム様とヴィンセントは応接間から去って行きました。遠くなっていく足音を聞きながら、ジョージ陛下は大きく溜息をつくとやれやれ…と紅茶をグイッと飲まれました。


「陛下、ワタクシ達も休みましょう。今日は心配で気疲れされましたでしょう?」

「うむ…」

「…陛下、彼らも必死でもがいている最中です。ワタクシ達は…そっと見守って差し上げましょう」

「うむ…」

「さぁ陛下…おやすみまさいませ」


マリー皇后はそう優しく微笑み、ジョージ陛下の丸々とした頬に優しくキスをされると、手を取って一緒に寝室の方へと向かい応接間をあとにしたのでした。


・・・・・・・・


 「ヴィー、一本付き合え」

「…一本だけですよ」


別館に戻る途中、広いバルコニーに出るとウィリアム様はヴィンセントに目配せをして煙草を促しました。カツアゲされたヴィンセントは渋々ポケットから煙草を出してウィリアム様に差しだし、スッと火をつけて二人は階段に座り込み一服しだしました。


「…疲れた」

「でしょうね」

「お前にも苦労かけたな」

「…いつものことです」

「シャルを守ってくれて…礼を言おう」

「私は臣下です。姫様を命に代えてでもお守りするのが私の使命です」

「ヴィンセント…」

「なんでしょうか、陛下」


ふぅ…と胸いっぱいに吸い込んだ煙を思い切り吐きながら、ヴィンセントは澄んだ夜空の星を見上げておりました。ウィリアム様はそんなヴィンセントの横顔を膝に頬杖をつきながらジッと見つめます。


「…お前は幼い時から私たちと兄妹といっても過言でないほどずっと一緒に過ごしてきた」

「そうですね」

「…シャルはお前のことをもう一人の兄と思っているんだろうな」

「何かと手のかかる妹ですねぇ」

「でもその分愛らしいだろ?」

「…まぁそうですね」

「これからも…本当の妹のようにアイツを守ってほしい」

「陛下?」

「…ヴィンセント、私がお前に言いたいことはそれだけだ」

「…陛下、別に私姫様にそれ以上の感情なんて一切抱いておりませんけど?」

「…知っているよ」

「だったら別に―――…」

「知っているよ。でも…似ているだろう?」


ピクリと一瞬ヴィンセントの眉が動きました。しかし平静をすぐに取り戻し、ゆっくりとヴィンセントはウィリアム様のお顔を見ると、普段はあまり見せない少し鋭い真剣な視線でこちらを見つめておりました。


「…何が仰りたいのですか?」

「ヴィンセント、お前は―――…」

「陛下、子供じゃないんだから。大丈夫ですよ。姫様だけの騎士ナイトが現れるまで、私は命に代えてでも姫様をお守りします」

「…そうか」

「えぇ…」


ウィリアム様はヴィンセントから視線を外し、同じく澄んだ星空を見上げながら大きく煙草の煙を吸ってふぅ…っと細長く吐き出しました。


「…そんな事よりも先に陛下の事です。あ、そう言えば西のアルマラ国の皇女とのお見合い話がきております。歳は陛下の一つ下の18歳。スレンダーで穏やかな美女とのことですよ。帰ったら早々、返事をしなくてはなりません」

「…露骨に話の矛先を変えようとしているな」

「何か仰いましたか?」

「いや、別に…」

「そうですか…」

「あぁ」

「…陛下」

「なんだ?」

「…朝まで飲みませんか?」

「そうだな」

「…マリアを呼んできましょう」

「むしろマリアの部屋に行こう」

「そうしましょう」

「奇襲だ」


お二人はお顔を見合わせてニヤリと笑うと、煙草を消して颯爽と立ち上がり来た道を戻ります。

まだ応接間で片付けをしているはずと踏んだお二人は急ぎ足で応接間に戻り、部屋を片付けて出ようとしていたマリアの腕を取ってそのまま引きづりながら歩き始めました。


「ウィ…ウィリアム様っ!?ヴィンセント様っ!!?」

「マリア、今夜は付き合え」

「えっ!?」

「アナタの部屋で酒盛りです。どうせ部屋にいい酒隠し持っているんでしょ?」


え?え?と戸惑いながらもこのシチュエーションに喜んでいるマリアはハイっ❤と返事をしてそのままお二人に引きずられながら乙女チックでラブリーなマリアの部屋へと運ばれていきます。

三人の笑い声は夜通し、静かなビストリッツアの夜空に広がるのでした。

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