ダンジョン

 木の葉が吸い込まれていく。


 ぽっかりと、大きな口を開けたかのような入り口。低い唸り声のような風の音に、心臓を掴まれそうな感覚を覚える。


 覗いている。何かが、闇の向こうでこちらを窺っているような気がする。


「この洞窟……風を呑んでる」


「洞窟はみんなそうだよ」


 身を震わせるマリに、ミリカはそう言い、恐れのない足取りで洞窟の入り口へ進んだ。


「ミ、ミリカちゃん?」


「先生に無断で来ちまったの、後で絶対怒られる……って、おい」


「ん?」


 5人が足を止めていることに気付き、振り返る。


 通常なら一年生が足を踏み入れてはならない場所。理由は簡単、死ぬ確率が高いからだ。恐れないわけがなかった。


 円陣でも組もうかと提案してみると、恥ずかしいから嫌だと、人魚の2人はツンと澄まして拒否する。が、セラカがノリ良く賛成してくれて、では間をとって手を合わせるのではどうだろうかとのマリの提案には全員が賛同した。


「先輩達を助けて、みんなで学園に帰ろうね」


 ミリカの手の上にユリナの手を。その上にリオ、セラカ、マリ、シェーネル。


「ええ」


「当たり前だろ。全員で帰るんだからな」


「気合い入れて、ぶっとばしていくぞー!」


「みんなで頑張ろうね……!」


「柄じゃないけど、こういうのも悪くないわね」


 頑張るぞー、おー!!


「「おー…………」」





 大きく口を開けた入り口から数メートル潜れば、2人横に並んでギリギリ通れる程度にまで通路は狭まった。じっとりとした空気に鼻をつく臭い。足元はぬかるんでいて走りづらい。岩壁に誰かが括り付けていった等間隔の松明の明かりが行く道を照らすが、それも少し進めば暗闇に取り込まれてしまう。


 森にいたものとは違う種類の魔物達が息を潜める、暗くて狭い、自由のきかない魔窟。


 先頭を行くミリカの隣にユリナ。真ん中にシェーネルとマリ。最後尾をリオとセラカで固めて、ミリカの先導で進んだ。


 ここからは自分が皆の目となり、耳となるのだ。


「ミリカちゃん、私には真っ暗で何も見えないけれど、大丈夫?」


 後ろからのマリの声が岩壁に反響する。


「私、あまり目が良くないんだけど、こういう場所では何故かよく見えるっていうか……敵が来るよ、上と後ろ」


 即座に反応したシェーネルとリオが防御魔法を張る。小気味の良い音を立てて攻撃を弾いた感覚があり、セラカとユリナが間髪入れずに叩き伏せた。


「蜘蛛……ダンジョンスパイダーか、全然見えなかった。ライトのスクロールを持って来るべきだったな」


 6つの足をジタバタさせて絶命した昆虫型の魔物に、思わずマリは飛び退いた。


「ここから先は行き止まりみたい。一つ目の分かれ道を左に行っても魔物の巣である事は分かってるから、二つ目の分かれ道まで守ろう。この下の層は空洞になってるはずだよ、足元に気を付けて」


 左……真っ直ぐ……右……右……


 ミリカの正確な記憶力と、優れた空間知覚能力に、5人は舌を巻いていた。この暗闇のなかで、音の反響や空気の流れを読み、道を認識し、見えない敵を察知する。そして短期間で通った道を全て記憶する。


 『目が良くない』と自覚しているが、それは瞳に映る実像に頼ることに慣れていないという意味もある。彼女は目を閉じても洞窟を歩ける。いや、今もそうしているに違いないとユリナは思った。


「貴方がいなかったら、私達は一歩も進めずに帰るか、洞窟に呑まれておしまいだったかもしれないわ」


「それはみんなを助けた後に言ってよ。でも、ユリナが褒めてくれるなんて嬉しい。もっと褒めてもいいんだよ?えへへっ」


 調子付く声はいつも通りで、繋いだ手もあの夜と一緒で暖かく、いつしか頼もしいと思えるようになった背中。いつでも前に出て守れるよう、剣の柄を密かに握りしめた。





 突然の白い光に驚き、節足動物や昆虫達が一斉に隅まで散らばっていった。


 暗闇だった空間に出現した魔力の球体は、アルトとユーファスをその場所に送り届けて消える。スクロールでライトの魔法を灯すと、そこは洞窟にできた空洞の部屋になっていた。


 人一人がギリギリ通れる出口と、住み着いた無数の虫以外には何もない、岩壁に囲まれた空間だ。幸い、魔物は住み着いておらず、休憩して消費した体力と魔力を回復させるには十分だった。


「六層か、七層あたりか」


 何度も潜った経験を元に、アルトがそう推測した。


「ここで助けを待つか、自力で抜け出すかだな。下手に動くと入れ違いなんて事も起こりうる」


「俺はアルトの判断に任せるぜ」


 生徒会のメンバーは少なくともカレンとエアートは自分達を助けに来るだろうと予想できたので、2人はしばらくその場にとどまっていた。が、少しでも自分達で周囲の状況を把握しておいた方がいいと判断し、アルトを前に、ユーファスを後ろに、2人は空洞を抜けて通路に出る。


 幾度も戦闘を挟みながら最終的に辿り着いた大空洞。


 いやに静かだった。


 いきなりだだっ広い空間に出てしまい、注意が周囲に分散する。


「シッ」


 口を開きかけたユーファスをアルトが制したが、既に2人は暗闇に光る無数の赤い眼に取り囲まれていた。


「クソ、またこのパターンかよ。《翡翠壁バリア》!!」


「《騎士領域ナイト・オーダー》」


 ダンジョンスパイダーおよびポイズンスパイダーが吸い込まれるかのように2人に飛び掛かった。空があったとすれば、真っ黒に埋め尽くしていただろう。


 ユーファスが得意の地属性魔法で広範囲を震動させ、怯んだ魔物達をアルトが剣で切り倒していった。


「《地割アース・クエイク》!!」


 中にはオークやゴブリン等の、人型の魔物まで紛れ込んでおり、棍棒で殴り掛かられるのが厄介だった。じりじりと追い詰められていく2人を守る翡翠壁バリアの耐久度が、とうとう限界を迎えようとした時、叫び声を聞いた。


「《隕焔インフェルノ》!!」


「《凍天アブソリュート》!!」


 高い場所に出現した魔法陣から、炎の柱が一直線に隕ち、冷気が巻き付いて後を追う。吹雪と熱風が飛散して大空洞はまさに地獄絵図。アルトとユーファスが巻き込まれなかったのは、どこからともなく現れたオーブの機壁トライ・バリアが2人を守ったからだ。


「先輩~!!」


「押すなよミリカ!落ちるだろうが」


 天井に近い位置に空いた通路穴から、ぎゅうぎゅう詰めになりながら一年生達が大空洞を覗き込んでいた。6階建てのギルド学園とほぼ同じ高さから、どうやって下に降りたらよいのかを議論している。


「あいつら……どうしてここに?」


「そこでそのまま待っていろ」


 アルトがそう声を掛けてから、与飛翔ネイト・ウィングのスクロールを発動させる。ふわりと宙に浮いたミリカ達が着地して合流する頃には、既に第二波が迫っており、すぐさま防御魔法を張り直して備えた。


 オーブからの声は、何かに反響したような聞こえ方だった。


『なぜ貴方達がここにいるの』


「あっ、先生」


 多少の説教や処分なら覚悟の上と腹を括って潜り込んだわけだが、やはり叱られると思うと肝を掴まれたような感覚になる。約束を破った事への罪悪感も相まって、しゅんとなって謝るミリカ達を、ユーファスは信じられないといった様子で見ていた。


「お前達、どうやってここまで辿り着いたんだ?ここは六層だぞ?」


「聞いてよ先輩、ミリカが凄いの!」


 興奮しながら説明するセラカの横では、マリが不安げにオーブを覗き込んでいる。


「マリヤ先生、エアート先輩達はどちらに?先生は先輩達と一緒にいたのではありませんか?」


『私が通ってきた通路でエスカルクイーンと戦っているわ』


「うそ!?」


 マリが青褪めたのとほぼ同じタイミングで、オーブがそこを通ったとみられる通路穴を広範囲にぶち壊して、大型の魔物と2つの人影が大空洞に縺れ込んだ。すかさずアルトとリオが二重に防御魔法を2人へ飛ばす。


「「《瑠璃鎧プロテクション》!!」」


「先輩~!大丈夫ですか~!」


 ミリカが呼び掛ける。エスカルクイーンという、この洞窟で最も手強いとされる大型の魔物が2人に喋る隙を与えない。


 渦を巻いた殻から半分露出した体は紫色で、分泌される体液は毒や雷を含んでいる。安易に近付けない上に、手頃な岩を軽々と持ち上げては投げ付けてくるので苦戦を強いられていた。


 だが、既に二体いたうちの一体を倒した後だと言う。


「先生、全員揃ったはいいが、このままじゃ先輩達と合流できない」


 ユーファスが指示を仰ぐと、マリヤは的確にそれを下していく。順に、それぞれがやるべき事を。


 何事にも動じない彼女の冷静な声が、皆を鼓舞した。


『2人のもとへ行くのは、このオーブとアルトだけでいい。その為に道を開けるのはミリカとシェーネル。セラカは本陣を離れて外から攻めて。ユーファスは弱化魔法でエスカルクイーンの妨害をお願い。全員、準備はいい?』


「「はい!」」


 心が合わさる瞬間が胸に満ちた。

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