探偵なんてくだらない 〜黒幕はじめました〜

探偵失格

第1話 探偵はくだらない

　探偵なんてくだらない。

　おっと、これは失礼したかもしれない。あなた方は探偵小説を愛しているという奇特な方々だったことを忘れていたよ。

　まあまあ。そうぷりぷりと怒らないで聞いて欲しいんだけどな。

　だってさ、なにを隠そうこのぼくも。かつては探偵小説を愛していたあなた方の内のひとりだったのだからさ。探偵に憧れていた時期があったことも、まあね。うん。

　……認めようじゃないか。

　そう、彼ら探偵は事件ある所へどこからともなく現れ、見事に解決してはさっそうと去っていく。警察も顔負けの八面六臂（はちめんろっぴ）の大活躍だよ。

　だけどね。いいかい？ 　落ち着いてよく聞いて欲しいんだけど。

　そんな探偵は夢物語。現実のどこにもいやしないんだよ。だって知ってるかい？　彼らの主な仕事は、浮気調査にひと探し。いじめ調査に企業調査なんだってさ。　　　

　はあ、夢がないよね。

　じつにくだらないね。

　そうは思わないかい？

　ニ時間で解決をみせる探偵はいないし、警察に一目置かれてる探偵なんていない。犯人は崖に追い詰められることもないし、京都で連日、殺人事件が起こる事もない。

　──よね？　

　それにたとえ華麗な推理を披露したところでさ、じつに虚しいものじゃないか。だってそうだよね。犯人がペラペラと自分の罪を自白してくれるわけもないのだから。

　警察当局が事情聴取にいったい何日を費やしているか知ってるかい？　ああ、ぼくはそんなの知りやしないさ。気になったのなら自分で調べてみておくれよ。でもね、そんなぼくでも知ってることがあるんだ。

　犯人は、罪を認めないものなんだ。

　そりゃあ、そうさ。素直に罪を認めたさきに待っているのは、牢屋での楽しい楽しい監獄生活なんだから。だれもそんなもの好き好んで認めやしないよ。認めるはずがない。

　罪は軽く。

　犯行は内密に。

　嘘は嘘のままで、さ。

　だけどね。それはとてもつまらないじゃないか。『推理のしがいがない』と言い替えたって構わないとぼくは思うんだ。

　それに加えてもうひとつ、それはそれはつまらない事があるよね？

　それは『謎』そのものにある。

　探偵は謎が大好物な生き物だよ。だけどその謎はさ。その辺に転がっているようなそんなものじゃあダメなんだよ。ありきたりな、既視感のある、見知った謎のいったいどこが楽しいというのだろう。

　いまだ知らずな、未知の謎。

　血湧き肉躍る。深淵にして最奥。探偵はそんな謎を心待ちにしているはずだよね。あなた方だって本当はそうなんだろう？　ぼくだってそうさ。

　そしてそんな謎は探偵の出歩くさきで毎度、毎度。そう都合よく生まれてくれるものじゃないんだよ。残念ではあるけどね。毎週依頼人がネギを背に、やってきてくれるわけがないじゃないか。

　もしそんな事になっていたとするなら、世の中はいまごろ大混乱になっちゃってるはずだからね。

　それになんだい。犯罪は世の中にあふれ返っているわけだけども。どれもこれも行き当たりばったりの犯行ばかりで、まるでオリジナリティの欠片もありゃしない。

　怪盗は？

　予告状は？　

　綿密な計画は？

　それらもなしに謎を名乗ろうなんてね。まったく、困ったものだよ。

　謎がないなら、作ろうか（・・・・・・・・・・・）。

　マリー・アントワネットのような天啓を得たのはいつだったけな。昔の事すぎて、もう忘れちゃったな。ああ、もちろんね。犯罪や殺人に手を出したりはしてないよ。まだまだぼくはただの中学生なんだから。

　ぼくが謎を作るのはそれで良いとして、どうしてもひとつだけ困った問題が残ってしまう。それはそれはとっても大きな問題だった。ぼくが謎を作るとすると、だ。

　ぼくは探偵にはなり得ないということ。

　まあ、当然のことだよね。自作自演で満足ができるほど、ぼくは酔狂な人間じゃないのだから。それゆえぼくは、ずっと首を長くして待っていたわけだよ。何をって、そんなの決まってるじゃないか。

　探偵の登場をだよ。

　でもね。実際に待ってみるとわかるんだけども。いやあ、驚かされちゃったよね。びっくりしたよ。だって大半のひとは謎に気付きもしないのだから。おやまあ、世の中は鈍感な人間の多いこと、多いこと。

　すこし無関心すぎやしないかな？

　せっかくこのぼくがさ。こんなにも魅力的な謎を用意して待ちぼうけているというのにだよ。まったく、いったい何をしているんだか。

　それにたとえ謎に気付くひとがいたとしても、真相を気にして調べてみようなんてひとはさらに、さらに、とてもすくない。

「不思議だねー」

　で終わっちゃうのさ。

　あなた方はそれで良いのかい？　

　探偵をつまらなくしているのは、そんな探偵サイドに問題があるんじゃないかなとぼくは思うわけだよ。

　これじゃあさ。怪盗や謎クリエイターがやる気をなくしちゃったとしても、だれも文句を言えやしない。

　もっと謎を愛し。

　真相を求め。

　解決に尽力する。

　そんなかつてのぼくみたいなひとがさ、どこかに居てくれやしないものだろうか。そんなモヤモヤを胸に抱えたままで、ぼくはじつに退屈な日々を過ごしていたんだ。

　季節は春。出会いと別れの季節だ。新たな謎や事件に出会えるかもしれない。それに、あまり期待もしてないけれどさ。探偵役にも出会えるかもしれないしね。

　……期待のしすぎだろうか？