第2話 非常階段での攻防

エレベーターホールから出て、マンションの吹き抜けから見わたせる範囲には無数のゴブリンらしきモンスターと逃げまどい悲鳴を上げる人々が見える。


そして、大怪我で血まみれの人々、息絶える人々、ゴブリンの死体らしきものも見える。


上の方にも目をやると、やっぱり同じ光景が見て取れる。


どうやってこんな上階まで登ってこれたんだろうか?


吹き抜け部分に沿って内側は廊下になっており、住居部分は外壁に窓とベランダを持つ形のこのマンション。

エントランスはオートロックで外部から容易には侵入できないだろうし、南西角にある非常階段も外部からは侵入できない構造になっている。


商業スペースのエレベーターは住居部分のエレベーターとは別なのでそこから上がるのも無理だし・・・


っていうか、どこからこれだけ大量のモンスターが湧いて出てきたのか想像もつかないし、まったくわからない。


廊下の手すりから身体を乗り出し吹き抜けから上空を見上げて見る。


(空から?)

しかし、それも無理がある。


「あっ!」

少女が小さく声を出す。


その目線の先には女性が2人、ご老人の男性に覆いかぶさるように倒れて動かない。


「たぶん母と祖父母です」

「だ、大丈夫かー」

おもわず駆け出したが、少女が付いて来ない・・・


「どーしたん?」

足を止めて少女に向き合うと薄っすらみで


「助けなくてもいいですよ」


と・・・・・


もう一度そっちに顔を向けるが、3人はピクリとも動かない。


「君の身内じゃないのか?」

「死んでるかも知れないが、取り合えず助けなくていいのか?」

少女はブンブンと首を横に振る。

(この娘はサイコパスなんだろうか?)


「そのうち機会があれば話します」


そのうち?と思いつつ、何か事情があるのだろうけど。


でも身内が目の前で倒れてるのに、安否の確認もしないってどういう事だろう?



グギャギャギャー



聞いたこともない鳴き声で叫びながら、倒れてる3人の向こうからゴブリンが迫ってくる。

手には細長い棒を持ってる奴と包丁のようなものを持ってる奴。


「武器が下にいたゴブリンより上位な気がする」

そう言うと少女が答えてくる。


「あれって、多分だけどお父さんのゴルフクラブだと思う」

そうしたら、包丁もこの子の家の物か他の家から持ち出したか?

でもゴブリンにそこまでの知能があるのだろうか?

誰かが武器として持ってきたが、返り討ちにあって取られたか?


どちらにしろ、そんな些細な事を考えてる間に対抗策を練らないとこっちがヤられる。


まずはここから移動して、安全な場所で考えよう。


「だったら早く逃げよう」


逃げ道はエレベーターホールの方しかないから身体をひるがえすと、反対方向からも奴ラがやってくる。


少女はすぐにホールの中に走り出した。

「おじさん、こっち! はやくー」


一周りくらいしか変わらない女性におじさんと呼ばれたショックは頭の隅に追いやって。


少女が走っていったのは、エレベーターホールの奥の非常階段。


一応エレベーターの昇降ボタンも押しているが、先ほど降りたエレベーターは自動で最上階か2階に移動する。


普段は便利な設定なんだろうが、こんな時は不便だと感じるのは我儘なんだろう。


防火扉にもたれて開けっ放しにしてくれてる少女に向かって

「先に入って、上にあがってー」


戦うにしても、まずは武器や防具が必要だ。

幸い自分の家には武器になるものが色々とある。


どこに逃げれば良いのかもわからないが、とにかくこのマンションから移動しないと。

そうなれば食料や飲み物も必要になる。

色々と思い巡らせ扉に向かって走る。


すぐ近くまで走りこむと、少女はコクリとうなずいて階段室に飛び込み先に階段を上って行く。


半分閉まりかけた扉をスルっと通り抜けると、後ろから グギャッ と言う声が聞こえた。


振り返って見ると、ゴブリンが扉に挟まっている。

いつの間にかもうすぐ後ろまで来ていた。

その後ろから別のゴブリンが中に入ろうと扉に手を掛ける。


追いかけっこはゴメンだよっ!


扉に挟まってるゴブリンを足で蹴り上げながら、扉に手を掛けてるゴブリンを押し戻す。


心臓がバクバクと脈打つ!


呼吸が激しい!


頭の中は冷静なつもりだが、身体は緊張と恐怖で負荷が掛かる。


取手を右手で握り無理やり扉を閉めながら左手でゴブリンの手を引きはがす。


「痛てっ!」

他のゴブリンが、持っていたこん棒の様な物で手を叩いてきた。


思わず扉から離れた瞬間に、挟まっていたゴブリンは抜け出したが外にいた1体が中に入ってきてしまった。


急激に閉まる防火扉に、外の他のゴブリンの手が挟まってるのが見えたが、すぐに引き抜いたようで扉は ガチャンッ と音を立てて閉まる。


刃渡り20㎝ほどの文化包丁を持ったゴブリンと対峙する。


後ろ向きに階段を、1段、2段と上がっていく。


ゴブリンが闇雲に包丁を振り回してくるが、位置の優位でギリギリだがかわせる。

大きく空振りした後に顔を蹴り上げると、まともに当たってゴブリンがはじけ飛ぶ。


(いけそうやな?)

一撃を食らわせたことで心に油断が生まれる。


後ろ向きのまま4段目に上がろうとしたとき、かかとが上がり切れずに段鼻のノンスリップに引っかかってバランスを崩す。


左手で階段手摺をつかみ転倒だけは避けたが、その好機をゴブリンは見逃さず襲い掛かる速度をあげた。


「キャーッ! おっちゃーん」

黄色い悲鳴が階上から降り注ぐ。


「だ、大丈夫大丈夫。それよか早く逃げてー」


ゴブリンも必死なので、包丁を振り回す腕にも力が入る。


思いっきり振り回しているため、外れると体勢を崩す。

その間に攻撃態勢を整える。


ゴブリンが右上段から左斜め下に包丁を力を込めて振り下ろす。


(しまった!!!)

よけきれず刃先が右足の太ももをかすめる。


体勢を崩したゴブリンはそのまま左下に倒れていく。

すかさず包丁を握ってる手首を両手で押さえつける。


右の太ももが温かい。多分血が流れ出てるのだろう。

早めに止血をしないとヤバいかも・・・


包丁を取り上げようとするが、相手も必死でその手を離さない。


膝蹴ひざけりをわき腹に見舞うが、体勢が悪いからあまりダメージを与えられない。


もう1発と膝を上げたとき、ゴブリンの足蹴りを腹に喰らいそのまま平場に倒れこんだ。


ヤバいと思いすぐに立ち上がろうとしたが、大量に流れ出た自分の血で足がすべって転倒した。


「イヤァ~」

踊り場から数段上がったところから手すりの上に身を乗り出して戦況を見ていた少女が、また大声で叫ぶ。


「おっちゃーーーん!」

少女は階段を下りてくる。


「来たらあかーん!逃げろー!」

それを見たゴブリンは、自分ではなく少女の方に向かって駆け上がる。


少女の方が勝率が高いと思ったのだろうか。


それは正しかった。


つい数分前、人間と戦っていたが、力や体の大きさでまったくかなわなかったのが、仲間と組みして人間を殺した瞬間に、多大な力が沸き上がってきた事を覚えていた。


血を流して倒れてるがまだまだ楽勝で倒せる敵じゃないと本能で分かっているのだろう。


まずは倒しやすい方を殺して力を手に入れてからじっくり殺そうとしていた。


下ってくる少女、上って行くゴブリン。


踊り場付近で遭遇した二人だが、先制攻撃は少女の方だった。


階段をクルリと回り、手すりのU字型になった所を両手で掴み、そのまま遠心力で勢いをつけて両ひざでゴブリンの顔面にキツイ1発をお見舞いした。


ゴブリンは死角からの攻撃に対応出来ず、顔面に膝がめり込む。


そのまま10段ほどの階段を背面飛行して、少女を助けるために立ち上がろうとしている男の横の平場に後頭部から着地する。


ピギャッっと言う声を発し痙攣しているゴブリンの包丁を取り上げ、その男は心臓付近に突き立てる。



「やったね♪おっちゃん」

そう言いながら少女が駆け下りてくる。


(はぁー 終わったー)


男は安堵のため息を吐いた。



(ヒュン)  

また脳内を何かが通り過ぎたような感覚に観まわれる。


そして安心したのも束の間。ゴブリンが動かなくなった瞬間、二人は激しい全身の痛みに襲われる。


「キャァァァァァーーーー」

「ウワァァァーーー」

「「グゥオオオオオーーーー」」

「「あ”あ”ぁぁぁぁぁぁーーーーー」」


身体が引きちぎられるような激しい痛みに、悲鳴とも絶叫ともつかぬ声をあげながらのたうち回る。


(呪いなんか?)

心の中でそう思うが、激しい痛みに意識が保てない。


メキメキ ゴボゴボ

「ガァァァウォォオーーー」


ボギボギ ベキベキ

「グゥゥゥフゥゥグァァァーー」


 「キャァァァァァァァァ」

階段の途中だった少女は、転げ落ちないように手すりを掴む。


しかし痛みで手に力が入らず、ズリズリと最下段まで滑り落ちてくる。


 「ウ”ゥゥゥガァァーーー」

少女の口から白い小さなかけらがボロボロと落ちてくる


 「アァァァァーーー」


 「ハァハァハァハァ」

先に拘束が解けたのは少女の方だった。


痛みが止まって少し呆けていたが、ハッと我に返りいまだ悶え苦しんでいる男を見て声を掛ける。



「おっちゃん、おっちゃ~ん」


自分自身の血で真っ赤になってる男に心配の目を向ける。


「ウゲェェ」

「オェェェー」


しばらくのたうち回っていたが、四つん這いになり、口からピンポン玉ほどの黒い肉塊と白い小さな物を吐き出してからは少し落ち着いてきた。


「ハァハァ 大丈夫やったか?」

 「うちは大丈夫やけど、おっちゃんのんが大変やん」

「ハァハァ 最後はちょっとびっくりしたけど、まー大丈夫やで」

息も絶え絶えに男が言葉を紡ぐ。


「歯が抜け落ちた?」

眼下に見える黒く汚い肉塊の周りに散らばる白い小さなものを見る。


「あっいや、歯はあるし」

そう言って頭を上げた男の顔を見て少女は驚きの声を上げる。



 「だ、誰ー?」


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