【天武】の試練

・はぁあああああああ!!??

・ネームド? はぁ? ネームド!!??

・何もないと思ったら! 何もないと思ったら!!?

・阿鼻叫喚で草。いや、驚くけど

・いやっほぉおおう!! ロリが増えましたわぁーー!!

・なんかどっかのお嬢混ざってない?



 コメント欄は大騒ぎ。


 だが、それに反応している余裕はない。



「カカッ、さらに警戒心が上がってしまったのぉ」


 

 そう言って、何が面白いのかケラケラと笑っている目の前の少女――シユウ。


 蒼い鱗に覆われた龍尾を機嫌よさげに揺らす姿からは、敵意や殺意の類は読み取れない。


 だが、首切り君を握る手から力が抜けることはなかった。


 ネームドボス。


 俺は、その強さを身に染みて知っている。


 なにせ、俺の背後で驚いたように息を呑んでいるローザネーラが、元はソレだったのだから。


 俺とローザネーラの戦いは、彼女の性格的な弱点を付いて、行動を苦手な近接戦闘に限定し、怒りで思考を単純化させ――と、そこまでやっても、一撃貰えばアウトなオワタ式だった。


 ギリギリの綱渡りを何度も乗り越え、さらに望外の幸運に助けられて、辛うじて勝利することが出来た。


 では、眼前で怪しく微笑むこの少女を相手に、俺はその幸運をもう一度引き寄せる事が出来るのか?


 ローザネーラと戦った時よりもレベルは上がっている。新しい職業やスキルだって手に入れた。


 そして何より、頼りになる相棒がいる。


 ちらりと背後に視線をやると、こちらを見ていたローザネーラと視線が合った。


 彼女を杖を握りしめ、臨戦態勢は取れている。



 ――――いけるか?


 ――――ええ、もちろん。



 言葉は交わさず、ただ交わした視線で意思を伝えた。


 そして――――。



「《ファストステップ》ッ!」


「ほう?」



 話している最中にクールタイムが終了したスキルを発動。


 シユウの背後に高速で移動し、振り向きざまに首切り君を振り上げる。


 相手は格上のネームドボス。称号の《名付き殺しネームド・スレイヤー》と《格上殺しジャイアント・キリング》の効果が乗る。


 称号によるダメージ上昇。そして、スキル《首狩り》が発動するように首一点を狙う。


 シユウはこちらに反応していない。まぁ、避けようとしても――。



「――――【星の戒めプラネット・バインド】!」


「ほーう?」



 ――ローザネーラの魔法がソレを許さない。


 ズゥウン、とシユウの周囲の景色が歪み、地面に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


 【星の戒めプラネット・バインド】。それは、重力の檻。


 対象範囲の重力を数十倍にし、動きを制限する【次元術】。


 これでシユウは動けない。


 つまり、この一撃――必中不可避。



「【ギロチン・ダンス】――【グリム・ザッパー】!!」



 俺は、渾身の力を込めて真紅の大鎌を振るった。


 《大鎌》スキルレベル30、40で覚えた武技の同時発動。


 首に攻撃を命中させた時に威力が跳ね上がる【ギロチン・ダンス】に、【ザッパー】の上位武技である【グリム・ザッパー】。


 二色のオーラを纏った首切り君の刃が、シユウの首に吸い込まれ――。



「――――《鋼気》」



 キィインッ!!!

 

 空に抜けるように響いた、金属音。


 それは、真紅の大鎌とシユウの首が衝突した事で生じた。


 首切り君が弾・・・・・・かれた音だ・・・・・


 ……は?



・は?

・いやいや、どうなってんの?

・鉄筋同士をぶつけた時みたいな音したんだが?

・人体が出していい音じゃない

・それより、なんの迷いもなく襲い掛かったヴェンデッタちゃんに突っ込めよ

・いつも通りだろ?



 あまりの出来事に、思わず呆けてしまう。


 なんの冗談かと思うが、手に感じる痺れがその思考を否定してくる。


 俺、本当に首を斬ったのか? 


 間違って鉄の塊に首切り君を叩きつけたんじゃないか?


 呆然としている俺と、同じように口を開いてぽかんとしているローザネーラを尻目に、シユウはゆるりとした動きで振り返り、俺に視線を合わせた。 



「ふむ、なかなか良い一撃じゃったぞ。相手の背後を取り、仲間に足止めをしてもらい、最高威力の一撃を放つ。殺意に迷いがないのもいいのぉ。カカッ、その大鎌のように研ぎ澄まされた殺意。ガラもなく滾ってしまいそうじゃわい」



 僅かに頬を染め、歯を見せて笑うシユウ。


 除いた犬歯は鋭く、笑みと呼ぶにはあまりに攻撃的なそれに、俺は背筋を凍らせた。


 というか、何を呆けているんだ。


 攻撃が通らなかった? なら、今度は別の攻撃を試せばいい。


 相手はネームドだ。一筋縄でいくなんて最初から考えちゃいない。


 接近戦は不利か? ならば、距離を取って――。



「――――魔法でつるべ撃ち、かのぉ? 切り替えの速さは良し。じゃが、少々戦法が陳腐じゃな。そこはあえて接近戦を選び、相手の能力を探るのが吉じゃぞ」


「ッ!?」



 とんっ、と。


 いつの間にか距離を詰めてきたシユウが、俺の唇を伸ばした指でつついた。


 音もなく、予備動作なんて見えやしない。


 シユウ越しに見えるローザネーラに視線を投げかけるも、驚愕の表情で首を横に振るばかり。


 それに、今のシユウの言葉……まさか、思考を読んだのか?



「カカッ、ちと違うのぉ。読んだのは『意』じゃよ。森羅万象が持つ意識無意識――その揺らぎが見えるようになれば、このくらい容易い容易い」


「……ちょっと、何言ってるのかわかんない」



 なんだか、無茶苦茶なことを言っていることだけはわかった。


 しかし……攻撃を仕掛けたというのに、まだ敵意を感じないな?


 もしかして、襲うつもりはなかったのか? 


 いやでも、ネームドボスが世間話をしにやってくるとは考えにくいし……。


 ええい、もういいや。直接聞いてしまおう。



「ええと、シユウさん? でしたっけ。貴女は一体、どのような御用で?」


「警戒心がセリフに出過ぎじゃろう。というか、武器くらい降ろしたらどうじゃ?」


「いえ、まだ暫定敵ですし……」


「カッカッカ、それもそうじゃの!」



 何が面白いのか、大口を開けて笑っているシユウ。


 得体の知れない相手ではあるが、その姿にはどこか親しみやすい雰囲気があった。


 もしや、本当に敵じゃないのか?



「して、目的じゃったか」



 シユウは笑みを意味深なモノに変え、何故か俺の首筋をひっつかんだ。


 はい?


 そして、そのままローザネーラに近づき、その首根っこも掴む。


 

「へ?」


「な、なにするのよ! はなしなさいよー!」


「カカッ、活きがいいのぉ。それじゃあ――」



 あっけにとられる俺、ジタバタと文句を言うローザネーラ。


 そんな俺たちを両手に掴んだシユウは、ぐっ、と膝を折り曲げて。



「――――飛ぶぞぉ」



 ドンッ!!!


 大砲でもぶっぱなしたのかと言いたくなるような轟音を響かせ、空中に舞い上がった。


 

「「にひゃぁああああああああああああああああああああああああああ!!!???」」



 俺とローザネーラは悲鳴の大合唱。


 凄まじい重力と空気圧、吹き付ける風に木の葉のように身体が揺れる。


 シユウはそのまま空中をすごいスピードで移動し始めた。


 いつの間にか金色のオーラがシユウの身体を包んでおり、空中移動に合わせて尾を引いている。


 ド〇ゴン〇ールか……!? 


 というかこれ、どこかに運ばれてる? 一体、どこに……。


 

「うわぁああああ!!? 速い速い怖い怖いぃ!?」


「にゃあぁああ! ぜったいにはなさないでよ! はなしたらしんじゃうぅう!」


「カッカッカ、にぎやかじゃのー」

 

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