第28話
コンコンというノックの後に扉が開いて、夜に美海が美空の部屋に入ってきたのは文化祭の準備で連日大忙しの日を過ごしている最中だった。
「お姉ちゃん」
「どうしたの?」
「んー。最近めっちゃ楽しそうだから、どうしているのかなーって思って」
美海は部屋に入ってくると、美空の布団に腰を下ろした。美空は宿題からいったん目を離すと、くるりと勉強机から振り返って美海を見つめる。美海は何を期待しているのか、瞳をキラキラと輝かせていた。
「文化祭の準備が楽しくて」
「彼氏とは?」
夕とつきあっていることは、美海にだけこっそりと話をした。誰にも内緒だよ、と言っておいたので、美海はそこは守ってくれているようだった。
「ん。順調」
そこまで言ってから、美空ははっと思い出した。
「ねえ美海。好きって気持ちを伝えないままにつき合っているのは、彼氏彼女としてあんまりよくないことだと思う?」
それに美海は目をくわっと見開いて「当り前じゃん!」と叫ぶ手前の声を出した。むしろ、叫びたいのをこらえて、喉元で声がかすれて詰まっていた。
「やだお姉ちゃん、そんな大事なことも彼氏に言ってないの?」
むしろ、欲それで彼氏彼女ってなったね、と美海は不満を全面的に押し出した表情をしている。
「だって、つきあった時は、これが本当に好きっていう気持ちか分からなかったんだもの」
「じゃあ今は?」
聞かれて美空はぐっと言葉を飲みこむ。すると、美海が「今はどうなの?」とさらに追い打ちをかけた。ほらほら言いなさいよ、と言いながら美空にぐいぐいと迫ってきた。
「す、好き……だと思う」
「何それ、曖昧。じゃあ、お姉ちゃんの彼氏に、女の人がくっついていたらどう思うわけ?」
夕のブレザーの裾をつんつんとつついた、あのきれいな佐野先輩のことを思い出し、美空は顔をしかめた。正直、笑い飛ばせるほど、美空は心が広くない。できれば、夕には自分だけを見ていて欲しいと思うほど、わがままになっていた。
「ほら、そんな顔になるんじゃん。誰かに取られたくないでしょ?」
「それはそうだけど、先輩は物じゃないし、そういう風に思うのって失礼かなって」
「好きなんだからさ、独占欲が湧いてくるのなんか普通だって。私たち大人じゃないんだし、その価値観を相手に押しつけてさえいなければ、お姉ちゃんがヤキモチやこうが嫉妬しようが、別に普通のことだと思うけど」
「そういうもの?」
「そーゆーもの!」
「うーん……わかった、ちゃんと気持ち伝えてみる」
「そうしなよ。ちゃんと言わないと、やっぱり伝わらないからさ。でね、美海の話も聞いてくれる? 何か彼氏がね……」
そういって美海は自分の返しののろけ話を始めたわけで、結局はそれを話したかったのだと美空は苦笑いをした。しかし今までこうして姉妹で恋の話などしたことがなかったから、それはすごく新鮮で、美海の話は面白かった。
結局深夜近くまで、美海と話し込んでしまったのは、恋愛の話が面白かった空もあるけれど、こうして姉妹として本当に打ち解け合えたからだ。家族は、心の支えになる。
(気持ちを伝える……)
できるかな、と思いつつ、美空は机の中にしまいっぱなしになっていたバイト代を思い出した。何かプレゼントをしようと思っていたのに、文化祭の出し物の忙しさに負けてすっかり忘れていた。
もう、買うものの目星はついているのに、いつまでも机の中にしまって置いてはお金が可愛そうだ。せっかくなのだから使わなければ、社会貢献にならない。
(天国にお金は持って行けない)
近々、目的のものを買いに行こうと、美空は美海が去った後に魔法のノートを取り出す。
〈大事な人にプレゼントを渡す〉
それは、美空にとってとてつもなく勇気がいることだった。
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