第53話 テスト勉強に悩まされる宣言4

 その店員は色白の肌に背が数段と高くスラリとした体型。綺麗に伸びた金髪、そしてなぜか店内なのにサングラスをつけている。

 まるでどこかのホストの帝王のようで。


「ーーさぁ、注文して?『俺』か『俺の補集合』か」

「あの、私はこのサラダが欲しいんですけど……」


 その店員は、変な言い回しで少し困惑しているお客さんに自分か自分以外かを選ばしていた。


「あの人はいったい?」

「アイツは高島。俺と同じ学部の二年で、みんなからハイランドなんて呼ばれてる」

「どこか既視感ある名前……ハイランドってもしかして」

「あぁ名前の通りあのローランドを崇拝してる」


 まさか……とは全然思わなかったな。

 名前もさることながら本人の外見を完全に意識して真似してるのがどこからどう見ても分かるから。


「でもあの人と炎上にどんな繋がりあるんですか?」

「いやアイツを含むウチの店の接客態度が良すぎるのが原因みたいでね。まぁ多くはアイツが原因なんだが。それこそ前炎上したのは一人のママさんがハイランドにガチ告白をし、それをキッカケに常連同士が抗争始めて、それがネットに出回ってな」


 抗争なんて物騒な言葉久しぶりに聞いたな。それもこんな平凡なファミレスで聞くなんて。


「ハイランドはみんなのもの派vs自由に恋していい派で勃発して、なだめるの大変だったよ」


 一人の男を求めて、女性同士が争う。

 そんな昔のスケバンみたいな話があるものなのかと耳を疑うけど、ダイソンさんの顔を見る限りでは本当のようだ。


「なんか思いの外、複雑ですね。ボクはてっきり凄く単純かと。店員の接客態度が悪くて炎上したとか」

「そっちのほうがどれほど良かったか。悪いなら直せばいい話だし。でも今回はそれとは状況が違うからなぁ。それにハイランド目当てのママさんが毎回来るもんだからずっと忙しいんだよ」


 今回の炎上は完全に店側の過失じゃないよなぁ。むしろ店側はお客さんに困らせられてる立場なのに。

 何をどこで情報が間違えられたのか。

 ま、ネットあるあるだよね。被害者がいつの間にか被疑者に仕立て上げられるの。


「でもそんな簡単に惚れられるものなんですかね? 俺が言うのも何ですがそんな簡単に惚れられる事なんて」



『ねぇ、ハイランド君。私と割り切った関係なんてどう?』

「うーん、どうだろう。ハイランドは素数だからね。1とハイランド以外で割るとどうしても余りが出ちゃうんだ。だから君の願いを形にするならーー綺麗に割り切れる合成数のほうが君に合ってるよ?」

『んもぅ、どういう事よ』

「つまるところハイランドは孤独な数字ってことさ。でも、もし俺と割り切れない関係を望むなら……その時はこの孤独な数字が相手するよ?」

「きゃゃーーーっっ!!」」



「え、全然意味わかんないし、全く魅力的に感じないの俺だけ? なんであんなのがモテるの」

「安心しろ、俺もだ。いよいよモテの定義が分かんなくなってきた」


 ハイランドさんとお客さんの意味不明な問答に疑心暗鬼なレンとホイミはこれ以上ない困惑の表情を浮かべる。


「……さっきから話に出てる補集合や素数って数学の事ばっかだね」

「ハイランドは飯より数学が好きなんだよ。女性陣からしたらあの顔とスタイルとあの絶妙に意味が分からん言い回しがハマるんだって」


 好きにも様々なものがあると言うことだろうか。

 それにハイランドさんの容姿はこのファミレスの中ではダントツだからな。女性陣はこれみよがしに狙いにいくかもしれない。


「ハイランドと仲良くなりたいからって数学勉強し始めた人もいてな。このファミレスじゃ学生より主婦が勉強する異様な光景になってるよ」


 確かに周りをよく見れば僕たちのように参考書を机に広げて、筆を動かしてる年配のお客さんが多い。

 あのぐらいの年配は近所のカフェやらで優雅に過ごしてるイメージなのに、まさか熱心にルーズリーフを読み込んでる姿を見ることになるとは。


『ダイちゃん〜! こっちの注文お願い〜!』

「あ、はいっ!! ーーじゃあ君たちまた後でな」


 会話にひと段落ついたダイソンさんは、そう言って手招きしている貴婦人達のもとにそそくさと向かっていった。


「ねね、ここに通ってる常連さん。ハイランドさんだけじゃなくて、ダイソンさん狙いの人もいるんじゃない?」

「まぁ、そうかもね。見かけだけは人懐っこい青年だし」

「汚れ物と数学オタクがモテる世界線ってあるんだな」

「……むしろレンとホイミは心配した方が良い。あれ以下ってこと」


 最後のクドウの言葉は二人の心拍数を数段上げた。



○○○○○○



「んむーー」


 テスト勉強を進めてしばらく経った頃、それなりに集中できていたと思う僕らの邪魔をするかのように隣のレンから唸り声が聞こえ、集中を阻害し始めた。


「んむーーーー」

「テスト勉強キツそうだね〜」

「……美大はまだだっけ?」

「うん。他のとこより遅れてるし、それにウチだとかける達がやってるような美術に関係ないテストはゆるいからね」


 そっか、ユノは美大だからこっちとは勉強の向きが違うのか。

 逆にユノの方は技術的と言うか実技的な面でキツそうな内容なんだと思う。


「レンはみんなより人一倍辛そうだけど……そんなヤバいの?」

「ヤバいなんてもんじゃねぇな。もう留年の文字が見えかけてる」

「嘘でしょ。まだ一年の初めてのテストだよ? 見極めるの早すぎない?」

「いやでもレンのこの勉強の力を見る限りじゃあり得ない話じゃないな」


 レンとは中学の頃からの付き合いだが、彼の勉強に対する集中力のなさは常人の域をかけ離れていた。

 それこそよくこっちの大学に受かったなと思うくらい。本人曰く、集中力はないが記憶力には自信あるらしい。


「そっか〜レンは後輩になるのか。じゃあレン、ボクに今すぐメロンソーダついでこいよ」

「もう後輩扱いか。見限るの早すぎない?」

「俺にも頼む」「僕コーラで」「……センスで」

「大学生の頃から友達に社会の上下関係を教えてあげるとは。そうか、そうか、つまり君達はそういうやつなんだな」


 レンは皮肉で返したが……コイツ間違って中学生の国語の勉強してないよね。

 とっさにエーミールのセリフ出てきてるからそう思ってしまう。


「あ、そうだ。せっかくナギがいるから話したいんだけどさ。ナギ、来月の頭空いてる?」

「来月? んーーどうだろう、新作ゲームの進捗次第ーー」

「それじゃ確実に空いてるって事で」


 あれ、ゲームの進捗次第と言ったんだけどな。ただユノが聞こえてないだけだと思いたい。


「実はさ、さっき詩葉にも話したんだけど。ボクとかけると君たち二人でどっか出かけに行かないかなと思ってね」

「え、それって」

「……ダブルデートみたいな感じ」

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