脱出

 吹き荒れる熱風と召喚魔法を目の当たりにして皆はしばし立ち尽くしていたが、再び空気を震わす激しい咆哮を聞き、我に帰る。


 術者が意識を失ったことでフェニックスも同時に消滅したのだった。


「カレン、ミリカさんが」


「あぁ分かってる。すぐ終わるさ」


 思わぬ邪魔が入ったことでエスカルクイーンは激昂し、でたらめに雷撃を撒き散らす。が、腹の下には潜り込んだカレンがいた。


 これまでの戦いから既に弱点を見切っていた。速さの面で彼女に敵う者はおらず、心臓をひと突きの一瞬でそれを終わらせた。芯が無くなったかのようにグニャリと崩れ落ちる巨体には目もくれず、カレン達もすぐさまミリカのもとへ駆け寄った。


「ミリカ! ミリカ!!」


 ユリナが、固く瞼を閉じたままの彼女を呼び続ける。


「マナを使い果たして気絶しているだけだ。まさか召喚魔法を使えるとは」


「全く無茶してくれるわね。でもまぁ、今回はミリカのおかげで助かったのかも」


 一時は青い顔で失神していたミリカだが、今はマナを回復させる為の深い眠りに入っており、顔色は落ち着いている。場に相応しくないいびきを聞いて、皆は安堵と共に吹き出した。


「他の皆さんは無事ですか?」


「あの、セラカちゃんがいません」


「あそこでフェニックスの咆哮にやられてフラフラしてるのがそうじゃね?」


「ああっ! セラカちゃん!!」


「あひゃ~~~目がまわるぅ~~」


 一人で着々と魔物の数を減らしてくれていたセラカにもしっかりと回復と労いの言葉を掛け、さぁこれから脱出という時、急な激しい揺れに襲われる。


 召喚獣がほんの十数秒の間に残した爪痕は深く、それは洞窟全体を激しく揺さぶり、崩落事故を起こす程だったのだ。


 このままでは崩れた洞窟の下敷きになると思われたが、崩れる大空洞に魔法陣が出現し、マリヤが姿を現した。


「脱出するわよ、集まって」


「どうりで少し前からオーブが動かなくなったと思ってた。お前たち、魔法陣に乗るんだ」


 カレンが呼びかける。


 何故マリヤがここに、という疑問は後回しにすべきだと即座に理解し、皆は崩れ落ちてくる瓦礫を避け、一箇所に集まった。


 マリヤの詠唱に反応した魔法陣の光が11人を包み、崩壊する洞窟の景色が歪んだ。


「《術師的門ウィザード・ゲート》」





 目を覚ますと、保健室の天井を埋め尽くす5人の、顔。


「うわぁっ!!」


「ミリカちゃん! 目が覚めたのね、良かったぁ」


「何がうわぁだよ。心配させやがって」


「人の気も知らないで気持ちよさそうに眠ってるんだから」


「みんな!? あれ、ここ保健室……」


 ガバッと起き上がったミリカにマリが抱きつき、リオとシェーネルには順番に小突かれ、セラカの能天気な声が頭上から降り注いだ。


「ミリカおはよー! 一晩眠った気分はどう?」


「一晩!?」


「あれから丸一日寝てたんだよ? 慣れない学園生活で疲れも溜まってたんだねー」


「そっか……ってことは、エスカルクイーンは倒したの?」


 これにはシェーネルとリオが教えてくれた。


「先輩がね。あんたが呼んだフェニックスのおかげで大惨事になって、マリヤ先生が私達を救出してくれたの」


「先輩達を助けに行くつもりが、結局俺達まで先生に助けられたって事だ。俺らはもう叱られた後だから、後でミリカだけ先生のとこに行かなきゃならならないんだぜ。説教タイムだ」


「うげっ……マジですか?」


 起きて早々、暗雲たる表情で沈み込むミリカを見て、ユリナ以外の4人はからからと笑っていた。


「あっ、私、ミリカちゃんが起きた事を生徒会室に知らせてくるね!」


 マリが出ていった廊下には、寮に帰る生徒がちらほら歩いているのが見えた。反対側の窓の外には夕焼けが広がり、ミリカのベッドに茜が差し込んでいる。


 昨日の今頃、気絶した自分含め、全員が無事にこの学園に帰還したのだ。あの激しい戦闘から嘘のように、今仲間たちとこうしているのが不思議に感じられた。


 ユリナが、悲しみか怒りか、なんとも言えない表情で自分を見つめている事に気付く。


「私には無理するなと言うくせに、そういうミリカだって、人のことは言えないんじゃないかしら」


「ユリナ……?」


「マリ達がどれだけ心配したか。少しは自分のことも気遣って」


「ごめん。でも、みんなが危ないって思うと勝手に体が動いちゃって……分かったよユリナ、もう無理しない」


 安心させるように微笑むと、漸くその険しい表情を和らげてくれた。心配を掛けてしまったのは申し訳ないが、自分を想ってくれていた事がはっきりと分かって、嬉しいと思ってしまった事は内緒だ。


「ていうかお前、召喚魔法が使える事、何で今まで隠してたんだよ」


「隠してるわけじゃなかったんだけど、ほら、召喚魔法って嫌われるでしょう?」


「嫌われこそすれ、あの威力だったら魔物達にとっては脅威よ、隠すのはもったいない。まぁ、あれを使いこなすにはまだまだマナと力量が足りないでしょうね」


「あは……仰るとおりで」


 精霊の力を借りるだけの通常の魔法とは異なり、精霊そのものを呼び出したり、自身のエネルギーを空間に投影させる召喚魔法は、派手過ぎて嫌われたり、邪悪なまじないだと忌避される事がある。ミリカはそれをよく知っているので、レイオークに来る際にこの魔法は使わないようにしようと決めていた。結局それもバレてしまったのだが。


 それからしばらく5人は雑談していた。


 生徒会のメンバーや、ドトリやイツミナといった気心の知れた友人に召喚魔法を晒したら、自分を見る目が変わるのだろうか、と頭の片隅で考えていた。


「なぁセラカ、マリ遅くねえか?」


「どっかで転んで泣いてるんじゃないのー?」


「探しに行くか」


「じゃあ私は先生のとこに行くかなぁ……はぁ、憂鬱」


「私もついて行くから」


「本当!? ありがとうユリナ!」


 シェーネル、セラカ、リオはマリを探しに行き、ミリカとユリナはマリヤの教員室へ向かった。

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