人気実況者の姿か? これが……
――――アリアンロッド・プリマヴェーラ。
登録者数百万人。最高同接者数約5万人。押しも押されぬ超人気配信者だ。
では、そんな彼女の魅力は何なのか。
まずはその優れた容姿。
『お嬢様』という概念を3Dプリンターで出力したようなビジュアルをしており、一度目にしたら中々忘れられないであろう美貌とインパクトを兼ね備えている。
言動の端々に感じる確かな高貴さと教養の深さが、彼女が本物のお嬢様であることを感じさせる。
彼女の性格も好かれる要因の一つだろう。
けっして驕るようなことはせず、視聴者と同じ目線で接することのできる善性。
コメント欄とのレスバトルは見ていてとても面白い。
また、どんな困難にも笑って真正面から立ち向かう気骨の太さがある。
唐突に訪れたピンチにも諦めず、できる限りのことを全力で行う姿は、しびれるほどカッコイイ。
そしてなにより、アリアンロッド・プリマヴェーラは『劇的』に愛されている。
確実に『ナニカ』が憑いていると全視聴者が太鼓判を押すほどの『悪運』っぷり。
ドロップ率30%の素材がいつまで経っても出なかったり。
かと思えば、誰も存在を知らないような激レアアイテムを草むしり中に入手したり。
とある魔物と戦った時は、低確率で発生する状態異常におかしい頻度でかかったり。
かと思えば、他の魔物との戦闘で楽な行動パターンを引いて戦闘があっさり終わってしまい、その後の配信内容に困ったり。
その何が起こるのか分からない波乱万丈っぷりは、見る者を虜にする。
彼女のオモシロエピソードは幾つも切り抜かれ、動画サイトを盛り上げているのだ。
容姿の良さでぶん殴られ、性格の良さに惹かれ、存在の面白さに沼にハマる。
そうやって彼女のリスナー、『女神教徒』――通称『教徒』は増えているという。
異名も沢山あり、有名なところだと『VRお嬢様』、『ネタ枠お嬢』、『悪運の女神』etc.……。
とにかくすごい有名人であり、C2をプレイしていて、彼女のことを知らない者はいないだろうと言われるほどだ。
というか、C2を知らなくてもアリアンロッド・プリマヴェーラのことは知っている人も多いだろう。
動画サイトには切り抜きだけでなく、音MADやネタMADなど数多くの動画が投稿されており、ネットミームの一種と言っていいほどに拡散されている。
実のところ、俺もその一人だったりする。
前々から彼女のことを知っており、だからこそ昨日、訳の分からないファーストコンタクトをした時は本当にびっくりした。
俺はそんな彼女と奇妙な縁で知り合う――アレを知り合うと言ってもいいのかわからないが――こととなったのだが……。
「あぁ……素晴らしいですわ! 完璧ですわ!! 可愛すぎて食べちゃいたいくらいですわ!!! パクパクですわぁ!!!! ……ああ、食べるとはもちろん、アッチの意味でぼひゅ!? メ、メイ? あなた、いきなりなにをしますの!? 主人の頭をハリセンで叩くとは、いったいどういう了見でして!?」
「失礼、お嬢様を
「あら、私のどこがロリコンだと言うんですの? 言いがかりはおよしなさいな」
「ヴェンデッタ様に鼻息荒く詰め寄っていた、アリアンロッド・プリマヴェーラとかいう頭悪い名前をした頭の悪い髪型のお嬢様のことに決まっています。手をワキワキさせてじりじりとにじり寄る姿は普通に通報モノでしたよ。というか、普通に気持ち悪くて引きました」
「…………う、うるせぇですわ~~~!! メ、メイドのくせに主人に盾突くんじゃじゃありませんわ!」
人気実況者の姿か? これが……。
ハリセンを持ったメイさんにとうとうとお説教され、両手とドリルヘアをブンブン振り回すアリアンロッドさんを、呆然と見る。
・え? え? お嬢? お嬢なんで??
・このレスバの弱さ、本物だな……
・ああ、お嬢の悪癖か。確かにヴェンデッタちゃんはドストライクだもんな
・お嬢、可愛いモノに目が無いもんね
・昨日の処刑ショーで面識があるのは分かっていたけど……。
・昨日の今日でコラボたぁたまげたなぁ……。
コラボ……? あっ!
現実逃避気味にコメント欄を見ていた俺は、慌てて言い合いをしている二人に声を掛ける。
「あ、あのっ! アリアンロッドさん、メイさん! 俺、今配信中で……」
「あら、知っていましてよ? というか、さっきまで配信を見ていましたもの」
「こうしてヴェンデッタ様の位置を正確に捕捉できた理由がそれでございます。ああ、この一歩間違えればストーカーに成りえる提案をしたのはお嬢様なので、非難文句はそちらに向けて頂ければ」
「メイ? あなた、私を売り飛ばすのに躊躇がなさすぎやしませんこと?」
「え? あれ? でも……」
超人気配信者が、俺みたいなニュービーの配信にひょっこり顔を出すって、それ普通に放送事故なのでは……?
アリアンロッドさんの配信だと、結構他の配信者とたまたまフィールドで一緒になって、そのままプレイするみたいな場面はよく見かけるけど……。
「あら、顔色が良くなくってよ? 一体なにを……ああ、もしかして私たちが配信に映ってしまうことを気になさっているのかしら?」
「あ、はい……えっと、すぐに配信切った方がいいですよね?」
「いえ、そのまま配信なさって問題ありませんわ。配信中に別プレイヤーが映ってしまうことなんてよくあることですし。むしろ、その状況をチャンスと取れ高を狙ってこその配信者ですわ!」
「……おおっ、すごい。アリアンロッドさん、やっぱり人気配信者だったんですね」
「おーほっほっほっほ! 当然ですわ! この私ですもの……って、少しお待ちになって? 今まで私のことなんだとお思いになられていたのですか?」
スッと視線を逸らした。
いきなり乱入してきてみょうちきりんな言動をするお嬢様っぽいナニカ……とはさすがに言えないからなぁ。と、取り合えず誤魔化す方向で……。
俺はアリアンロッドさんと目線を合わせ、身長差ゆえに上目遣いになりながら、にっこりと微笑む。
「昨日、助けてくれた時の印象が強かったので、つい。ああ、そうだ。昨日はありがとうございました。助けに入ってくれて助かりました。その、やっぱり少し不安だったので……心強かったです」
「おっふぅ……! 下から突き抜けてくる衝撃ィ! ヘビー級ボクサーのアッパーカットよりも脳味噌揺れますわぁ……!」
顔を真っ赤にして弾かれたように天を仰ぐアリアンロッドさん。手で鼻を抑えて……なんか、真っ赤なエフェクトが見えるんだけど?
天を仰いだまま赤いエフェクトを垂れ流しながら固まってしまったアリアンロッドさんをどうしようかと、メイさんの方へ視線を向けて……あれ? いない?
「挨拶が遅れました。昨日ぶりでございますね、ヴェンデッタ様。メイド服、お似合いですよ」
「おわぁ! い、いつの間に……?」
音もなく俺の隣に立っていたメイさんに、思わず肩が跳ねるくらい驚いてしまう。
えぇ、さっきまでアリアンロッドさんの隣にいたはずじゃ……瞬間移動?
「メイドですので」
「ア、ハイ」
「ところで、ヴェンデッタ様。一つご提案なのですが」
「な、なんでしょうか……」
メイさんは俺の顔を覗き込みながら、見惚れるようなアルカイックスマイルを浮かべる。
「――――メイド家業に興味はございませんか?」
「なんて???」
頭の上に浮かぶ大量の『?』。
いや、なんでいきなりスカウトされたの?
ぽかんとスペースキャッツフェイスを晒している俺に、メイさんは言葉を続ける。
「私の眼が正しければ、ヴェンデッタ様はかなりメイドの素質を持っています」
「メイドの素質」
またよくわからないワードが……怒涛の展開で疲れている脳味噌に、これ以上負荷をかけないでいただきたい。
俺が頭の上の『?』を増やしていると、メイさんは仁王立ちで天を仰いでいるアリアンロッドさんを見て、小さくため息を吐く。
「それに、あの度し難い変態……もとい、お嬢様についている専属メイドは私だけなのですが、あのテンションについていくのも中々大変でして。なので、お嬢様をその可憐さと可愛らしさでコントロールできそうなヴェンデッタ様のお力があれば、私も少しは楽を出来るかな、と」
言いたい放題だな、このメイドさん。
主従関係的にそれってどうなのと思ったが、メイさんがアリアンロッドさんを見る瞳には、呆れ以外にも確かな親愛が宿っているように見えた。
まさに、気の置けない関係というヤツだな。俺とローザネーラもこんな関係を……うん? 今も大体こんな感じでは?
「あとはまぁ、メイド服が良く似合っていたので」
「それメイドの素質と関係あるんですか?」
「ええ、もちろん。メイド服とはいわばメイドの魂。それを着こなせる物はすなわち、『メイド
「謎ワードでゴリ押そうとするの、やめません?」
俺の言葉をにっこりスマイルで黙殺しメイさんはくるり、とその場でターンする。
ロングスカートがふわりと翻り、ブーツに包まれた足と白ソックスに包まれたふくらはぎが一瞬だけ見え隠れした。
洗練され、計算され尽くした所作に、俺は思わず目を奪われ――。
気が付けば、メイさんは俺の目の前に立っていた。
腰を曲げて身を屈め、すっと伸ばした人差し指が、俺の唇に当たる。
えっ、ちょっ、まっ。顔が近いというか、なんかいい匂いがするというかっ、あのぉ!
「どうですか? 今なら私が手取り足取り、メイドのイロハを教えて差し上げますが……」
「メ~~~~~~~イ~~~~~~~~???」
メイさんの肩を、ガシッと掴む手が徐に現れる。
そのままメイさんの身体を引っ張ったアリアンロッドさんは、額に青筋を浮かべていた。
「あなた! 私に散々ロリコンだの変態だの言っておきながら、自分がヴェンデッタさんに色目を使っていましたわね!? あなたの方がよっぽどじゃありませんの!」
「私をお嬢様と一緒にしないでください。私はただ、たぐいまれなるメイド
「そのよくわからないメイド論を辞めろといつも言っているでしょう! いつになったら分かるのかしら!?」
「私はメイドとして当たり前のことをしているだけなのですが……。『優れたメイド
言い合いを始めた二人を、ぽかんと間抜け面で見つめる。
なんだか収拾がつかなくなってきたぞ……最初からついてないってのは言うな。分かってるから。
というか、最初の疑問がまだ片付いていない。
何故、アリアンロッドさんがこの場にいるのか――『予定』と違う行動をとっているのか。
いい加減話が進まないので、取り合えず二人の言い合いを止めようと一歩踏み出して……。
くいっ、くいっ。
「うん?」
スカートの裾を引かれる感触に、そちらを振り返る。
そこには、涙目でカタカタ震えるローザネーラの姿があった。
な、何事? 首切り君を最初に見せたときと同じくらいの怯えようなんだが?
一体何にそんな恐怖して……。
「ねぇ、ますたー……?」
震え声で口を開いたローザネーラは、ガタガタと揺れる指先で俺の背後――言い合いをしている二人を指し示した。
いや、これ指先がぶれてるせいで二人を指さしてるように見えるだけか。ええと、ローザネーラの視線が向いてるのは…………アリアンロッドさん?
「な、な……なんで…………どうして…………」
「だ、大丈夫か、ローザネーラ? 顔色がだいぶ悪いぞ?」
「なんで…………なんで、あのおんながここにいるのよぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
ガシィと俺の肩を掴み、涙目のローザネーラが絶叫する。
あれー? なんでローザネーラはこんなにアリアンロッドさんのことを嫌がって……いや、怖がってるんだ?
がくがくとローザネーラに身体を揺さぶられながら、俺ははてと首を傾げた。
とりあえず、半狂乱状態のローザネーラの頭を撫でたり、軽く抱きしめたりして落ち着かせ、理由を聞いてみる。
ふむふむ、なになに? なるほど、それで? あーそっかー、そう言うことかー……。
つまり、ローザネーラは昨日、ブラウ君を脅は……脅……恫か……止めようとしてくれたアリアンロッドさん、それとアカちゃんの鬼気迫る様子にビビっているらしい。
うん、まぁ。気持ちは分かる。あの時の二人、すごい迫力だったもんなぁ。
けど、困ったなぁ。ローザネーラの様子がコレで、この後大丈夫なのか?
「ね、ねぇ、ますたー? あのおんなはぐうぜんここにきただけよね? そうよね?」
考え込む俺に、必死に聞いてくるローザネーラ。
その瞳の真剣さに、下手に誤魔化すのは悪手だと判断した俺は、がっしりと彼女の肩を掴み、視線を合わせた。
「聞いてくれるか、ローザネーラ」
「な、なによ……」
俺の眼差しにうろたえたように視線を逸らすローザネーラ。なんだか頬が赤い気もするが……まぁいい、今はとにかく話をしなければ。
「アリアンロッドさんのことだが……すまん」
「……え? すまん、ってどういうこと? ますたー、あのおんながここにきたのって……」
「偶然じゃない。ちょっと予定とは違うけど、この後一緒に行動することになっている」
「ぴぇ」
死にかけたひよこのような声を出して、ローザネーラは白目を剥いた。
痛ましい……精神に受けたダメージはいかほどのモノか……。
だが、伝えなきゃいけない事実はもう一つある。
心を鬼にして、俺は再度口を開いた。
「そして…………アカちゃんも一緒だ」
「ふぇ? あ、あかちゃんってもしかして……あのじゅうじんの?」
恐る恐る確認してくるローザネーラに、俺はゆっくりと頷きを返す。
それがトドメだった。
「……………………………………………………きゅう」
「ロ、ローザネーラぁあああああああああああああ!」
ああっ、精神が限界を迎えて……!!
俺の言葉を聞いたローザネーラは、かくんと糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちるのだった。
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