第63話 ぼくの探偵像
「なんだか、妙な推理ばかりだね」
ぼくの言葉にピクッと反応したかと思うと、急にソワソワとし始める。どうかしたのかな。気でも障っちゃったのだろうか。
「──あのね。ちがう、ちがうの」
ぶんぶんと恥ずかしそうに首を振る。そんなに振るのだからちがうのだろう。どれ程ちがうのか押して測れようものだった。どれ程わかったのかをぼくも頷いておく。
「もう。でもね、紗奈先輩に聞いてたから変な妄想しちゃった。白紙の卒業証書はね、練習中にも紛れ込んでいたそうなの」
おや、それはぼくの知らなかった事だ。そういえばと思い出す事がひとつあった。リハーサルの時、校長はピリピリとしていたんだ。そういう経緯があったからか。
それでもなあと含み笑いでチラリと視線をやる。怪盗に、消えるインクねえ、と。あまりにもお粗末な推理じゃないか。ぼく好みではあるから、実現可能なら是非ともお願いしたいとこだけどもさ。
黙って見つめる視線に耐えかねたのか、
「今日は調子が悪いの」
コホコホ咳き込み出した。
「そいつは大変だ。しっかり用法用量を守らないと、アオハルの吸いすぎは身体に毒だよ」
──さて、と。
窓から離れようとしたら問われる。
「もう行くの?」
「うん。おかげでひとり、犯行可能なひとをすっかり忘れていたと思い出せたよ」
「わたしも行く」
鬼柳ちゃんはスックと立ちあがった。くるりと振り返ってぼくを見て、小首をかしげては指をさす。
「守屋くん、第二ボタンが取れてるよ」
「誰かにあげたという発想はでてこないものかね」
ちょっぴりと
「ボタンを渡すべきひとがいるものでね」
鬼柳ちゃんは目をまん丸にして、
「琴音ちゃんにあげるつもりね」
と驚いていた。
「どうしてそうなるのかな」
小学生の女の子には、まだボタンの意味を教えるのは早いと思うんだけどな。まったく失礼な話である。そしてぼくは嘘なんてついていない。ぼくがボタンを渡さないといけない相手ならすでに決まっている。
帰ってから母さんに渡すのだ。
縫ってもらわないと困る。ぼくはお裁縫がすこし苦手なのだから。ポケットの中のボタンを触って、所在を確認し──。
あれ、ないぞ。 どこにやったっけと、手で服をパタパタとはたく。
「どうしたの?」
「……落としたちゃったい」
その後はあきれる鬼柳ちゃんを連れて、ふたりして音楽室へ向かう。いつものようにクラシックが聞こえて来るかなと思っていたら、聞こえて来たのは話し声だった。
「すまないな。私は今、誰とも付き合う気はないんだ」
聞こえて来る澄んだ声は否定する言葉だった。相手の声は聞こえない。もしくは、声にならなかったのかもしれない。
ぼくらの足に急ブレーキがかかった。まさに今、十人目が散ろうとしている。
さすがにこれは気まずかろうと、慌てて廊下の角まで引き返した。顔を見合わせ、しばらく時間をあけることにした。廊下からは見えないように、身を縮こませながら鬼柳ちゃんは言う。
「男子ってどうして卒業式に告白するの」
「うん?」
「もっと早く告白してたら、もっと一緒に過ごせるのに」
心底不思議そうにつぶやく鬼柳ちゃんだったが、それは男の子を過信しすぎてる。卒業という逃げ道がないと。逃げ道を塞がれた心は簡単に壊れてしまうものなのだ。
「男もやっぱり怖いからだよ、逃げ道を残しておきたい男心をわかって欲しいね」
ふーんと分かったような、分からないような返事を聞くと共に、音楽室から男子生徒が去っていく姿が見えた。顔を見ないであげるのが、せめてもの情けだろうかな。
しばし待ち。もういいかなと音楽室に入っていくと、中原先輩は普段と変わらぬ姿のままで凛としていた。
「どう、守屋君。解決は見えそうかな」
微笑む先輩に、ニッと微笑み返す。
さあ、それじゃあ。ぼくの推理を披露するとしようじゃないか。キリッと顔を引きしめてから声を張る。
「そうですね、良いでしょう。お待たせしました。バシッと決めちゃいましょうか。犯人はズバリ、中原紗奈。貴方だ!」
ビシッと人差し指を突き出して、探偵ポーズを決める。ああ、いま全スポットライトはこのぼくだけを照らしているはずだ。ふたりから熱い羨望のまなざしを感じる。
「……守屋くんの探偵像って、そんな感じなの?」
しかし、ぼくに当たるのは鬼柳ちゃんからの冷ややかな視線だけだった。いや、ふたりからの熱い視線だったかもしれない。
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