(6)

 翌日、かおると花はいつものように登校した。もちろんふたりのお供をつけて。


 ここが乙女ゲームのシナリオと同じように進んでいるらしいということがわかった今、気分的にはふたりを避けたい気持ちでいっぱいなのは花だけではなく、かおるも同じだった。


 しかし昨日話し合ったように、現実問題として男を連れずに出歩くなんて出来はしないわけで……。


 かおると花はいつもと同じ顔をしてふたりに会ったものの、裏では顔を引きつらせるような気持ちであった。



 かおると花は同じクラスだが、幸か不幸か彼女らを過保護に甘やかす面々とは教室が別だ。


 彼らと別れて自分たちの教室に足を踏み入れたかおると花に挨拶をしてくれる人間は少ない。なぜならかおると花は女子という一点においては目立つものの、それ以外は地味に息を潜めて生活しているからだ。


 つまるところ、友人と呼べる人間が少ないわけである。


 そのことに思うことがないわけではないのだが、かおるも花も互いが相手ならともかくも、基本的には引っ込み思案の人見知り。たとえクラスメイトが相手だとしても、気安く会話するなど夢のまた夢であった。


 しかし世の中にはそんな風に世界を閉じて引きこもっている人間にも、優しく構ってくれる御仁はいるわけで。


「おはよー、山野、藤島」

「お、おはよう」

「おはよー」


 木ノ下きのした真理亜まりあは見た目はバチバチのギャルであったが、名前の通りか慈悲深い面がある、かおると花のクラスメイトであった。


 かおると花からすれば、真理亜は「イケてるリア充陽キャ」であったが、そんなあらゆるものを持ち得ている彼女に反発心を覚えることはない。


 なぜならば、真理亜はあまりにもふたりとは違いすぎるからだ。天と地、月とスッポンくらいの差はある。もちろん地を這うスッポンがかおるたちだ。


 バチバチのギャルである真理亜の交友関係は広く、比例して男関係も華々しい。バリバリに男を侍らせて、顎で使ってもそれが絵になる、そういう女。それが木ノ下真理亜という女であった。


 ここまで突き抜けていると、いっそ清々しい気持ちになる。女性性を振り回すことにためらいがない姿には、憧れることはないが、しかし不思議と「いいぞもっとやれ」というような気持ちになってしまう。


 そういう心境にさせるのも、真理亜の才能のひとつなのかもしれない。


 そんな真理亜は花を見ると、タレ目がちの大きな目をきらりと輝かせた。


「昨日は災難だったね。大丈夫?」

「うん、大丈夫。病院行ったけどなんともなかったよ」

「そっか~。――で、さ」

「うん?」

土屋つちや、今日は来てないらしいんだよね」


「土屋ってだれや」とかおると花はそろって首をかしげた。そんな様子がおかしかったのか、真理亜はぶはっと吹き出したあと、「昨日の」と続ける。


「昨日の、山野にぶつかって怪我させたヤツ」

「あ、あ~……。土屋くんって言うの? 名前知らなくて」

「……で、今日来てないらしいよ、土屋」


 珍しくにやにやと笑う真理亜に、かおるは戸惑いを覚える。しかし先ほどから口を挟めていないように、自分がしゃしゃり出るのも違うなと思うので、かおるは口をつぐんだままだ。


 しかし一方の花は違った。なにやら思い当たることがあったか、真理亜の言葉で気づいたか、困惑に目を泳がせる。


「その様子だと山野は知らないっぽいね? アタシ、余計なこと言っちゃったかな?」

「あー、うん、別に気にしないで……」


 真理亜と花の間でだけ会話が成立している状況に、かおるは急に居心地が悪くなった。


 けれども花はそれ以上真理亜と会話をするつもりはないらしく、真理亜もそれは同じらしかった。


「男の手綱は女が握ってナンボよ」


 真理亜はニヤッと笑って軽く手を振ったあと、スマートフォンの画面に視線を落とした。


 ようやく真理亜との会話が終わったので、かおると花は教室の奥にある自席へと向かう。


 机の上に学校指定の重いカバンを置いてイスに座ったあと、花は隣の席のかおるに声をかけた。


「昨日さーうちにきたじゃん?」

「そうだね」

「そのときにさ……イズミに会った?」

「え? あー、そう言えば会ってないや……? 樹は『ふたりとも家にいる』って言ってたけど、会ってないね……」

「あー……そっかあ……」


 山野家に向かう前、樹はアオイとイズミの兄弟は既に帰宅しているというようなことを言っていた。けれども、かおると双子の三人が山野家を訪れたときに出迎えてくれたのはアオイで、リビングルームにはだれもいなかった。


 イズミはいつもかおるにわざわざ挨拶してくれるというわけではなかったが、わりと律儀に「花ぇが世話になって……」というようなことを言ってくる。それが、昨日はなかった。


「部屋にいたんじゃないの?」

「いなかったハズ……。病院から帰るときは一緒だったんだけど……。……そういえばリビングでアオイ兄さんと話し込んでたような気もする」


 大して頭の回転が速いわけでもないかおるにも、段々と全体像が見えてきた。そして花が言わんとしていることも。


「いや、まさか……」

「まさか、カチコミになんて行ってないよね……?」

「……いや~……どうだろうね……?」


 花は物騒な言葉を否定して欲しがっていたが、かおるはそうしてやれなかった。


 花を「花姉ぇ」などと気安げに呼ぶわりには、彼女に「ツンデレ」と評されるような態度を取り、花曰く「姉扱いしてくれない」というイズミ。


 彼が花に好意を抱いていることは、かおるにはハチャメチャに伝わっている。それは、イズミの兄であるアオイもそうだろう。


 それに、とかおるは思う。あのどこか腹黒いところのあるアオイならば、弟のイズミが怒り心頭に暴走しかけても、上手いこと手綱を操って――しかし止めずに報復を完遂させることくらいお手の物のように思える。


 しかし、それらはすべて今のところ妄想の産物だった。状況がその妄想は妄想ではないと明瞭に伝えていたが、恐ろしいので単なる邪推としたいのが本音である。


 かおるだって、すぐに花を心配したり謝ったりしなかった土屋というらしい男子生徒にはイラッとした。イラッとしたが、直接的になにかしてやろうとまでは考えなかった。かおるは頭の中で色々と言いはするが、根は臆病で大人しいのだ。


 だから、その土屋とかいう男子生徒になにか仕返しをしてやろう、とはまったく考えもしなかった。


 けれども、花を溺愛する彼らは違うらしい……のかもしれない。


「ま、まあ、しょせん状況証拠しかないから……私たちの妄想かもしれないから……」


 心なしか顔を青白くさせている花へ、かおるはそう励ましになっているんだかいないんだか、よくわからない言葉をかけることしかできなかった。

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