サボり魔
フリッフリにフリルのついたブリッブリなぶりっ子衣装にピンクの髪と、羽が生えた星の
「はぁーい!今日はこのマカロン先生が、みんなに新しい魔法を教えちゃいまーす!」
わ~い!やったー!先生かわいい~!
生徒達から拍手喝采。ミリカも、「可愛い~!」
戦闘クラス……一年生の
ちなみに隣の第2校庭は
「今日はですね~、
「使えます!」
「すごいすごーい!じゃあお手本として前に出てきてもらおうかな!」
「はーい!」
たまたま
「この魔法は弾道型じゃないから、ちゃーんと位置を把握してから発動させないと仲間まで燃えちゃうから気を付けてねー。あと訓練する時は先生の目の届く範囲内で!」
注意事項を伝えると、かつて魔法少女になることを夢見ていたというマカロン先生は生徒達に輪の形に広がるよう指示した。そして皆に見えるように中心にミリカが立ち、呪文を唱え始めた。
特定の位置に意識を集中させ、地面に魔法陣を発現させる。術者から遠ければ遠いほど消費マナは多くなる。
大きさ、炎の規模等をよくイメージし、空気中のマナを燃料として一気に集約させると、
「「おぉ~!」」
魔法陣が炎上した。赤々と燃え、少し離れていても顔がヒリヒリする程の灼熱の炎。足元にこれをやられた敵はたちまち焼かれて命尽きてしまうだろう。
基本の非弾道・範囲攻撃魔法。
「はーい。それじゃあ各自距離をとって、訓練開始!」
セラカが高~くジャンプしては、地面に拳を打ちつけて地鳴りを響かせている。
訓練中だが
「すごいわよね、セラカ」
そう話し掛けてきたのはイツミナちゃん。彼女はCクラスの魔術師で、昨夜セラカに連れられて行った先で一夜を遊び明かした仲だ。前回のこの授業では他人同士だったのが、昨夜を経て今日は友達なのである。他のクラスにも友達が出来るなんて!
「ほんとほんと!ジャンプ力もすごいしパワーも桁違い。それなのに明るくて誰にでもフレンドリーだし、全然気取ったりしないところが素敵」
そう言ったのはクラスメイトのドトリちゃん。Aクラスの仲良し3人組のうちの1人で、教室で一番最初に話し掛けてくれたのが彼女なのだ。同じ
「でもねドトリちゃん、あんまりセラカに夢を見ない方がいいわよ。こういう実技の時だけ本気を出したかと思えば、普段は寝てばかりで勉強となると途端にポンコツ。突然突拍子もない行動をして私達を困惑させるし、一般常識すらも怪しいただのバカなのよ。おまけに足開いてイビキかいて寝るし」
「あははっ、本当に~?でもそんなにセラカさんの身近にいられるなんて、イツミナちゃん羨ましいな。ミリカちゃんも生徒会で一緒なんでしょ?」
足を開いてイビキをかいて寝落ちしていたセラカを思い出し、吹き出しそうになるのを堪える。
「そうだよ。生徒会でも書類を扱ったりする難しい仕事は絶対やらなくて、ずっと窓際のほうで寝てるの」
やっぱり。とイツミナがクスクス笑い、それにつられてミリカも笑った。
「起きたら起きたで、メンバー1人1人に絡んでまわるから大変なんだよ。でもセラカがいると生徒会が一気に賑やかになるし、私も楽しいからいいんだけどね」
生徒会室をかき回すセラカの姿を想像したのだろう、ドトリも楽しげにミリカの話を聞いていた。
さて、叱られる前にそろそろ訓練に戻らなければ。でも、マカロンに見つからないよう警戒しながらもミリカはイツミナに聞きたいことがあったのだ。
「ねぇ、シェーネルさんって
「そうよ。今日いないわね」
「前回もいなかったよね?」
「あの人はいつもいないの。通常クラスの授業も滅多に出席しないから」
「そうなんだ……」
「気になる?」
「気になるかな。生徒会メンバーだし」
「私達が話し掛けても避けられちゃうのよねぇ」
ドトリはスキップで訓練に戻っていった。
「私は前過程からこの学園にいるんだけど、一年前の彼女は今みたいな感じじゃなくて、ちょっと人間に怯えてるような印象だったかな。あの頃はマリちゃんとセラカとシェーネルさんとリオ君でいつも一緒に行動してたのよ。それなりに歩み寄ろうとする生徒もいたんだけど、それと同じくらい差別したりちょっかいを掛けたりセクハラしたりする生徒もいたから、一年生に上がる頃にはシェーネルさんは今の感じになって、みんな気を遣って話し掛けることも無くなっちゃった」
「一部の心無い奴のせいで関係が悪化しちゃったんだね」
「そうそう。それであっさり引き下がっちゃう私達もまぁ……誠実さが足りなかったんでしょうね」
イツミナの自分自身への落胆を感じ取ったミリカは「そんな事ないよ」と首を振った。
あの蔑むような目で睨まれたら、それまで気に掛けていたとしても離れていってしまう気持ちは分からなくもない。誰も近寄るな、話し掛けるなと態度で示し、常にピリッとした結界を張っているよう。
「前過程で一緒だった4人は今でも仲良しだよね?」
「そうみたいね。あの3人とだけは口をきくし、セラカとはずっとルームメイト」
「セラカが仲を取り持ったりはしてくれないの?」
「あのセラカがそんな気を回したりするはずないでしょ。そのうち何とかなるって考えの人なんだから」
ミリカは思わず苦笑い。自身も獣人族でありながら難しい種族間の問題に無頓着なあたりがセラカらしい。
「でも、」とイツミナが続けた。
「心配してるのは確かだよ。セラカも、他のみんなも。それだけは私にも分かる」
「イツミナちゃんも。でしょ?」
イツミナは力のない笑みを浮かべた。
「ミリカちゃんはユリナさんと仲が良いんでしょ?彼女はどんな人なの?」
「ユリナ?」
金髪碧眼のストレア人で、常に冷静沈着で口数が少なく、表情の変化も乏しい。無愛想で冷たいと思われることもあるだろう。
「普通の女の子だよ。ちょっと頭が固いところがあるし、みんなからは高嶺の花みたいな扱いされてるっぽいけど、私にとっては美人で可愛らしいルームメイト」
冗談っぽく言って笑ってみせた。でも本心だ。
「そう言うと思った。だからミリカちゃんみたいな人になら、シェーネルさんも心を開くかもしれないって思ってるわよ」
マリ、セラカ、シェーネル、リオ。前過程から一緒だったこの4人の間には、それなりの信頼関係が既にあるという事だ。
人間と確執のある種族である彼らのなかに、どう入っていって、どう信頼を得られれば良いか、考えなければいけないと思った。
始業を告げるチャイムが鳴ったというのに、木陰で寛ぐ女子生徒はその場を動こうとしない。エメラルドブルーの髪が陽の下ではまるで硝子細工のようにキラキラと透き通り、ミリカは海を見たことは無いがきっとこのように綺麗なのだろうと思った。
「いた!」
シェーネルは声がした方を一瞥すると、読んでいた本をパタリと閉じて立ち上がり、足早に明後日の方へ歩き出そうとする。
「ちょちょちょ!どこ行くの?そっちは学園じゃないよ」
「触らないで頂戴。私に何の用なの?」
軽く腕を掴んで引き止めるつもりだったが、大きく身を引いて避けられてしまった。
「どうしていつも授業に出ないのかなと思って。いつもそうやってサボってるの?」
「授業のレベルが私に追いついてないのよ。出席する価値も無いわ」
すごい自信だ、誰もが一度は言ってみたい台詞をさらっと。だが確かにシェーネルの魔力は桁違いに高く、険のある性格も相まってその台詞がよく似合っていた。
「でも、せっかく同じ学園に集まった仲間なんだから、一緒に訓練しようよ。シェーネルさん、通常クラスにも出席してないんでしょ?」
「誰から聞いたのか知らないけど、あなたには関係のない事よ」
「関係あるよ!生徒会で一緒に戦った仲じゃない、私達。これからみんなで力を合わせて、どんどん強い敵をぶっ倒していくのさ!」
腕をブンブン振り回すミリカを、シェーネルは冷ややかな目で流し見る。
「負けたっていうのにお気楽なものね。言っておくけど、例え同じパーティーの人間だとしても私は馴れ合うつもりは無いわ」
刺々しい態度でミリカを威嚇し、気怠げに身を翻して去ろうとする。もうお前に興味は無いとでも言いたげだった。
「ま、待って!」
咄嗟に腕を掴み、ぐっと顔が近付く。ミリカより頭ひとつ分高いシェーネルの顔を見上げると、翳りのある紫色の瞳にミリカが写った。
この世のありとあらゆる美しいものを並べても敵うものはないだろう。壊れてしまいそうで、病的な、穢れを知った美しさ。
アーミアも、リオも、シェーネルも。その昔、人魚が狩られた理由のひとつがこの美貌にあった。老若男女問わず性犯罪のターゲットにされた。
そして血、肉、骨。全てが万能薬となり、髪は高価な装飾素材。余す所無くおいしい獲物である人魚を人間達はまさに狩ったのだ。
世界史の授業で、教科書の『人魚狩り』のページを、今の人魚達はどのような気持ちで読んでいるだろうか。人間達と同じ学舎で何を思って学んでいるのだろうか。
不意に、背筋が凍る程美しい顔の、左の頬だけが痙攣し、歪んだ笑みを形作った。
「あぁ、私の血が欲しいのかしら?」
「え……」
「薬が必要な家族でも?それともお金に困っている?」
「ち、違うよ……?私はただ」
「それとも、髪で織ったレースが欲しい?」
「違うってば」
「仲良くなってから私を娼館に売り飛ばすのもいいわね」
「何を言ってるの!!」
予想外の叱咤に、それまで挑発的だったシェーネルが驚いて口を閉じた。
大きな声を出すつもりではなかった。ただ、そうやって自虐的になるのが悲しくて、今のような言葉は絶対に言って欲しくなくて。それにミリカは決してシェーネルを食い物になんかしないのに、何故そんな事を言うのか。
そんなやり切れない思いが口から飛び出てしまったのかもしれない。
「あ……ご、ごめんなさい。その……」
シェーネルは掴まれた腕を荒々しく振り解く。
「付き合ってられないわ。さようなら」
そして氷点下より冷たい声色を残して去って行き、残されたミリカは無力な自分に失望し、ガックリと肩を落とした。
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