第38話 道中の宣言

 車道を走行中の車窓から見えるのは沢山の見慣れない緑の景色、上には綺麗な青空。このザ・自然という景色だけで心が一時的に浄化される感じだった。

 しかしそんな心を安らげてくれる景色とは打って変わって、BBQ場に向かう僕達の車内は少々荒れ果てていた。


「ーーよりにもよってなんで、この席配置なんだよ。隣がお前とか最悪なんだが」

「……それはこっちのセリフ。お前の隣だと、強烈な匂いに鼻が取れそう」


 ハヤシダの嫌味な一言に、同レベルの嫌味で返すクドウ。

 二人がさっきから言い合いしてるのは、おそらく席の配置に問題あるからだろう。

 車の席はジャンケンで決めたが、神は何を思ったのか犬猿の中でもあるハヤシダとクドウを隣同士にしてしまったのだ。


 ちなみにクドウの言う通りハヤシダの香水はとんでもなく強くて車内に蔓延はびこっている。一種のバイオテロだろう。


「じゃあ、隣にいるお前の彼女を間に挟めばいいじゃないか!!」

「……バカか、おのれは。誰が自分の彼女を歩く芳香剤の隣に座らせようと思うんだ。それにそうしたらそうしたでお前、絶対お触りするだろ」

「そ、そそ、そんな事ないし? ーーって、なにその女性陣の目つき。何もしないからね?」


 彼が少々焦ってるように見えるのは僕だけじゃないだろう。

 ハヤシダは、クドウに自分の思惑がバレてドキドキしてる感じだ。


「自分の顔を鏡で見てそういうのは言いなさいよ。アンタの顔、何かセクハラしようとする人の顔になってるから」

「ボクには香水の匂いだけじゃなくて、犯罪の匂いがプンプンするねー」

「ユノ、気をつけて、そいつ香りだけじゃなくて手も出すから」

「間違った教育するのやめようか!? ユノちゃん、そんなことないからね? 怖くないよ〜?」


 間違ってもお触りなどしたらすぐにでもこの車内から追い出される。

 窓から即座に。ドアからやすやすと追い出されると思ったら大間違いだ。


「……おい、お前が気安く名前呼ぶな。ユノが妊娠したらどうする」

「するかよ、ボケが。お前のメガネ、ホイミのケツにぶち込むぞ」

「……あんな排水溝みたいなとこは絶対勘弁だ。それよりお前のハイブランド品をホイミの唾液まみれにしてやる」

「ふざけんな、メ○カリで売れなくなるだろうが」

「お前ら俺のこと好き放題言ってくれるが、知ってるか? 今、ハンドルとお前らの命、握ってるの俺って」


 おとしめ合いにいつの間にか巻き込まれたホイミだったが、彼の一言はかなりの攻撃力を秘めていた。


「つーか、真ん中の列も問題あるだろ」


 助手席に座っているレンがフロントミラー越しに後ろを見て、おもむろにそんな事を言い出す。


 ちなみにこの車の席は、運転席にホイミ、その隣がレン。

 二列目が僕とトクダネが詩葉を挟み込む形、三列目は左右にハヤシダとユノ、真ん中クドウとなっている。


 それにしても真ん中の列のどこに問題があるんだろう。


「詩葉、お前ナギに寄りかかりすぎだ。もはや真ん中で四人乗れるぐらいスペース空いてるぞ?」


 あぁその事か。

 実はさっきから詩葉が窓に寄りかかってる僕に体を預けているのだ。

 そのせいで、詩葉とトクダネの間に人一人、入れるぐらいのスペースが出来ている。


「仕方ないじゃない。車が曲がる時の遠心力でナギの方にいっちゃうんだから」

「詩葉よ、さっきからずっと直線だぞ?」

「しばらく急カーブなんて存在しなかったよね」


 ホイミとユノの言う通りさっきからずっとこの車は直線か、遠心力を全く感じないほどの緩いカーブしかなかった。

 空気を和ませるために冗談とは、お茶目な詩葉だ。


「ナギはその体勢キツくないのか?」


 ホイミが心配してくれてるが、これはどうなのだろう。

 詩葉が僕にめちゃくちゃ体を密着させてて(おっぱいは当たってる)、なぜか手を窓に置き、僕を間に挟んで車内壁ドン状態。

 顔がものすごく近いし、なんなら頬が擦り合うくらい近くて、ほのかに詩葉からかおる甘い香りが鼻に届く。


「ホイミ、目的地まであとどのくらい?」

「うーん、ざっと1時間だな」


 ……あと1時間か。


「そっか。じゃあもっとゆっくり走ってくれるかな。あと2時間ぐらい堪能したいから」

「一生やってろ」


 田舎だからそんなに道に車が走ってないのか? にしては、早すぎる気がする。

 さてはホイミめ、飛ばしてるな?


「ったく、隣に座ってるトクダネの身にもなれよ。普段から大学のやつらに避けられてるのに、車の中でも避けられてるなんて可哀想じゃねぇか」


 今やトクダネは、大学でも有名なあのマスコミサークルの一員だ。

 同じ一年の中でも既にトクダネの顔を割れており、スキャンダルに恐怖している人々からとことん避けられていた。

 レンもさらっとトゲのある言い方をするが、事実そうなのだから仕方ないだろう。


「いやレンよ。ワイは問題あらへんで? 詩葉嬢さんみたいな美女からある種の放置プレイを受けてる感じやで、ゾクゾクするわ」

「隣も隣だったな。心配が損だったわ」


 どうやら、トクダネには今の状況がご褒美のようだった。


「ほら、詩葉ちゃん。隣には明確な変態がいるんだよ? 俺がそいつとかわろっか!」

「結構よ。トクダネは下品な事を言うだけで実害はないから。アンタよりマシ」

「よーわかっとるやないか。詩葉嬢さん。確かにワイは女の体には触らん。その代わり口と口で相手と濃密な猥談するのを楽しみにーー」

「ーーホイミ。サービスエリアか、道の駅寄ってもらえる? ちょっとゴミを捨てたくて」


 詩葉はいったい何を捨てるんだろう。

 もしかしたら粗大ゴミなのかもしれない。猥褻わいせつな言葉を多々発するような。


「……奇遇。俺も隣の悪臭漂うやつをなんとかしたくて」

「すまんな、二人とも。ここいらにそういうとこは無さそうだ」

「じゃあ、そこらへんに置いておくわ」

「おいおい不当放棄は犯罪だぞ?」


 もう既にここ近辺は田舎に近いので、車が止まれるような施設は中々目にしないからゴミは捨てられないな。

 だからといって、道端に捨てるのはNGだ。


「燃えるゴミならBBQの火の元にすりゃ良いんじゃねぇか?」

「レン、それは名案だな。俺もやたら隣から漂うオタク臭に悩まされてから燃やしたくて」

「……ユノをそんな風に言うとは、さすが詩葉に嫌われるだけはある」

「お前に言ったんだけど。自分って意識ない?」


 またハヤシダとクドウがやり合ってる。全く、あの二人も懲りないなぁ。


「というか、今更だけど、クドウとハヤシダはなんでそんな仲悪いんだよ」


 助手席に座っているレンが、ハヤシダとクドウのやりとりを見て口を開いた。


「確かに。ふつうじゃないわよねー 嫌う理由としてハヤシダがオタクを隠し始めたからって、たかがそんな事でクドウがそんな嫌うとは思えないし」


 クドウからはハヤシダと仲が悪くなったのは、ハヤシダがクドウの活動(オタク活動)を隠し、馬鹿にしてきたからと聞いたが、それだけじゃない気がする。


「まぁ、色々とあったんだよ……」


 ハヤシダは窓の外に目をやって、そんな深みのある事を述べた。

 その表情は、どこか寂しそうで……。



○○○○○○



「……別に、これから回想なんかには入らないからね」


 クドウよ、誰に言ってるんだ。誰に。

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