11話 一夜明けて

 五万五千六百三十八人。

 

 これが何の数字か分かるだろうか?

 

 東京ドームでもギリギリ収容できないこの人数は、現在の『ヴェンデッタチャンネル』の登録者数の数である。


 なお、我が栄えある初配信動画である【あくまさもなーヴぇんでった はじめてのはいしん】は再生回数十万回を超え、今なおその数は伸び続けている。


 初配信から一夜明けた翌日、アパートのリビングにて。


 ダルダルのTシャツ一枚だけを身に着けた俺は、ピコンピコンと通知音を鳴らすだけの物体と化したタブレットをじっと見つめながら、床に正座をしていた。

 

 ……えっと、とりあえず。



「どうしてこうなった……」



 内心の複雑怪奇な感情を、簡素な言葉として吐き出すことから始めてみた。


 いやもうね、予想外の事が重なり過ぎて、頭の中がこんがらがってんだよ。


 昨日の初配信。それはもう、とんでもなかった。


 お試し配信のつもりだったのに、気が付けばネームドモンスターとかいう如何にも強そうな存在とバトる事となり。


 そして挙句の果てには、なんか良く分からんけど、勝ってしまった。


 ……なんで?


 

「一発ブチ込んだら、潔く死ぬつもりだったんだけどなぁ……」



 すっ、と目を閉じれば、瞼の裏に昨日の光景が鮮明に映し出される。


 変貌した世界。唐突に表れた吸血鬼。


 戦力差のあり過ぎる戦いを、煽って、避けて煽って煽って避けて煽って受け流して煽って……うん、煽り行為しかしてないぞ、俺。害悪プレイヤーじゃん……。


 思い返すと精神に多大なダメージを負うような言動。だがまぁ、それがなければそもそも戦いにすらならなかったわけでして……うん、仕方なかったと思おう。アレだよ、コラテラルダメージってヤツ。


 あっ、戦ってる最中に配信インターフェースがいきなり開いたのは、ショートカットモーションを使ったかららしい。メニューを介さずともウィンドウを開く仕草があって、空中でジタバタしているうちに偶然その動きをしてしまったってワケだ。


 あそこでコメントを見れなかったら、十中八九地面の染みか大鎌によるなます斬りだったもんなぁ。


 つーか、種族スキル忘れてたって何よ? 流石に間抜けが過ぎるぞ俺ェ……お、思い出しただけで顔から火が出そうなほど恥ずかしい。


 しかもその姿を、一万人以上が見ており、今なお目撃者が増えてるという……うごごごご。



「……やめよう、これ以上は精神衛生上よくない」



 はい、心を落ち着かせるために深呼吸。吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー……よし。


 暗い思考を振り払う様に顔を振るう。TSした影響で伸びた髪が頬をこする感覚を覚えつつ、最後に頬をぺちり、と小さくなってしまった手で叩き、瞼を開ける。


 うん、いろいろやらかしてしまったのは事実だが、それはもう過ぎたことだ。


 どれだけ後悔したって、時計の針は逆方向に廻ってはくれない。なら、後ろを振り返るよりも前を向いている方が建設的だろう。


 現実逃避? ……はて、なんのことやら。



「まぁ、悪いことばかりじゃないしな」



 正座を崩し、胡坐の姿勢になった俺は床に置いてあるタブレットを手に取ると、『C2』が連携している動画サイトを開く。


 そこに映し出される『ヴェンデッタチャンネル』の文字と、5桁の登録者数。


 配信者として稼いで暮らすためには、無論の事だが人気になる必要がある。


 そして、人気になる=チャンネル登録者が増えるという等式は、ある程度の場合は成り立つのだ。


 要するに、俺……否、『配信者ヴェンデッタ』は、最高のスタートを切ったと言っても過言ではないはずである。


 ええい、人気配信者になると決めたのなら、五万人程度でビビっていてどうする! ちょっと調べたけど、『C2』配信者でトップの方だとチャンネル登録者300万越え、最高同接者数10万とかちょっと訳わかんない数字になってるんだぞ! 


 まだまだ配信者ぢからが足りていない証拠だな……よし、ならばここは、古来よりの格言『習うより慣れよ』に従うことにしよう。


 いい加減うるさくなってきたのでタブレットの通知をオフに。そして、VR機器を起動しベッドに寝転がった。


 配信に慣れていない? なら数をこなしゃ良いんだよ。


 二度目の配信に、いざ鎌倉ァ!!




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 てなわけで、『C2』にログイン。


 目覚めた場所は始まりの街として名高いアインスにある宿屋『百頭蛇の牙亭』の一室だ。名前が無駄に強そう……。


 簡素な客室の、木製のベッドで起き上がった俺は、銀色のツインテールを揺らしながら大きく伸びを一つ。



「ん~! ……さて、まずは何をするべきか……」



 配信をすることは決まっているが、それ以外にもやることは結構ある。


 まず、昨日のリザルトの確認。


 ローザネーラとの戦闘で手に入れた報酬の詳細や、レベルアップで上昇したステータスやスキルを把握しなくては。


 あと、装備の更新も必要だ。すでに《初心》装備を使えないレベルになってしまっているし。たった一日、短い付き合いだったよ。


 ちなみに、《初心》装備はレベル15になった瞬間に壊れるわけではなく、装備から《初心》の効果が消えるだけらしい。まぁ、フィールドで装備がはじけ飛んだりしたら困るもんなぁ。


 《初心》が消えた装備の耐久値を見てみると……わぁ、10しかない。一瞬で壊れそう。


 そして……いや、これは配信中に行うことにしよう。


 やることを大体決めた俺は、宿屋を出てそのままアインスの外へ。


 街を進んでいる最中、昨日以上に視線を集めたんだけど……まぁ、確実に昨日の配信が原因だろう。声を掛けられたりすると面倒だったので、全力疾走で町の中を駆け抜けた。


 足早にフィールド……【若草爽風の大草原】に出た俺は、人のいない方へいない方へと進んでいく。


 

「……ここなら、いいかな?」



 草原の隅の方、誰もいない丘の上に来た俺は、ウィンドウを開く。


 まずは、ステータスの確認から。ローザネーラを倒したことで、どれだけ変わったのだろう。


 

「どれどれ……」




====================

【名前】

 ヴェンデッタ

【性別】

 女

【種族】

 下級悪魔Lv20(Max)(進化可能)

【職業】

 召喚術士サモナーLv20(Max)(進化可能)

 第二職業を選択してください

【スキル】

 《召喚術Lv1》《大鎌Lv20(Max)(進化可能)》《闇術Lv15》《ファストステップLv1(new)》《受け流しLv1(new)》《フラッシュアクトLv1(new)》《刹那Lv1(new)》《首狩りLv1(new)》

【称号】

 《名付き殺しネームド・スレイヤー》《格上殺しジャイアント・キリング》《一撃殺しワンターン・キル


【装備】

 武器:大鎌 召喚の書

 頭:なし

 上半身:あぶないレオタード

 腕:なし

 腰:あぶないスカート

 下半身:あぶないニーソ

 足:ブーツ

 アクセサリー:なし


====================



 

 け、結構変わってるな……こりゃ、スキルの効果を調べるのとか大変そうだぞ。

 

 いや、配信で聞いてみるってのもありか……第二職業とか、種族とか。そういうのも質問してみようか。視聴してくれてる人とのコミュニケーションの一環ってことで。


 でも、防具はまだしも武器がすぐに壊れそうになってるのはなぁ。……そういえば、なんか長ったらしくて厨二臭い名前の武器を拾っていたような……?


 インベントリを見てみると……あ、あったあった、これだ。『深紅血装サングィス・テールム咎人ペッカートル・斬首ファルクス】』。……何語?


 ……よし、長いから首切り君と呼ぼう。ダサい? ほっとけ。


 首切り君を取り出して見ると……わぁ、禍々しい。


 柄だけで二メートル。刃は一メートル半くらいの奴と、反対側からその三分の一程度の刃が伸びている。石突の部分も、槍の穂先かってくらい尖っていた。


 施されている装飾は……なんて言えばいいのだろうか? 二つの刃に挟まるように配置された髑髏や肋骨を思わせる棘など、まるで人の骨格を無理やり鎌の形に変えた……そんな印象を受ける。


 ならば、大鎌の全てを彩る紅は、流れ出た血によって染められたものなのかもしれない。益体もない想像が、脳裏を過ぎった。


 結論、持ってると祟られるタイプの武器ですね、間違いない。


 ただ、ネームドボスのドロップアイテムだけあって性能は凄まじいし、これ以上の武器がそう簡単に手に入るとは思えない。


 割と長くお世話になりそうだし……ちょっと、声を掛けてみようか?


 

「見た目はちょっと怖いけど……まっ、これからよろしくな、首切り君」


 

 ……ちょっと待て。なんか今、首切り君震えなかった? 手にブルって来た気がするんだけど??


 え、え、もしかして意志とかあったりするのか……? えぇ、なにそれ怖い。


 その後、再度話し掛けたりブンブンと振ってみたりしたが、首切り君が反応することはなかった。


 さっきのは気のせいだったのだろうか……いやでも実際に震えてたし……ううん、謎だ。 

 

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