第52話 銘剣エスカリボール

 生命吸収エナジードレインを受けたブラドヴァは箆鹿の館ハウス・オブ・エルクに運び込まれ、治療を受けることになった。


 エナジードレインによるダメージは回復できないが、それ以外の身体機能の回復と応急処置を頼んだ。

「一日もあれば、歩けるようになるよ。エナジードレインって虚脱感はすごいけど、身体へのダメージはそれほどではないから」

 と、自信持って言えるのは、ファルナの腕前あってこそだ。

「先生、本当にすみません。自分のせいで足を引っ張ってしまって」

「いいんだ。誰にだって失敗はある。失敗を経験しなければ、いい戦士にはなれないんだぞ」

 ベッドの上のブラドヴァは悔しそうな表情だったが、オデンはその頭撫で、彼の気持ちを落ち着かせた。



 続いて、行動不能となったヨシルをクイジナァトのところに運ぶのだが、その前にオデンはイヴァンに呼び止められた。

 相変わらず暇そうだったが、手に槍を持ち鎧を着ていたので、一応見回りの最中だったようだ。

 他のメンバーに先に行くように告げ、オデンは一人箆鹿の館の前に残った。

「荷車、助かった。すまないな。部下まで駆り出させて」

「いいってことだ。それより、ひどくやられたな。なにがあった?」

 オデンは今日の顛末を語った。

 丘の上にグリフォンが群がっていたこと、エントランスに悪魔レッサーデーモンたちがたむろしていたこと、そして二階が不死アンデッドのエリアとなり、マーティーズ・ゴーストという強敵が立ちふさがったこと…。

「なるほどな。ゴジャール側も防衛態勢を変えてきたか。いつまでも根無し草冒険者の好きにはさせないって意思表示のようにも思える」

「それで、聞きたいことがあるんだ」

「ほう。なんだね?」

耶律唯忠理やりつゆたりという人物を知っているか?」

「知ってるもなにも、ゴジャール帝国の宰相ではないか」

 当然だろう、という顔をしている。

「耶律唯忠理がどうしたんだ? なにか、彼女に関わる文書でも見つけたのか?」

「どうやら、その耶律唯忠理があのザナドゥをコントロールしているようなんだ」

「なんだと?」

 イヴァンは大きく目を見開いた。

 これまで見たこともないくらいに驚くイヴァン。この冷静な男を驚かせた理由は。

「冗談ではないのか? 彼女はエルフではないんだ。三百年もどうやって生きている?」

 そう。歴史上の人物であるはずの耶律唯忠理がという事実だ。

「ヨシルさんから聞いたことによると、その耶律唯忠理は操屍術師ネクロマンサーで、どのような手段かは分からないが、ゴジャール亡き後もずっとザナドゥを守護していたとか」

「耶律唯忠理がネクロマンサー…か」

 イヴァンは考え込むような顔をする。

「何か、思い当たることがあるのか?」

「うむ…。あくまで思いつき程度の話なのだが」

 と前置きして、イヴァンは話を続けた。

「知っての通り、ゴジャール軍は圧倒的強さをもって大陸を席巻した。だが、その強さには様々な疑問点がある。騎馬を使った巧みな兵法は有名なところだが、その戦い方にしても、常識では考えられないところがいくつもあった」

「それは、ゴジャールの戦争センスの賜物ではないのか?」

「確かにゴジャールは稀代の戦略家だ。しかし、その戦略を持っても物理的な差というものは埋めがたい。仮に物量の差を跳ね返す戦いがあったとしても、それはインスタントな成果にしかすぎない。それは、傭兵隊長をやっていたお前だってわかるだろう?」

 戦場で何度も奇跡など起きないと、イヴァンは言う。オデンも自身の経験から、彼の意見に同意する。

「ゴジャール軍の戦い方は、まず強行偵察軍を繰り出し、これから攻める場所を荒らしてから、十万規模の大軍を叩き込む。強行偵察の時に恐怖を覚えた侵略地の人々は恐れおののき、大軍を前に怖気づいてしまうのだ。こうして敵の戦意を奪い、極力戦いをせずに版図を広げたのがゴジャール帝国だ。伝承のように、略奪と虐殺、そして破壊を繰り返せば、その地に住む人々がいなくなり経済も生産も消える。そうなれば、なんのためにその地を支配したのかわからなくなる」

 無人の地を得てもなんの意味はないだろう? とイヴァンは続ける。

「そして被支配地の人間を徴兵して自軍に組み込み、ゴジャール軍は大きくなったという。これが今まで信じられてきた、ゴジャール帝国の戦略だ。多くのゴジャール研究家がこの説が正しいと思っている。しかし、軍人である私からみれば不可解なところもある」

 イヴァンは手にしてた槍の石づきで、地面に大陸地図を描いた。そして、その中央を突く。

「大陸の中央は乾燥のため農業に適せず、遊牧だよりで人口が増えにくい土地だ。農業に適した肥沃な地域に比べ、大きな人口を維持することもできない。そんなところで徴兵したとしても、土地が肥沃で人口が多く、文明の進んだ国を滅ぼせるほどの大軍が作れるだろうか? 先程も言ったが、物量を跳ね返すような奇跡的な勝利は何度も起きることはない」

 イヴァンは地面の地図に、いくつもの円を描いた。当時の各国家の戦力を表しているようだ。

 円のサイズはまちまちであったが、ゴジャール帝国の本拠であるゴジャール平原に描かれた円は、周囲の大帝国に比べ何回りも小さいものだった。

「ゴジャール帝国が優れた戦略を駆使し、小兵で大国を倒したのは事実だ。人類史上、ゴジャールを越える帝王、戦略家はいないといえる。だが、それでも、百倍の戦力を覆すような戦いを何度も続けることはできない。なら、その戦力差はどうやって補完したのだろう」

「まさか」

 オデンの脳裏に、イヤな予感が走った。

「死んだ者を蘇生させて兵に用いてたとしたら、どうだろう?」

 オデンは思わず、黙ってしまった。

 そしてやっと、しかし、と、言葉を絞り出す。

「そうだとしても、数万規模の不死者を操り作戦行動させることができるネクロマンサーなどいるのか? その、耶律唯忠理が優れたネクロマンサーだったとしても」

「全軍がアンデッドでなくてもいい。例えば壊滅上等な作戦に投入するなら、それに必要な兵力さえ整えばいい。せいぜい数千人くらいだろう。それも一人で指揮するのではない。不死部隊にそれぞれネクロマンサーをつければ可能だ」

 耶律唯忠理は宰相である。いわば、人臣の頂点にあって、自由に人を使える立場なのだ。今のように、自ら現場に出向く必要など本来はない身分である。

「そもそも耶律唯忠理は、ゴジャール軍に入る前は学者であり祈祷師シャーマンであったという。ゴジャール人を含め大陸の遊牧民族は蒼き空の神テンゲリという神を信じているが、耶律唯忠理はテンゲリを信じる天神教テンゲリズムの高位のシャーマンであり、その祈祷と預言の力をもってゴジャールの信頼を得たと伝えられている」

 ヨシルによれば、唯忠理はネクロマンサーであり吟遊詩人バードであり武闘僧モンクであるという。

 これらのクラスは、一見すると節操ないように思えたが、それらはどれも副次的には宗教に関わるものであった。

 耶律唯忠理の本質はシャーマンとすれば、ヨシルから得た情報にも整合性がつく。

「それにしても、耶律唯忠理か。一度会ってみたいものだな」

「会ってどうするんだ」

「決まっている。今まで謎に包まれたゴジャール帝国の真実を聞くんだ」

「そんな友好的な関係にはなれないと思うけどな…」

 その後は少しの雑談をし、オデンも館の前を後にした。



 続いて訪れたのは、ハウゼンの奴隷の館だった。

「おや、オデン先生。どうしました」

 オデンは、ブラドヴァがエナジードレインを受けたことを説明し、謝罪した。

「なるほど。そうでしたか」

 しかし、ハウゼンの態度は淡泊だった。

 使用人を呼び、いつものようにコーヒーを用意するように告げた。

「どうしました? 私が大事な商品を傷物にして、とでも怒ると思いました?」

 笑いながら、オデンにコーヒーを勧める。

「エナジードレインを受けたのは残念ですが、それは死と隣り合わせの地下迷宮での出来事。命があっただけで十分。それにザナドゥでブラドヴァは成長しているのでしょう。なら、私としては先生を非難する気はありません。ブラドヴァをより強くできれば、それだけ彼が高く売れるわけですからね」

「そういうものなのか」

 ハウゼンの考え方は、商売人的というより、どこかドライで合理的すぎるようにも思える。


 だが、オデンは彼が冷徹な人間ではないことも知っている。


「私はね、先生。ブラドヴァをどこかの王族か貴族の近衛兵にでもしたいと思っているのですよ。例えば北方では、王家や貴族が無理やり力持ちの男性をさらって近衛兵にするのが流行っているらしいです」

「聞いたことはある。うちの雇い主も、近衛兵への斡旋をはじめたそうだ」

「そういうバカな王侯貴族に、ブラドヴァは高く売れそうです。近衛兵にでもなれば、ブラドヴァも悠々自適に生活できるでしょうし。いいことづくめですよ」

 ハウゼンは大きな声で笑う。

「言いたいこと、分かりますよね。先生。あの子ブラドヴァを徹底的に鍛えあげ、一騎当千の近衛兵になるまでくださいね」



 奴隷の館の次は、ヨシルが運び込まれたクイジナァトの攻防に向かう。


 作業台に乗せられたヨシルを前に、ベレゼンとクイジナァトが話をしていた。

 二人はオデンの到着に気づくと、話をやめた。

「ハウゼンとの話はどうだったかな?」

 エナジードレインの件は許されたが、箆鹿の館から引き取り、奴隷の館で回復させるという結論となった。軍事施設より、よほど良いものを食わせられるというのが、ハウゼンの持論だった。

「ふふ、ハウゼンらしい考えだ。あの男は、徹底して現実主義だから。それでいて、どこか情がある。それが、彼が下賤な仕事をしながら嫌われない理由だろうね」

 ベレゼンのハウゼン評は、オデンと近しいものがあった。

「ところで、ヨシルさんの方は」

「分解してみたら、腰の平衡装置に狂いがあった。もしかして、高いところから落ちたりしなかったか?」

「グリフォンを狩った時に高いところから急降下したな」

「なるほどな。そン時の衝撃で、腰の平衡器が壊れたらしい。ばあさんチェルシーが残した設計図をもとに、平衡器の軽量化を図ったのだが、耐久性がいまいちだったか」

 ねる子が石にされた時、ヨシルもまた機能を停止して工房に運び込まれた。

 その際、クイジナァトはチェルシーが二十二世紀で見てきたという設計図を改めて解釈し、特に各部品の軽量化を図ったという。

 各部品重量を下げれば結果的にヨシルの総重量も下がる。軽くなれば、それだけ機動力は向上し、戦闘力も上がるという算段だ。

「もしかしたらヨシル自身が、軽量化した自分の身体をまだうまく使えていないのかもしれねぇな。多少デチューンして、部品の耐久性を高めるか。それに慣れたら、再度軽量化を進める。ヨシルが新しい身体に慣れ、微細な動きができるようになれば、俺の理想の設定で戦えるってもんだぜ」

「そのデチューンとやら、どれくらいかかる?」

「二日もあればいけるぜ」

 しかし、クイジナァトの二日は信用できない。また、チューニングに夢中になって、何日も、何週間も待たされてしまうかもしれない。

 ブラドヴァが動けない中、ヨシルまで戦線離脱されるのは大きな痛手だ。

 とはいえ、故障を抱えたままのヨシルを戦線復帰させるわけにもいかない。

 べレゼンと相談し、ヨシルを預かってもらうことに決めた。

「それよりクイジナァトさん。俺の真っ二つの剣はどうなりました?」

「おう、それそれ。今日の昼間、ようやく仕上がったんだ」

 刀身は少し伸びたようだ。鞘も新しい刀身に合うように作られていた。

 持ってみる。剣先に重量を感じる。だが、悪くない。

 剣を振るたび、ビュッと風が切れる音がする。

「前の剣より重く、重量バランスも変えた。少し使いづらいが、お前なら問題ないだろう。剣が重くなった分、一撃の威力はかなりあがっている。素早く剣を振って戦うのではなく、必殺の一撃を叩き込む。そんなコンセプトだ。どうだい?」

「悪くないですね」

 今後、強力な硬殻や鎧を備える敵とも遭遇するだろう。その時に、この重量調整された剣は真価を発揮するはずだ。

「でだ。俺はこの逸品に銘をつけた」

「銘?」

「そうだ。世界で一本のワンオフ。しかもこれ以上にない仕上がりだ。そのあたりの剣と一緒にされちゃ困るぜ」

「どんな名前にしたんだね?」

「エスカリボールだ」

「ずいぶん珍妙な名前だな…」

 ベレゼンの率直すぎる反応に、クイジナァトはムッとする。

「ふん。お前のような物知らずには分からんだろうが、エスカリボールは遠く南の、古代に栄えし国の言葉で「あらゆるものを斬る剣」という意味なんだぜ。どうだ。この名剣にふさわしい名だろう?」

「自分でそういうこと、言うかね…」

 ベレゼンは半ば呆れていた。

「あらゆるものを斬る剣、エスカリボールか」

 しかし、オデンはその名が気に入った。

 アジスからもらった「真っ二つの剣」という名も気に入っていたが、ここまで打ち直されればもはや別物。アジスとの思い出は、胸の中にだけあればいい。

「そうそう、時折、その剣を使った感想を聞かせてくれ、フィードバックして、新しい剣造りの参考にさせてもらう」

「分かりました」

 これだけのチューニングを格安で請け負ってもらったのだ。オデンは快諾する。

「それはそうと、こっちも新作なんだが」

 クイジナァトは奥の作業机の上にあった剣を持ってきた。


 いや、剣というには不思議な形状だった。刀身は太くハンドガードすらない。まるでただの、銀色の棒であった。


 だがクイジナァトは、そんなオデンとベレゼンの反応を予測していたらしい。

「こいつの本領はこれからだぞ」

 得意げに口角をあげると、クイジナァトは柄にこしらえられたボタンを押し込んだ。

 すると、刀身が回転を始め、刃が遠心力で開いていった。

 まるで花弁のように開いた剣先は、不気味な唸り声をあげながら、刃は凄まじい速度で廻りだす。

「こいつは、回転する刃で敵をズタズタにする剣だ。普通の剣ばかりではなく、こういう革新性イノベーションある武器も今後は作っていこうと思ってな。どうだい? 使ってみるか?」

 このような剣、いや、剣とも言えない武器、果たして本当に使えるのだろうか。

「これの名前は?」

 やはり、半ば呆れ気味に聞くベレゼン。だが、クイジナァトの方は「よくぞ聞いてくれた!」と誇らしげだ。

クイジナートの刃ブレード・クイジナァトだ。うちの工房でしか作れない武器ってことで、俺の名前を与えてみた」

 それだけの自信作、というわけか。

「分かりました。使ってみます」

「おうよ。使ってみたら、感想を教えてくれな?」

 武器としての実用性については全く信用できないが、あの刃の回転は、確かに凶暴なものを感じた。

 どこかで使えるかもしれない。武器としてではなく、道具としてでもだ。



「その回転する刃、ヨシルちゃんにつけてみたらどうだろうな?」

 帰り道に、ふとベレゼンが言った。

「彼女には格闘、すなわち打撃しか武器がないが、その回転刃があれば、モンスターを切り刻むこともできる。そうすれば、打撃が効きづらい敵にも対応できそうだなと思ったんだ」

「なるほど、確かに」

 オデンはベレゼンの提案に納得し、ヨシルが回復したら渡すことにした。


 しかし後日の話。


 ベレゼンの提案通りにヨシルにクイジナァトの刃を渡したところ…

「まあ、これ、お肉をミンチにしたり、野菜をみじん切りするのに便利ですね!」

 と、一瞬にしてキッチン用具にされてしまった。

 こうしてクイジナァトの刃は、武器として使われることなく、ヨシル愛用の調理器具と成り果てた。


(つづく)

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