第47話 一緒にいたい

 オウミさんに連れ去られたカオルを追って、ギルド前の道を走る。


「待ってくださ〜い!」


 マルカが大声で呼びかけ、オウミさんはようやくこちらを振り返った。


「おお、失礼した! 君たちもいたな!」


「ちょっとちょっと、私の仲間に酷いこと言わないでくれます?」


 彼は僕たちのことなんか眼中にない様子で、形式的に対応する。

 彼の狙いがカオルなのは第一印象から分かりきっていたけれど、ここまであからさまだとは思わなかった。リエフさんでもここまでじゃなかったのに。

 この合理性を突き詰めたような性格には、むしろ商人としての誠実さすら感じられる。


「オウミさん、を連れて行ってくれるって本当?」


 彼の性格を踏まえたうえで、僕は質問する。この人がタダで僕たちを連れて行くとは思えない。余計な荷物を背負うことはリスクでしかない。何か条件があるはずなんだ。


 彼は眉をひそめて僕を見下ろした後、静かに笑った。


「本当だとも。だがその前に話すことがあるな? 少年。君は思ったよりも聡明なようだ」


 そう言うと、オウミさんは内ポケットからくしを取り出し、少し油くさい整髪料の香りを振り撒きながら髪を整えた。


「いいだろう、商談といこう。元よりそのために連れ出したのだからな!」


 そしてその櫛で、とある店を指し示す。


「あの店が我がグループの傘下の店だ。あそこで話そう」


「ああっ! あのお店は!」


 マルカは何か嫌なことを思い出したのか、険しい表情で叫んだ。


 櫛の先、そこにあったのは——



 〜〜〜〜〜



「いらっしゃいませ〜……オ、オーナー⁉︎ どうしてここに⁉︎」


「抜き打ち調査だ! 2階の部屋を使うが構わんな、!」


 オウミさんが言っていた店は、以前のスライム戦の時に立ち寄った『雑貨のボルド』だった。


「おお〜、またこのお店に来るなんて。なにか運命的なものを感じるよ」

「カオルさんはそうでしょうね……」


 オウミさんに続いて、明るい顔のカオルと浮かない顔のマルカも入る。


「おおお、あなたまで!」


「どうもこんにちは、その節はお世話になりましたぁ」


 カオルがあの時と同様に、淑やかな態度で声をかける。ボルドさんもあの時と同じく、デレっとした表情になった。


「ムッ、ここを利用したことがあるのか!」


「ええ、松明を買いに。店主さんのご好意で値引きしていただいて。すごく助かったよね、ユウくん」


「う、うん」


 説明しながら、カオルは僕を後ろから抱きしめてきた。

 頭の上に、が「たゆん」と乗っかる。


(この感触は……)


 を見せつけて、ボルドさんの更なる好意を引き出そうとしている彼女の魂胆が瞬時に伝わった。それが理解できたから、僕は無抵抗で彼女の作戦を手伝う。


 でもやっぱり、人前でこういうことをされると恥ずかしい……。


 ついでに巻き添えを喰らったマルカは、光の失われた目で、自嘲気味に「へっ」と笑っていた。


 ——とにもかくにも、これでボルドさんはもっとカオルに引き込まれていく。そう思っていた。


 けれどボルドさんが見ていたのは、カオルの大きな胸の谷間……などではなかった。

 むしろ彼はひどく青ざめて、カオルの隣にいるオウミさんを見ている。


 オウミさんは何やら物々しい様子でボルドさんに詰め寄り、いきなり胸ぐらを掴み上げて凄みだした。


「おどれ、勝手なマネしくさりよって。誰に断って値引いとんじゃ、おお?」


(えっ⁉︎)


 その豹変ぶりに、全員で言葉を失う。値引きの話を聞いた途端、彼は全くの別人になってしまった。


「いくらや? いくら引いた?」


「ひいいいいい、すすすみません!」


 ——初めてここに来た時は、異世界のお店で値引き交渉をするなんて、本当に物語の世界に入り込んだみたいだと思った。


 今度はそれが原因で、妙に生々しいオーナーと雇われ店長の軋轢を生んでしまっている。まさかこんなことになるなんて。


「ま、まずいですよ! カオルさん、早く止めに入って! 元はと言えばあなたが悪いんですよ!」

「わ、わかってるよ! クッソ、おっぱい見せつけてやろうと思ったのに、逆に業界の闇を見せられてしまった!……よいしょっ」


 しばらく唖然とした後、正気に戻ったマルカがカオルに縋りついた。

 カオルは少し名残惜しそうにしてから、僕の頭の上に置いていた胸をどかし、2人の元へ駆け寄る。


「ハイハイハイ、ちょっといいですかー。オウミさんも落ち着いて。彼のおかげで私たちは助かったんですから、ね?」


「——ハッ! しまった、ついクセが。そうだな、君の言う通りだ! ボルド、おまえの臨機応変な対応は素晴らしいぞ、おかげで彼女との縁を結ぶことができた!」


「いや縁って……」


 オウミさんはボルドさんを凌ぐほどの臨機応変さで再び豹変し、一方的に語り出す。


「そして彼女と最初の商談をするのもこの店だ! ボルド、お前がここの主人であることに感謝しよう!」


「人の話を……!」


 豪快な商人は強引にカオルの手を引き、店の奥にある扉の向こうへと消えてしまった。


「マルカ」

「はいっ」


 その後を追って、僕たちも扉を開ける。そこには2階へと続く階段があって、登った先には、倉庫とちょっとした客室があった。


「ユウくんっ、マルカっ」


「おお、失敬! またも君たちを置いて行ってしまった!」


 気持ちがこもっているのかいないのか、どちらともつかない声色で謝罪するオウミさんを横目に、カオルとマルカと一緒に客室のソファへ座る。


 僕が視線で促すと、オウミさんはすぐさま向かいに座った。


「それで、条件は?」


「そう急ぐな少年、だが話の早い男は好きだぞ。——さて、察しの通り、私が興味を持っているのはカオル=サキヤだ」


「やっぱり」

「えええっ⁉︎」


 オウミさんは取り繕おうともせず、核心を曝け出す。

 安全に移動する機会を手に入れたと信じ込んでいたマルカは、可哀想なほどに驚く。

 カオルは何も言わなかった。


「盗賊の情報もある中、わざわざ荷を増やす必要はないからな。まして女子供など格好の餌食! 特に彼女のような美女はどう足掻いても狙われる」


「それでもカオルに声をかけたのは」


「彼女の持つモノが、リスクを補って余りあるほどに魅力的だからだ」


「モノ……」


 今度は僕が彼に促され、カオルのリュックを見る。括り付けられたパイルバンカーが否応なしに目立っていた。


「炭鉱での話は聞いた。その機械で他者に何倍もの差を付けて掘り抜いたそうだな。新記録だと話題になっていたぞ」


 どうやらあの日の話は予想以上に広まっているらしい。


「皆は石炭の量ばかり口にしていたが、私としては、機械そのものの方が気になる。素材や製造工程など、まだ公にはされていない要素があると直感が告げているのだが……違うか?」


(鋭いな……)


 リエフさんと同じく、彼もパイル自体を観ている。これだから商人は侮れない。

 どこまで話すべきか、僕はカオルの方を見て指示を仰いだ。


「——だとしたら?」


 僕と代わるようにして、カオルが口を開く。実質的にオウミさんを肯定する返事だ。

 まだ探り探りの状態だけど、出し惜しみはしていられない状況、それを彼女が物語っていた。


「おお、やはりそうか! 素晴らしい! 君自身がそれを知っているのか、あるいは知っている存在との人脈を持っているのか。いずれにしても、私はその技術が欲しい!」


「つまり、情報提供がを乗せる条件、ですか」


 そう、これはカオルの条件だ。僕たちじゃない。ここからが本番なんだ。


「そうだ。そうすればこのオウミが責任を持って君を送り届けよう。だが、これだけでは君が納得しないということは当然理解している。そのための商談だ」


「……この2人が私の弱点だと知った上での商談ですね。でもこんな話、わざわざ場所を変えてまでするものじゃないでしょ。周知の事実みたいなものですよ」


「だとしてもだ。2人が大切だということを、本人の口から聞き出すことに意味があるのだ。これは君と交渉をするうえで非常に強力なカードになるからな。そしてそれを他人にくれてやる義理はない」


 カオルは静かな目で、オウミさんはギラついた目でお互いを見合う。火花を散らすというわけではないけれど、自然と背筋が伸びてしまうほどの緊張が走った。


 マルカも心配そうに行方を見守っている。


「そもそも私が話に乗らない可能性は考えなかったんですか? ユウくんとマルカが一緒じゃないなら、私も行きませんよ」


「強がるな。これが絶好のチャンスだということは、他でもない君が感じているだろう」


「情報も技術も提供しませんが」


「それは惜しいが必須ではない」


「もう会うことはないかもしれませんよ」


「ならば君とは縁が無かった。それだけの話だ」


 そんなはずはない、と僕は思った。商人である彼が、宝の山のようなカオルを見逃すはずがないと。

 でも、彼が生粋の商人であるならば、切り捨てる時はバッサリ切り捨てる可能性があるのも事実。


「あ、あの……」


 どうするべきか考えていると、マルカが恐る恐る手を挙げた。


「どうした、少女よ」


「私は乗せていただかなくても結構です……。その、2人とは、ここでお別れ——」


「ダメだ、マルカも連れて行く。そうだろユウくん」

「もちろん」


 何を心配しているのかと思えば、そんなことだった。僕たちがマルカを見捨てるはずがないのに。


「っ……」


「ほう、大層な友情だな」


「私たちはど田舎の出身でしてねぇ、もうに住んでるってくらい。だからこの辺の土地に馴染みがあるマルカは必要不可欠なんですよ。それに——」


 続きを言って、とカオルが目配せする。

 彼女が何を言おうとしているのか、僕はとっくに分かっていた。


「マルカと一緒にいると楽しいからね」


 でこぼこな僕とカオルの間に彼女が入ると、全体の空気が調和して一体感が生まれる。

 そして彼女が持つおっとりした性格は、他じゃ絶対に得られない癒しになるんだ。

 たまに見せるとげにすら、彼女なりの愛嬌がある。


「え、えへへ……」


「うむ、良い、良いぞ! 素晴らしい!」


 マルカは嬉しそうに、可愛らしく照れ笑いをする。そしてなぜか無関係のオウミさんまで、輝かしい目をしていた。


「君自身はどう思っているのだ?」


「ふえっ⁉︎」


「本人の意思を確かめないことにはな」


 真剣に品定めをするように、彼はマルカを見つめる。そこには打算も何もなくて、ただ純粋だった。


「わ、私は……2人と一緒に旅をしたいです。私も、一緒にいると楽しいですから」


「うむ」


「私いっつも弱虫で、でも2人と一緒の時は、自分が強くなったような気持ちになれて、理由はわからないんですけど、えと、本当にそんな気がして……」


 オウミさんの目がわなわなと震えて、少しずつ口角が上がっていく。


「私のためだけじゃない。お世話になっている2人に、何か恩返しがしたいんです。だから……私はカオルさんと、ユウくんと、一緒にいたい!」


 あどけなさの残る声を必死に絞り出して、マルカが叫ぶ。

 少女の告白に、オウミさんは膝を叩き鳴らして破顔した。


「かあ〜〜〜っ、ええのお! ワシこういうの好き! なんかこう、胸にグワっときたわっ!」


「じゃ、じゃあっ!」


「だがまだ足りんな。良いものを見せてもらったが、リスクを背負うにはもう一声だ!」


「へえっ⁉︎ 今の流れでダメってことあります⁉︎ というか落ち着くの早すぎですよ!」


(すごいなこの人)


 彼の商人としての性格に振り回される。いくらなんでも勘定がキッチリしすぎなんじゃないのかオウミさん。


「うーん、仕方ないなぁ」


「カオルさん?」


 どうしたものかと混乱していると、さすがのカオルも観念したのか、リュックをごそごそと漁って何かを取り出した。

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