続・猫と女子大生

「なんか、もう冷めてるんじゃない。麺も伸びてるかも」


 東雲しののめ芍薬しゃくやくがぼやいた。

 二階堂にかいどう六華りっかの交代のタイミングが遅いのよ。それが不満だった。

 激辛ラーメンを食べるに当たり、ラーメンが冷めていることは良いことではなかった。暑さと辛さ、その両面からの圧力が恐ろしいことは確かだが、冷めたラーメンと激辛の相性も悪く、伸びた麺を啜ることの辛さが何倍にも増幅されるものだ。


「まったく、しょうがないんだから」


 銀メダリストだなんていっても、所詮はそんなものだ。引き際というものを見極められていない。

 だから、優勝できなかったんだ。そう、芍薬は思う。そして、自分のライバル足りえるのは高梨たかなし日葵ひまりだけだ。そう確信する。


「辛っ! なにこれ、ピリピリする」


 そう言いながら、あたふたと食べ進めているのは、対戦相手の来海沢くるみざわ撫子なでしこだった。その様子を見て、芍薬は困惑する。こんなレベルの人がここまで進出できるとは。始まったばかりとはいえ、日本の激辛界が不安になってくる。

 とはいえ、芍薬としては全力を出すだけだ。このまま、差をつけよう。そのためには、物量で圧倒するまでだ。


 芍薬は自分のバックから、大量のレンゲを取り出した。

 そして、レンゲの中に、麺、スープ、肉片、野菜の切れ端を散りばめ、ミニラーメンを作り上げる。それは一掬い分に留まらない。大量のレンゲの一つ一つにミニラーメンを作った。その様は、ラーメンのどんぶりの中に花が開いたように、均整に均一に、秩序だった、けれどもそれゆえに狂気じみた様相を形作る。


「なっ、なにやってんの、あれ? なんのために?」


 撫子の呆気に取られた声が聞こえてきた。芍薬の目論見通り、圧倒されているようだ。

 しかし、これだけでは終わらない。芍薬はどんぶりの上に積み重ねた、ミニラーメンの入ったレンゲを手にすると、次々に食べ進めていく。その速度は脅威的だった。瞬く間に担々麺一杯分が姿を消した。


「次、お願いします」


 その言葉を受けて、料理人の鹿島が新しいラーメンを持ってくる。これは担々麺ではなかった。六華が食べた者と同じ、辛い痺れラーメンだ。

 そういうパターンか。芍薬は勝負の流れを理解し、再度、ミニラーメンを大量に作った。そして、食べる。


「うっ!」


 味を感じない。これは一体、どうしたことか。舌がユワンユワンと揺れ、まるで味を感じないのだ。

 これは経験の問題と言っていいかもしれない。六華は山椒による痺れを即座に理解し、それに対応する食べ方をし、抗しきれないと悟ると、交代した。

 しかし、芍薬は山椒や花椒のもたらす痺れを経験したことがなかった。そのため、ただ困惑するばかりなのだ。


「で、でも、食べ進めなくちゃ……」


 芍薬は意志の力で、失われた味覚を乗り越えようと、麺を啜った。味がわからん。痛みだけがある。ただ、苦痛だけがある食事。それでも、食べなくちゃいけない。

 辛さによって脱力し、無気力になりそうになりながら、必死で麺を口に入れ、咀嚼し、飲み込む。そこに味わいはなかった。


「ふふ。量産型女子大生エンド・オブ・サマー・バケーションといえど、所詮は女子大生。詰めが甘いね」


 ハスキーなドスの効いた女性の声が響いた。撫子から発せられている。

 辛い痺れラーメンに苦戦していたはずが、すでに山椒の効いた担々麺を食べていた。


「な、いつの間に……。それに、その態度……」


 芍薬は撫子の態度が悪いと言いたかった。

 それを見越してか、撫子は意地悪く笑う。


「私は漁り猫チャコール・グレイ・フォルクローレの来海沢撫子。猫を被るのは得意なのよ」

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