(13)
かおると花は絶対に『ダブル・ラブ』のようなエロ展開はイヤだった。
しかし、月羽きらりの策略――と言うにはややお粗末だが――によって無理矢理に既成事実を作らせられかけたイズミを見て、さすがにその重い腰を上げざるを得なくなったわけである。
万が一、億が一にでも「月羽きらりを襲った」などという大変不名誉な噂が流布されては、さすがにかわいそう、というのがかおると花の間で一致した意見である。
『ダブル・ラブ』のシナリオ通りの展開はイヤだったが、しかしだからといって四人を見捨てられるほど非情にもなれなかった。
『ダブル・ラブ』のシナリオ通りの展開がイヤなのは、相手が嫌いだからではない。むしろ半端に好意を抱いているからこそ、今の関係を壊したくなくて、そういった展開を避けたいという感情が働いているわけなのである。
相手のことを嫌いであれば、かおるも花も苦渋の決断を迫られることはなかった。
――いっそ、
かおるも花もそうは思ったものの、既に相手に情を抱いてしまっているので、非情な態度を取ることは土台無理な話であった。
だからかおるも花も腹を括った。
腹を括って月羽きらりを退治……もとい再び対峙することにしたのである。
もちろん、前回と同じような主張では月羽きらりは屈したりしないだろう。彼女は攻略対象のキャラクターたちにすげなく扱われてもめげない、不屈の精神の持ち主なのである。
となると別の手立てを考えなければならない。
そしてその別の手立てとは――。
「――は?」
かおると花の宣言に、月羽きらりは思い切り間抜けな顔をして相対するふたりを見返した。
かおるの心臓はもうドッキドキである。今、ふたりは揃って月羽きらりに引導を渡すべく撤退勧告とも言える、彼女にとっては残酷なセリフを口にしたのだ。
「……聞こえなかったならもう一回言うね。わたし、アオイ兄さんとイズミと、付き合うことになったから。で、かおるも――」
「建と樹と付き合うことになったから。……今後は、四人に言い寄ったりしないで欲しい」
……つまり、かおると花は完全に月羽きらりを完全に敵に回した――というわけである。
月羽きらりは一度に沸騰した。「はあああ?!」とわかりやすく意味がわからないといった風な、言葉になっていない声を発する。
その顔はみるみるうちに憤怒で赤くなっていった。赤く塗った般若の面のようだとかおるはのん気に思った。
はじめは、一度目と同じように月羽きらりを説得しようとした。
付きまとっても好感度は上がらないだとか、セクシャルハラスメントは言語道断だとか。とにかく今のままでは嫌われる一方だとか――。
冷静に考えてみればすぐにわかりそうなことを、懇切丁寧に感情的にならずに説明したのだが、月羽きらりの態度はまさにけんもほろろ。
月羽きらりにとって、かおると花は最初から敵であり、そんな敵のアドバイスなど聞く価値もない、というところなのだろう。
だからかおると花は仕方なしに最後のカードを切った。
できれば切りたくはなかった……「恋人であるという偽りの宣言をする」などというカードは。
『ダブル・ラブ』に月羽きらりは影も形も存在しない。だというのに、『ダブル・ラブ』にある「ニセ恋人イベント」とも言うべきものが発生するのだから、やはりこの世界には強制力というものがあるのかもしれないと、かおるはゾッとする。
しかし今はそんなことを考えている暇はなかった。イズミが月羽きらりに襲われるという、差し迫った危機が発生した以上、『ダブル・ラブ』のシナリオ通りになるのがイヤという理由で、身内とも言うべき人間を犠牲にはできない。
そこまで非情にはなれなかったかおると花は、腹を括って花はアオイとイズミの、かおるは建と樹の恋人であると偽るという選択肢を選んだのであった。
表向き、そうすることで周囲に牽制し、知らしめることで、既に特定の相手を決めている四人に手を出そうとする月羽きらりの信用度を落とそうという作戦であった。
そうすることで、月羽きらりの策略とも言えないような浅知恵が万が一にもまた実行され、彼女の意図する通りに目撃者が出たとしても、信用がなければ四人の男たちに害は及ばない。
苦渋の決断だった。
一度、月羽きらりにヒロインの座を譲ろうとした手前、あとから「あなたの狙ってた相手とデキちゃいました!」などと言うのはナシだというのは、かおるも花もわかっていた。
だが、月羽きらりの行動は、どうやったって褒められるものではないし、擁護することも難しい。
月羽きらりはあの四人のことが好きで、ヒロインになりたいのだとふたりは思っていた。思いたかった。
けれども月羽きらりは、その尊厳を踏みにじるような行動に出たのである。もはや、看過しておくのは難しい。
だからふたりは切りたくもないカードを切るしかなくなったわけである。
「裏切り者!!!」
月羽きらりが金切り声を上げた。
そのセリフを受けても心が傷つくことはなかったが、やはり気まずい思いは残る。月羽きらりの言葉は、このときばかりは正しかったからだ。
それでもどこか、ふたりとも「えーっ」という声を出したい気持ちに襲われた。
最初にふたりは月羽きらりに協力を申し出たのだ。だというのに、月羽きらりはそれを信じず、さらには罠だと言い切って拒絶した。
かおると花の言動は、月羽きらりの思い込み通りのもののはずだというのに、彼女は「裏切り者」だと罵るのだ。
客観的に見ればかおると花は裏切り者である。そこにふたりとも異論はない。
けれども月羽きらりの主観では、特に裏切ってはいないはずなのである。
かおると花はわけがわからない気持ちになったが、気を取り直して事前の打ち合わせ通りに月羽きらりに引導を渡そうとする。
「……そういうわけだから、もうアオイ兄さんにもイズミにも、変なことはしないでよね!」
「……建と樹も迷惑してるから、そういうことをするのはやめて欲しい」
月羽きらりは美しい顔をこれでもかというほどに歪めて、激昂していた。
「ありえない! ヒロインになりたくないってゆってたじゃん!!!」
「ごめんね? 気が変わったんだ」
「悪いけど、月羽さんにふたりは渡せない」
「――はああああああああ???」
「月羽さんがふたりにアプローチしてるの見たら、ふたりのこと好きだって気づいちゃったんだよねー……」
「そうだね建も樹も私のこと好きだって言ってくれたから……ごめんなんだけど、月羽さんが入る隙はないんだ」
「――ごめんね月羽さん?」
「――ごめんなさい」
かおるは心の中で我がことながら「ヤな女だなあ」と思った。あえて、そういう言い方をしているにしても、なんてイヤミなセリフなんだろうと思った。
月羽きらりはもはや怒りに言葉が出ないのだろう。その姿はさらながら酸欠になった赤い金魚のようであった。
そして次の瞬間、月羽きらりはずかずかと大股でかおるに近づいたかと思うと、右腕を思い切り振り上げた。
けれども――。
「――グーパンはナシでしょ。いや、平手でもナシだけど」
「たっ、樹くん……!?」
月羽きらりの手首をつかんで止めたのは、ほかでもない樹であった。
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