第22話 面会の終わり


「…? ルーベン、貴方、何を言ってるの?」


「愛されたがりで、愛されるのが当然と思っているおバカさん。僕は君を愛していないと言った」


 僕の言葉を信じられないのか、彼女は立ったまま茫然と僕を見てくる。


「伝えたい事はこれだけだ。さ、帰ってくれ」


「待って、どういう事?」


「僕が君を愛してないって事だけ理解してくれたら、もうそれでいいから」


 どんなにバカでもこれぐらいなら覚えて帰れるはずだ。彼女が帰る先は遠く離れた北の領地なので、行き着くまでに忘れてしまうかもしれないが。


「え……あ、もしかして私の気を引きたいのかしら?」


 うふふと笑って、頬を染めて恥ずかし気に言われ、僕はゾッとした。彼女との間に机という物理的距離がある事を心底感謝した。


「正直に言って、君の存在自体がすごく気持ち悪いから、早く帰ってくれ」


「きっ?! 気持ち悪いですって??」


「自分の立場を理解して尚、その態度。国王陛下の言葉を軽んじる態度。僕とキャメル伯爵を侮る態度。それだけでも不愉快なのに、君のその異様な思考が本気で気持ち悪い。…あぁ、そうか。だからターゲットきみに集う貴族派の男性陣が良く入れ替わっていたのか」


 言いながらハッと自分で思いついた事に納得してしまった。彼女からほぼ無視されていた僕とは違って、派閥の嫌がらせとして彼女を誘い出すために近くに寄れば寄るほど、その異常さが分かったはずだ。いくら上から指示されていたとは言え、そこに彼女への愛が無いならこの気持ち悪さに耐えきれるはずもない。まともな貴族であればあるほど彼女自身を受け入れがたいだろう。男性陣が入れ替わり立ち代わり状態だったのは彼女の飽き性のせいもあると思っていたが、彼ら自身の精神的な忍耐力による事情もありそうだ。


「そ、そうよ! 貴方が言うように私は、色んな方に愛されているのよ? 今ならそんな私と結婚できるのに、他に取られてもいいと言うの?」


「え、僕はいらないから。君なんか必要ないって少し前に言っただろ」


 僕が最後の方に呟いた言葉が良い意味に聞こえたらしい。全く、本当に彼女を欲しがるような奇特な人がいると思っているのだろうか。まだ僕との結婚酷い妄想を諦めていないようだが、そもそもの話、貴族である僕とは結婚自体出来やしないのに。また大きなため息を付きたくなったが、そこをグッとこらえて代わりに僕の後ろに控えている男性従者達に、一瞬だけ視線を送る。


「これも説明されたはずだけど…除名処分された君は、生涯貴族とは結婚出来ない決まりがある。除名された者が貴族に返り咲く事が出来ないようになっているんだ。だから、どんな高貴な方だろうと君を妻にしたいと望んだ場合、望んだ本人が貴族としての身分を捨てる必要がある。愛人として望んでも同じ事さ。貴族社会に生きる者達にとって除名された者を囲う事は、罪人を匿うのと同じ扱いだから誰にも歓迎されないし許されない事なんだ。そこまでの覚悟を持つ程に君が愛されているなら良かったのに、実際には一人も申し出てくれなかったんだろ? これでも君は本当に愛されていたと思うのかい?」


「は?! 何を言ってるの、私は愛されているわ!」


「へぇ~、そうなると君は貴族でなくなった相手と結婚する気があるのか?」


「平民なんかと結婚する訳ないでしょう?!」


「だと思った。彼らも同じ事を思ってるんだろうなぁ。身分を捨ててまでと、結婚する訳ないってさ」


「!!」


「まぁ、彼らの内心なんて僕は知らないけど。僕と同じように彼らも君を真実、愛してないって事だけは確かだろうな」


「わ、私は愛されているわ! みんなにあいされてるの!!」


「帰ってくれ、君の妄想話にもう付き合う気はないんだ」


 言いながら、僕はサッと手を振り合図した。帰ってくれとどんなに促しても自分から立ち去らないようなら、実力行使に出ても問題ないだろう。一瞬だけの視線を送った時から僕の意図を理解し、静かに彼女の左右に移動していた男性従者二人がすぐに彼女を捕らえる。女性従者の方はとっくに部屋の扉前に佇んでおり、扉を開けるタイミング待ちだ。このまま彼女を別荘の外で待機しているだろう移送用馬車まで運ばせよう。


「何これ? ルーベン?!」


「さようなら、二度と僕の名を呼ばないでくれ」



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