7話 勝利を掴むには

 真紅の月が輝く夜空をバックに、俺とローザネーラの戦いは激しく進行していた。


 轟音と共に、飛び退いた俺の隣を死が通り過ぎていく。


 絶望的なまでの能力スペック差。一体何倍の開きがあるか分からないステータスの数値が、そのままそっくり俺に襲い掛かる。


 振り落とされた鮮血の大鎌は、乾いた地面を土塊と砂塵に変え、大きく蜘蛛の巣状の罅を刻み込む。


 直撃を喰らえば、一瞬で俺の藁半紙レベルの耐久力は消し飛ばされ、死に至るだろう。


 こちらを捉える深紅ワインレッドの瞳には、苛立ちと不快感が浮かんでいた。姿を見せたゴキブリをなかなか叩き潰せない時にする目とよく似ている。


 さっきから、するりするりと攻撃を躱している俺は、ローザネーラにとっては正しくゴキブリそのものなのだろう。


 まぁ、コイツがどれだけ怒り苛立とうが……殺されてやるつもりなんて、微塵もないけどな?



「ええい! ちょこまかとッ!」


「……なら、捕まえてみな? 血吸い蝙蝠さん?」


「――ッ!」



 軽い声音で囁いた挑発に、ローザネーラは見事に引っかかる。


 顔を真っ赤にして、深紅の大鎌を振りかぶるローザネーラ。


 両手を目一杯に振り上げ、全力全開の一撃を放とうとする。


 

「死になさいッ!」


「だが断る」



 風切り音すら殺す音速の斬撃。確かに恐ろしい。恐ろしいが……。


 ――分かりやすいんだよなぁ。


 ローザネーラの「死になさい」の「し」あたりですでに回避行動に移っていた俺は、横に全力で跳ねる。


 なりふり構わぬサイドステップ。次の行動に支障が出るかもしれないが、今はそこまで恐ろしくない。


 何せ、すでに戦闘が始まってからニ十分以上経っている。それまでに何度致命の一撃を躱したか分からないし、肝を冷やす場面だって両手の指じゃ足りやしない。


 それでもまだ俺がこうして健在なのは、偏にローザネーラのおかげ・・・と言えるだろう。


 恐ろしきは麗しの吸血鬼。怒りに燃えた視線で不忠者の首を取らんとす……とでも表現するべき彼女の戦いぶりは、なんというか……下手、だった。


 確かに、能力値スペックは恐ろしい。正直、大鎌なんて大層なものを使わなくても、指をぴんと弾くだけで俺なんて速攻アボンする。


 これこそまさに、指先一つでダウン……って、言うてる場合か。


 けれど、技術テクニックの方はどうかというと、これが酷くお粗末だった。


 大鎌を振るう姿は、優雅とは言い難く。まるで子供が無邪気に棒切れを振り回しているよう。


 しかし、子供の振るう棒切れと呼ぶには秩序があり過ぎる。


 『絶対にヴェンデッタを殺す』という、綺麗に定まった秩序が含まれた攻撃。


 それは、戦いの場に置いて、余りに明確過ぎた。


 

「いい加減に、してっ!」


「おっと」



 横薙ぎの一撃は、正確に俺の首を刈ろうとしてくる。


 故に、姿勢を低くすれば死の紅閃は頭上を素通りしてくれる。


 ローザネーラが攻撃後の隙を晒している間に、地面の上を転がるように駆け、彼女の背後に周る。


 

「せぇ!!」


「っ、そんな攻撃……!」



 そうして放った一撃は、前方に跳躍したローザネーラには当たらない。……が、これでいい。


 俺の目的は、ローザネーラに攻撃を当てる事……ではなく。


 反撃を受けた――そう、彼女に思わせる事こそが、真の目的。


 なぁ、どうだ? 【煌血】とやらよ?


 アレだけ見下して、アレだけ馬鹿にして、アレだけ己が上だと声高々に語った相手に。


 無様にも、傷を付けられそうになっている気分はさ?



「おっと、ざんねん」


「……ッ、このクソガキが……!」


「あれ、言葉が乱れてるよぉ。高貴なる真祖の吸血鬼さん?」


「だ、黙れ黙れ黙れぇ!!」



 燃え上がる怒りを燃料に、爆発的な加速と共に大鎌を薙いでくるローザネーラ。


 情熱的だねぇ、と嘯きながら、俺も大鎌を振るった。


 攻撃目的じゃない。相手の攻撃に合わせ、それをするりと流してやるための挙動。


 ローザネーラの攻撃筋は、すでに見切ったと言っても差し支えはないだろう。


 もう三桁に届くほど見ているんだ。稚拙さ塗れの攻撃なら、癖やタイミングを見抜くには十分すぎる。


 重なり滑る刃が脇を抜けていく。


 俺とローザネーラの身体が交錯し、視界が絡み合った。


 ので。



「……ふっ」


「――――ッッッ!!!」



 ぜーんりょくで煽らせていただきまぁす。


 すれ違いざまに、わざとらしく鼻を鳴らして嘲笑してやれば、病的なまでに白い肌は瞬間湯沸かし器みたく真っ赤に染まる。


 さて、これでまた一つ、ローザネーラは冷静さを失った。


 怒りは攻撃から繊細さを奪い、さらに俺の寿命は延びただろう。


 そもそも、レベル4というクソ雑魚あくまさもなーな俺が、ネームドボスのローザネーラと曲がりなりにもやり合っているように見える状況を作れているのも、彼女が冷静さの欠片もないほど怒りに震えているからに他ならない。


 つーか、そうでもなきゃ開幕速攻で殺されてるだろ。魔法かなんかで。


 戦っていてわかるが、ローザネーラは確実に近接タイプではない。


 格好からして、武器を振り回すのには向いていないドレス姿。よく見れば手には大粒の宝石が嵌まった指輪なんかが付いている。


 それに、素人目から見てもわかるほど近接戦闘に慣れていない動き……確実に、後衛タイプだ。


 この不可解な空間も、深紅の大鎌を創り出したのも、見るからに魔法系の技術。それも、かなり高位のスキルと見て間違いないだろう。


 実際の戦い方は、後方で圧倒的な火力の魔法で全てを蹂躙する……まぁ、そんな感じじゃないか?


 今は相手の土俵で完膚なきまでに叩き潰すことで、自身に逆らい虚仮にした俺に無様を晒させようとしているから、慣れない近接戦闘をしているのだ。


 要するに、俺の命が助かっているのは、ローザネーラがプライドが高くて挑発に乗りやすく、かつ熱くなりやすい性格をしているから。


 それが、ローザネーラのおかげと言った理由である。


 挑発行為を続けてるのも、この状態を維持するための作戦の一つだ。決して、俺がそういう趣味を持っているわけじゃない。最初に偉そうに「跪きなさい」って言われたことを根に持っているわけでもない。ないったらない。

 


「本当にふざけてるわね……! さっさと死になさいと言ってるのが何故分からないの!?」


「お前なんぞに殺されるわけがないって、まだ分かんないんです?」


「……ッ!! 許さないわ……血の一滴まで滅ぼしてあげるっ!!」


「あんまり大層なこと言うもんじゃあないよ? ほら、よく言うじゃん? 『弱い犬ほどよく吠える』ってさ?」


「~~~~~~~~~~~ッ!!!!」


「あ、怒った? ねぇねぇ、おこなの? 激おこなのぉ?」



 なんかもう、怒り過ぎて涙目になっているローザネーラさん。


 高速で接近、袈裟斬りと繰り出してくるのをひょい、と避け。斬り上げの一撃を半身になって回避して、横薙ぎは俺の大鎌でちょいと軌道をずらしてやる。


 明後日の方向に力が流れたことで体勢を崩したローザネーラから、バックステップで距離を取った。


 さて、と……。


 やべぇ、こっからどうしよう。


 たらり、と挑発の笑みを浮かべていた顔に冷や汗が流れる。


 ローザネーラが大鎌で近接してくれてる間は何とかなるけど、いつかは冷静になるだろう。そうすれば、俺の命は嵐の中の葉っぱみたく散ることとなる。


 何より、こっちにゃローザネーラを倒す手段がない。


 攻撃は当たらないし、当たったとしてもダメージ入るのか? 相手の耐久を突破できる気がしないのだが……。


 つまり、ここからどうにかするには、『HPをゼロ』にする以外の勝利条件を、どうにかして見つけないといけない訳だ。


 考えろ……時間はそんなに残ってないぞ。


 タイムリミットは、ローザネーラが冷静さを取り戻すまで。


 繰り出される攻撃を捌きながら、俺は思考を巡らせる。


 ……まぁ、それはそれとして。



「よっ、ほっ、当たらな~い。ほらっ、鬼さんこちらっ、手のなる方へ♪」


「ば、馬鹿にしてぇ……!!」


 

 少しでも時間を稼ぐべく、煽りは続行だぁ……!

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