ハロー、ヴァンパイア
師走 こなゆき
P1
八時三十分。朝のホームルーム開始のチャイムが鳴り、生徒たちはめいめいの席へと戻ってゆく。
「じゃあ、またね。咲希」
「うん。頑張ってね」
授業を受けるだけなのに、何を頑張るのかはわからないが、わたしは友人をいつも通りの何気ない挨拶で見送った。
ガララと教室の戸を開けて、中年の男性教諭が入って来て、まだ立ち歩いていた生徒たちも足早に席につく。男性教諭はいつも通り、猫背気味で気怠そうだ。その雰囲気が感染ったのか、わたしは一度欠伸をした。朝だというのに、すでに授業なんてほっぽりだして帰りたくなっている。
わたし――
ただ、今日はいつもどおりではないことが一つあった。
男性教諭に続いて、見知らぬ女子が教室に入ってくる。背中まで伸びた金色の髪が彼女が歩くのに合わせて揺れる。窓から入る日光に反射して、光のカーテンみたい。キラキラ。過度な頭髪の染色は校則で禁止されていて、よく夏休み中にはしゃいで染めてしまった生徒が校門で叱られているのを見るけど、彼女は特別なんだろうか。
違うクラスの子が何か、例えば文化祭か何か学校行事のお知らせにでも来たのではなさそうだ。見覚えの無い子。といっても、他のクラスに友達なんて居ないから、全員の顔なんて覚えていないけど。
男性教諭と女子は教壇に並んで立ち、生徒たちを向く。女子は俯いていて顔はよく見えない。
「さて、朝のホームルームの前に、転校生の紹介だ。ほら」
先生に促されて、女子は顔を上げた。瞬間、クラスメイト、特に男子がどよめく。
わたしと同じ中学二年生とは思えない、子供らしさのないしっかりと整った顔立ち。綺麗な子。陽の光に晒されていないような白い肌。愛想のない仏頂面で、何かを突き刺すような鋭い目つきをしているけれど、それすらクールで様になっている。ハーフだろうか。なんだか神秘的な雰囲気を纏っているようにも感じる。
「ヨルベ、ルナ、です」
何も感情がないように無愛想に名前を告げると、それ以外は何も言わずに彼女は口を噤んだ。小さく開かれた彼女の口の中に、尖った犬歯がチラリと見えた気がした。告げられた名前を男性教諭が黒板に書く。
彼女の神秘的な見た目、黒板に書かれた聞き馴染みのない名前、口の中の尖った犬歯。わたしの頭の中で全てが繋がって、一つの結論を出した。
吸血鬼。人間の血を吸って生きる化け物。世界中に様々な伝説があり、その正体も人間が死後に蘇ったアンデット、魔女、悪魔、精霊、様々な説がある。能力も霧、蝙蝠、人狼に変身できる、血を吸ったものを下僕に出来る等様々。一貫しているのは生物の血を吸って生きていること。
昔レンタルビデオ店でお母さんが借りてきた映画に出ていた吸血鬼、カーミラ。なんだかいやらしい映画だったとしか覚えていないが、その妖艶なカーミラの姿は幼いわたしの目に焼き付いて離れなかった。エッチな映画だから見ちゃ駄目だと思い手で顔を覆いつつも、彼女の姿だけは指の間からじっと見つめていた。
そもそも、お母さんが隣で見ていたんだから、子供だから見ちゃ駄目ってことはなかったんだけど。
その映画を見て以来、吸血鬼にそれこそ血を捧げたように魅せられた幼いわたしは、吸血鬼をモチーフにした色々な映画、ドラマ、小説、アニメ、漫画を漁った。他にも色々なモンスターを題材にした作品にも触れたけど、やっぱり一番は吸血鬼だった。
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