第38話

 夕がいなくなった冬休み明けすぐの時には、話を聞いたクラスの女子たちに美空は大いに同情されていた。しばらくは、腫物を扱うようにみんな接してくれて、美空も心の傷が深くてみんなに迷惑をかけるほどに心配されていた。


 しかし、それも日が経つにつれて話されなくなり、古い話題となった。まゆは何人目になるか分からない大学生の彼氏とつきあい、奈々も別の高校に通う人とつきあった。


 誰も夕のことを語らなくなり、いつの間にか夕がとつじょ消えた胸の痛みは薄れていったが、美空は、いまだに誰ともつきあう気にはなれない。


 失った痛みを埋めるのは、他の人をその傷口に埋め込むのではなくて、時間だけなのだと美空は理解した。一度他校生とカラオケに行って、美空のことを気に入ってくれた子から告白まがいのアプローチをされたのだが、美空は乗り気になれなかった。


 未だに、夕のことを引きずっている。そんな気持ちのまま、他の人で傷口を埋めたところで、それは虚しいだけだし、相手にも失礼なことだと思っていた。


 そうして何人かにアプローチをされて行くうちに、自分の気持ちが一ミリも動かないことを知り、時間こそが、全ての傷を癒す最高の手段なのだと気がついた。


 傷が完全に癒えるのに、時間がかかるのであれば時などすぐさま過ぎ去れと悪態をつくのだが、春の風は心地よくそれを受け流してしまっていた。


 青葉が芽生えて、その内に夏がやってくるだろうという予感を、みんなが胸の内に感じる頃に、家のポストに美空宛の封筒が届いた。


 手紙はいつもならリビングの机に置いておくのだが、差出人が書かれていないそれを不思議に思った母親が、美空へとわざわざ手渡しした。


「誰からかしら、心当たりある?」


 危ないものか、学校の誰かが届けてくれたものかしら、と母親は首をかしげる。美空は受け取ってから裏表を何度も見てみる。しかし、全く見当もつかない。間違いではないのは、宛名にはきれいな文字で坂木美空さまへと書かれているからだ。


 不審に思いながらも、美空は少しだけ厚みのあるそれを持って口を尖らせた。


「うーん……部屋で開けてみる。ありがと」


 部屋へ戻ってそれを眺め、そしてなぜか突然、胸がザワリとした。


 触りながら中身を確認しようとして、そのサイズ感に覚えがった。美空はカッターを取り出すと、丁寧にそれを開けて行く。すると、中からB5サイズのノートが出てきた。


「まさか……」


 急に、手が震え出す。血の気が引いて、真っ白になって行く。美空は奮い立たせると、自分の机の引き出しに大事にしまってあった、魔法のノートを取り出した。


 そして、たった今封筒から取り出したノートを、机の上に置いて二冊を並べる。


「どうして……!」


 全く同じサイズに、同じメーカー。おまけに、色まで同じだった。美空の心臓が、飛び上がったように血液を流し始める。あまりにも緊張と驚きが押し寄せてきて、耳の奥が痛くなる。


 封筒を確認しようとしたところで、はらりと一緒に入っていた手紙が机に落ちて、美空はまずそれを広げて言葉を失った。


 そこには、「息子のものです。受け取ってください」と一言、丁寧な文字で書かれている。


 美空は震えた。よく使いこまれて、何度も読み返した跡があるB5サイズのノートを手に取ると、恐る恐る一ページ目をめくる。


 開けた瞬間に飛び込んできた懐かしい文字に、美空は声が続かなくなった。


「先輩っ……」


 ノートの一ページ目には、夕の文字がくっきりと書かれていた。


〈 僕は、君だけの神様だ――。


 いずれ死にゆく君へ、最大級の愛を込めて。 〉


 まぎれもなく、夕の筆跡だった。愛おしいその文字を見つめて、美空は空白が、自分の胸にぽっかりと開いた穴が埋まっていくような満足感に満たされた。


 夕の魔法が、美空に届いた瞬間だった。それは、夕が書いていた日記だった。

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