第80話 にこやかウサギ

 通学カバンをぐいっと突き出してきた。なんの事を言ってるのかと視線をやると、あのニヒルに笑う亀が見あたらない。亀のぬいぐるみが取れてしまったのだろうか。


 それだけだったなら、『いたずら』とは思われなかったのかもしれない。ところがそのカバンには代わりに不審者が張り付いていたのだ。小さなウサギのぬいぐるみがにこやかな笑顔でそこに佇んでいる。


 なるほど、これなら十分いたずらだ。


「かわいいウサギだね」


「わたしのジローをどこにやったの?」


 きろりと鋭い目を向けられる。


「ジローってだれだい」


「亀のぬいぐるみよ」


 名前がついてたのか。なにゆえジロー。独特のネーミングセンスにちょっと驚く。


「あのニヒルな亀か。ぼくは知らないよ」


「本当に? またなにかやってない?」


 おや、大した信頼度だこと。


 いったいぼくが今までになにをしたって言うんだ。なにも思い当たるフシがない。ただ、ぼくも大人だった。憤ってもしかたないから笑顔で許してあげようと思う。


「なんにも知らないけどなあ」

 

 にへらと笑っておく。が、疑いの眼差しはなぜだかより濃くなったようだ。


 それはまあ、さて置き。あらぬ疑いをかけられてしまったものだ。ぼくの見た限りじゃ、ジローは自然に取れるような物でもなかった。だれか他に犯人がいたはずだ。


 昼休みが終わったからなのか。公園内にいたひとたちは続々と居なくなっていく。井戸端会議のお母さんとその子ども達、二組だけを残してみんな去ってしまった。


 犯人はもう逃げ去った後かもしれない。


「第一容疑者は守屋くんだからね」

 との前置きから、犯人探しが始まる。


 不名誉な肩書きをこの身に背負いつつ、探偵に協力して容疑者を洗い出していく。


「だれかカバンに近付くひとは見たの?」


 はて、どうだったか。ううんと唸り思い返す。ぼくがひとりでいた頃は小さな山賊たちに襲われもしたけれど、鬼柳ちゃんが来てからは誰も寄って来てないはず。


「誰も見ちゃいないよ」


「そう」


 くぴりとミルクティーを口にし、

「守屋くんがちゃんとカバンを見ていてくれたらなあ」

 と、横目でちらりと刺してくる。


 いくらなんでも濡れ衣だった。


「たしかに絵本に目を奪われていたけど。近付くひとがいたら、さすがに分かるよ」


「そうじゃないの」


 ミルクティーを持ちあげて見せてくる。


「これ、ありがとね」


「ん、どういたしまして」


 再びのお礼だ。ずいぶんと礼儀正しい。


「でも、カバンを放置したのね?」


「あ」


 自販機に行っている間はカバンの周りにだれもいなかった。ましてや、お釣りが出てこなかったので帰ってくるのが遅れた。きっとその間に犯行は行われたのだろう。


 衣はカラカラに乾いていたらしい。


「つまりは、だ。公園にいたひとなら誰にでも犯行は可能だったということだね」

 と名推理をするぼくに飛んでくる視線は少々、冷ややかなものだった。


「わるかったよ」


 謝ると、鬼柳ちゃんは再びミルクティーを口へと運んでいる。そのままいっしょに怒りも飲み込んで欲しいものだ。


「わるいついでに言わせてもらうけどさ。どうしてカメなんだろうね」


 缶から口を離し、訊く。


「どういうこと?」


「いやあ。盗むにしてもだよ。なんでカメだったんだろうなと思ってさ」


 金銭目的ならぬいぐるみに用はないだろうし、それこそカバン自体を盗むはずだ。女子学生グッズのコレクターでもおなじ結果になると思う。


 だとするとひょっとしてあのカメ──。


「ジローはなにかの限定グッズとか、貴重なキャラクターの物なのかい?」


 もしそうなら、変な名前も納得だ。


「ううん、ちがうよ。UFOキャッチャーの景品だもん。名前もわたしが付けたの」


「あ、そうなんだ」


 納得がいかない。カメを狙った理由が分からなかった。犯人にとってカメは、なにか特別な存在だとでも言うのだろうか。


「ふぅむ、目撃者でも探してみる?」


 言われて鬼柳ちゃんは公園に残ったひとたちの顔をじっくりと観察していく。そうしてからゆっくりと首を横へと振る。


「子どもが四人、スーツの男のひと、ウトウトしていた女のひと、買い物袋を下げてた女のひともいなくなってる」


 さすがの記憶力だと素直に感心する。


 それだけいなくなってたら、目撃者はもういないかも知れない。残ったのは遊んでいる子どもと井戸端会議のお母さんだけ。期待薄か。


 とは言ってもだと口を開く。


「目撃者ならひとりいるけどね」

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