第4話 戦闘準備


「美咲ちゃん、こっち来てみ」



ベランダに美咲を呼び込む。


しかし返事がない。


どうしたんだろうと武器部屋に戻ってもそこにいない。

(トイレにでも行ったのかな?)


しばらく待っても帰ってこない。


一抹の不安を覚えて探しに立ち上がる。




「美咲ちゃーん」


「美咲ちゃーん?」




 「は~い」



ここは3LDKタイプの部屋で、玄関入ってすぐに洋間1があり窓のないL字2面引き戸の和室とリビングダイニングキッチンと先ほどの武器庫部屋。


和室は畳をあげてL45のフローリングをボンドなしで敷き詰めてパイプベッドを置き、寝室として使っている。


美咲から返事があったのは、玄関入ってすぐの部屋。


そこはトレーニングルームにしている部屋だ。市販のトレーニング器具をいくつか置いている。



ドアを開けて美咲に向き合う。 


「何しとん?」


 「トイレの帰りに覗いてみたら器具があったから筋トレしてた」

笑いながら答える美咲に脳天チョップをかます。


 「暴力はんた~い!」

 痛がる美咲。


「勝手にウロウロ人の家ん中を探索すんなよー」


思わず笑ってしまったが、この緊張感のなさは何なんだろうか。


自分は別にコミ障でもないし他人と関わらないように生きてるわけでもないし、ましてや人見知りでもないんだけど、他人との距離感が近い人間でも無いし、誰とでもすぐに仲良くなれる性格でもない。


だから、知り合って数時間も経ってない少女とこんなに和気アイアイとしてる自分を不思議に思う。


「なぁ、さっき知り合ったばかりのおっさんの家でさー なんでそんなに警戒心もなく立ち回れんの?」


聞いていいものか悩んだが、一応質問してみた。


 「見た目おっさんじゃなくなってるし(笑)」


「いや、中身はおっさんのままやしー」

「心はエロの上級者で肉体はギンギンの若もんだぞ」


 「プッ」


 「そやなー、上手く言葉では言えへんけど、一緒にゴブリン倒したくらいから連帯感?みたいな感覚あるし、話しやすいし」


 「もひとつ言えば、おんなじ時おんなじ場所でおんなじ敵倒してまったく一緒に新人類に変態したからかもね」


「そっかー どこか精神部分でシンクロしてるんかもね」


そう考えると、なんとなくではあるが納得できる。



 「健斗さんはどう思ってんの~」

上目使いで美咲が聞いてくる。


少し考えて、無難な言葉を探したが良い言葉も思いつかなかったのでありのまま言う事にした。


「俺は、緊張感もなく美咲ちゃんとほのぼのした感じで接している自分が良くわからなかったんよ」


「いままで何回も見てきた美咲ちゃんは、こうもっとシャキッとしてたし、こんなにフニャフニャした子やとは思ってなかったし」


 「ひっど~」


「いやー褒めてるんやで」

 「全然誉め言葉ちゃうやん」


 「それにさー 見知らぬおっさんとエレベーターの中でふたっりきりになったら身構えるやろ」

「身構えとったん?」


 「いいや?そうでもないよ」

「どっちやねん!」」




あぁやっぱりこの子と話してると楽しいな。




~~~~~~~~





腕時計を見るともう10時を回ってる。


部屋の戸締りは済ませている。キッチン以外の電気もブレーカーで落としている。

右手で玄関のカギを閉めながら軽く言う




「いこか」


 「それではしゅっぱ~つ」

「遠足かよ」



「まずは美咲ちゃんの家に行こう」


 「動きやすい服にするねー」

「そのメイデンクローつけるのまだ早くない?」




右腕には、手の甲から肘まで覆う金属製の籠手が目立つ。


 「ジャキーン」


美咲はふざけて右腕を折り曲げ、叫びながら爪を出す。




「危ないから気をつけろよ」

 「は~い」


 「これってメイデンクローって言うんやー」

 「メイちゃんって呼ぼう」


楽しそうに籠手をするその仕草がとても可愛い。


刀剣や武器を集める趣味はとても人には言えなかったが、こんな美咲の顔を見ると(やっててよかった)って思える。


自分は、赤い漆塗うるしぬりの鞘に入った中国刀を専用の腰ベルトの左側に通し、右側には皮のホルダーにククリを差している。ククリとは、湾曲刃の短刀だ。




服はブルーで長袖のポロシャツにベージュのチノパン、ポケットが多い黒の革ジャンを羽織っている。


ちょっと暑いかもな。でも革はそれなりの防御力もあるだろう。


背中には大きめのリュックを背負い、手元には大きめのキャリーバッグを転がしている。


どこに旅行に行くのかと言ういで立ちだ。


靴は10年ほど前にストリートバスケが流行った時に買ったバスケットシューズ。


なぜバッシュにしたかと言うと、もちろんズボンの裾が短かくて足首が見えてるからである。


廊下にあるPSを開けて、中にある水道の元栓とガスの元栓も閉める。




「さて、準備万端整った」






エレベーターで20階まで降りて、美咲の部屋の前に行く。


ガチャっと玄関ドアを開ける音が後ろから聞こえたが、自分は美咲の母親たちの遺体に目を向けている。




「なぁーこの方たち、中に入れてやらない?」


廊下に転がったままの遺体はちょっと可哀そうだ。


とは言え、見える範囲の各廊下には動かなくなった人がたくさん見える。

そのすべての人を移動させるなんて出来ないが、関わり持った人くらいは部屋に入れてあげたい。




 「うん・・・」


気のない返事をするが、許可をもらったので老人の上に被さってる母親から部屋に引きずり込む。


抱き上げれば良いのだろうが、やはり服に血が付くのが嫌だ。


こんなところが、偽善者と言われる所以ゆえんなんだろうなーと自己分析。




美咲の家も間取りはほぼ同じだった。


玄関すぐの洋間は美咲の部屋らしい。


うちとは左右が逆の間取りだが、和室が真ん中にあるのは同じだ。


和室の引戸を開けると和ダンスが2つ並んで置いてある。


その前に遺体を3体、川の字に並べて両手を合わす。




廊下に出ると、暗い顔をした美咲がリュックを背負って立っていた。


黒のタイツにカーキ色のひざ丈のプルオンバミューダパンツ、ボートネックの薄紫のシャツに黒っぽいニットのベスト。頭にはベレー帽。 なかなか可愛い♪


もう5月とはいえ、肌寒い日もある。長袖なのは正解だ。


ただ、右腕に据わるチタンの籠手が異色を放つ。


 「いこか?」


「お母さんとおじいちゃんたちに手を合わせなくてもいいの?」


 「うん・・・」


「もうここには帰ってこないかも知れないよ?」

 「その方がいい・・・」

「・・・・・・・」


キャラクターの絵が薄っすら浮き上がる黄色い皮の小さめのキャリーバッグを転がしながら美咲は無言で歩く。


エレベーターホールに着いて昇降呼び出しボタンを押す。


「あれっ?電気がつかへんね」


何度もボタンを連打したが点く様子もない。

「しゃーないなー 階段で行こか」




ホールに接続する非常階段は、数時間前に倒したゴブリンの死体がまだ転がってるはずだ。


あまり良い気持ちにならないので別の階段から行くことにする


とぼとぼと南西の階段に向かう二人。


その間、美咲は一言もしゃべらなかった。




階段にも死体や遺体が時々転がっている。


不思議な事に、もう遺体を見ても何も感じなくなってきている。


これは危ない兆候じゃないかと危惧するが、どうしようもない事なので一旦スルーする。


「そやけど、あんだけいたゴブリンはどこ行ったんやろな?」


 「・・・」


母親たちの死を嘆き悲しんでるわけじゃないみたいだけど、美咲の胸中には何か押し寄せるものがあるんだろう。





12階の廊下を踏んだところで、どこかの部屋の玄関ドアを激しく叩く音がする。

「要救助者かな?」


「ちょっと見てくるわ」


そう言って美咲の立ってる廊下の床に、キャリーバッグと背負しょっていたリュックも下ろし音のするドアの方に歩いていく。



廊下に大の字で動かなくなってる40代くらいの細身の女性を廊下の端に寄せた。


ガンガンなってる玄関ドアのノブを掴んで回すとすんなりと回った。

カギが掛かってない?


「大丈夫ですk『キッシャー!』


言葉をすべて言い終わる前に飛び出してきたのは人ではなくゴブリンだった。


手には包丁を持っている。


「おっとっと・・・」


慌てて後ろに飛びのいたおかげでゴブリンの攻撃は受けなかったが、飛びすぎてアルミ柵に背中を打ち付けた。

「いって~」


そう叫ぶと向こうから美咲が震える声で叫ぶ


 「健斗さ~ん!」


叫びながらこっちに向かって来る美咲を横目で見ながら腰から青龍柳葉刀を抜く。


 ギシャシャシャー



また後ろからもう1体が出てきた。


廊下の幅では青龍刀は思いっきり振り回せないので突くことに意識を変える。


先頭のゴブリンに刃を向け、刺突の構えをする。


勢い良く近づいてきたゴブリンの喉元目掛け、突く!突く!突く!


 「健斗さーん、気を付けてー」

 「後ろのゴブリン、レベル2だよー」


「わかったー」


そう返し、先頭のゴブリンの喉元に刺さった青龍刀を抜こうとしたが距離が近付き過ぎててスッと抜けない。


後続のゴブリンが、先頭のゴブリンが落とした包丁を拾う時間を作ってしまった。


そして、拾った包丁を大振りで振り上げるとそのまま動かなくなり、包丁を手から落とす。



俺の脇を抜け、低い姿勢から中腰でスライディングしながらメイデンクローで後ろのゴブリンの心臓付近を突き刺し、そしてえぐる!



 「大丈夫ー?」


「おぅ助かったよ~」



間一髪で美咲の攻撃が間に合った。


(ヒュン)


 「おっ?なんか覚えたみたいかな?」



のんきに話していたが、部屋の中からもう1体ゴブリンが走り出してきていた


気づいていない美咲を後ろに押し倒し、敵に背中を向ける


  ゴンッ


強い打撃痛を背中に感じ、左手に持ち替えた刀を後ろ手に振りぬくが、廊下の壁に刃先が当たり手からはじけ飛ぶ。


「チっ!」




急いで右腰のククリを取り出す。


だがもうすでにゴブリンは攻撃態勢を整え済みで、手に持つ金づちのような物を振りかぶる。



身体をひねりゴブリンに正対しようとするが、その時にはもうすでに金づちを振り下ろし始めていた。




  ガッキーン




高い金属音がして、金づちは後方に飛んでいく。


美咲が横から籠手で金づちの攻撃をガードし、その反動で金づちが飛んで行った。


体制を崩したゴブリンにククリを下から振り上げる。


ゴブリンの左わき腹から右肩に向かって肉が深く切れていく。



(ヒュン)


「フゥー また助かったよ」

 「ガンバタ」

「なんで片言かたこと?(笑)」

 「ニヒヒヒ うちら、最高のコンビやね♪」




美咲はもう元に戻っていた。ギリギリの戦闘が嫌なことを忘れさせてくれたのだろう。




「そんだけ暴れてよく帽子が落ちないなー」


 「ヘアピンでしっかり止めとうからねー」






部屋の中に入り、もうゴブリンは居ないか確かめる。


リビングの掃き出し窓が割れてガラスが部屋の中に散乱していることから、このゴブリン達はベランダから侵入してきたんだろう。




キッチンで2人の女性が倒れている。


1人は靴を履いたままなので、この部屋の住人を助けに来たのだろうか。


どのみちもう聞ける人は居ないので想像で物言うしかない。



ベランダに出てみると、隔て板が破られていないので少し疑問に思う。



マンションは消防法と建築基準法で定められた、ベランダの隣室との境は隔て板で仕切る事、になっている。寸法も決められていて、ほとんどの場合6㎜以上の厚みのケイカル板が使われる。


この仕切りの前に物を置くことは、消防法で違反になる場合が多い。



「なぁーこのゴブリン達ってどこから入ってきたと思う?」

 「ベランダ?って思うけど」

「でも防火の隔て板が割られてないから隣から来たって事はないんよね」

 「んじゃ、ここで沸いた?」

「そう考えるのが、この状況を見た普通の結論だよね」



 「ステータスオープン」


美咲は考察にもう飽きたのか、ステータスを見だした。




二ツ石 美咲(19)

Lv2

種族 【新人類】 選択

職業 【--】 選択

称号 【--】

基本能力一覧

GMR/SPE

HP 22/22

MP 12/12

STR 18

DEF 20

AGI 25(+11)

DEX 16

INT 12

SP/10

基本技能一覧


       扇風脚 超跳躍 覗き見 爪操そうそう

27-0/15+0




「おぉー レベルが上がってスキル覚えとうわー」

「ちょいと見せてね♪」


 「もぉーエッチなおぢちゃま」



美咲の顔をじっと真顔で無言で見つめる。

いたたまれなくなった美咲が目を伏せて謝る。


 「ごめんちゃい」


「可愛いから許す!」




あぁ、なんかバカップルみたいになって来た自分に、ほんと怒鳴ってやりたい。




 「あっそうそう、覗き見の効能わかったよー」

「相手のステータスが見れるんやろ?」


 「なんで?なんで知っとん?」

「(笑) 大きな声でゴブリンがレベル2だって叫んでたやん」


 「ちぇ~っ」




「俺もなんかスキル覚えたかな?」



庄内 健斗 (31)


Lv 2

種族 【新人類】 選択

職業 【--】 選択

称号 【--】

基本能力一覧


GMR/PRE

HP 18/20

MP 11/11

STR 23

DEF 20

AGI 18

DEX 16

INT 12


SP/10

基本技能一覧

       超跳躍

27-5/10+2


「なんかHP減っとるし」

 「背中ど突かれとったやん」


「あぁまだちょっと痛いからかー」


「レベル上がったら全回復したらいいのに」


 「あつかましいおっさん(笑)」




  ベチッ




脳天チョップをお見舞いされた美咲が大袈裟にうずくまる。


 「あほになったらどうすんねーん」

「今でもあほやん、INT12しかないやつが」

 「健ちゃんかっておんなじやん」



ついに”ちゃん”付けで呼ばれ出したよ。

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