第179話 こそ練

 各自それぞれが声を出し気合を入れる。ぶんぶんと腕を振り回すひと、ぐっぐっとストレッチをしているひと、ピョンピョンと飛び跳ねるひとまでいた。


 いまから抗争でもはじまりそうな雰囲気に、ひょええと圧倒されてしまう。ここには体育会系しかいないのではあるまいねと不安がり、キョロキョロと仲間を探した。


 いた。同じように圧倒されていたのは、先ほど犯人とされていた佐野くんだ。自信なさげに俯きながら、細い腕をぐにぐにと揉みしだいている。


 口を開こうとしたら、

「よし、次だ」

 との、声。


 見ると、ピラミッドの下段がすでに待ち構えていた。次、次、と急かされつづけ、あっという間にぼくの順番がやってきた。のっそりと上にあがったと思ったら、落ち着くまもなくすぐに上に乗っかられる。


 ずしりと重い。


 それはいつもよりも重たく感じた。先生の補助がないというだけでこんなにも違ってくるものなのか。これは保たないかもしれない。まだまだ完成は遠そうである。


 そう思ったのは、なにもぼくだけじゃなかったようで、完成を待たずしてピラミッドはゆっくりと傾いて崩れ去っていった。


「しっかり。踏ん張れ」

 とまたもや登れなかった和島くんの声だけが、虚しく響く。


 誰もが落胆していた。声にならない絶望感にぼくらは包まれる。何人かの生徒はしらっとした目つきで佐野くんを見ていた。佐野くんは何も言わずさっきよりも強く、なんどもなんども腕を揉みしだいている。


 ほんのすこし腕が震えたように見えた。おや、と思う。もしや、腕──。そっと、手を伸ばそうとしたら。


「気合入れろお、次」


 威勢の良い声と共にさっきよりも素早くピラミッドが組まれていく。ここまでくればもう意地なのだろうか。ぐいぐいと押されるようにして山の前へ連れて行かれた。


「ちょっ、ちょっと待った。待ってよ」


「なんだよ。もう順番だぞ」


「いやな予感がするからやめよう」

 と言っても、聞くかなと首をかしげる。


 明日にしようと言ったときは、有無を言わさずに撥ねつけられたのだ。どうするかと頭を捻り、取りあえずの中止を願う。


「トイレ、トイレに行きたいな」


「これが終わってから行け」


「そんなあ」


 ううん、やっぱり聞く耳は持たないか。近くにいた和島くんも聞いていたのだろうか。グッと拳を握って応援してくれる。


「しっかり踏ん張るんだ」


 それじゃあ、意味がちがってくる。


 ささいな抵抗も虚しく、あれよあれよと追い立てるように登らされてしまった。誰からか、どこからか。良いぞ、良いぞという声がする。歯を食いしばって耐えた。安定している。お、と思った矢先のこと。


 ガラリと地面が割れた。


 足元から崩れさる感覚。いや、落ちたと思った。今までのグニャリと崩れていたような崩れ方とは一線を画すように感じた。音はなかった。ひとの上にひとが落ちる。


 ひとが衝撃を、音をも吸収していた。


「いってえ」


 誰かが声をあげるまではシンと静かだったけれど、いちど声があがったら今度はうるさいまでにみんなで騒ぎ立てる。


 順ぐりに立ちあがっていき、騒ぎながらも安否を確かめ合っていく。もうそろそろぼくの番だとは思うのだけれども、上のひとが中々に立ち上がってくれない。


 いったいどうなってるんだという疑問には、ざわざわとした声が教えてくれた。


「おい、あれ」


「ん?」


「佐野。ぜんぜん起きあがらねえぞ」


「本当だ。おい、佐野、佐野」


 気づいたひと達が抱き起こしたのだろうか。フッと身体が軽くなったので、ようやくぼくも起きあがることができた。


 腰をさすりながら起きあがるぼくが見たのは、腕を押さえたままうずくまっている佐野くんの姿と、先生を呼びに全力疾走で駆けていく和島くんの後ろ姿だった。


 なんてことだ。事故が起きてしまった。

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