第22話 見えちゃう見えちゃう!

 「ユウくん、残弾数はどれくらい?」


 階段を降りる途中、日の光が段々と届かなくなってきた辺りで、カオルに尋ねられた。


「装填してある分と合わせて30発だよ。あとは、このナイフと閃光弾フラッシュ・バン

 僕は銃とタクティカルベストの中のマガジンを触り、改めて確認する。


 僕たちデザインチルドレンは、万が一の離反に備え、任務の際は最低限の装備しか持たされない。「崎谷薫」という一人の女を捕らえるにあたって、武装らしい武装は与えられなかった。

 そして今、何よりネックなのが、懐中電灯の類を一切持っていないことだ。僕たちは暗闇でもある程度目が利くように作られているから、当然、携行品の中に照明は含まれていない。


 「30発……六道の時にかなり撃たせてしまったからね、これ以上の使用は避けるべきか……でも、地下道の探索くらいなら問題ないだろう。マルカは? 剣の調子はどうだい」


「問題ありません! 毎日の手入れは欠かさないので!」

 言われてマルカは鞘から刀身を抜き出し、鋭い輝きを見せた。

 僕たちの装備の中で言えば、彼女の剣が一番安定して取り回せる武器だ。少女を前線に立たせるのは心苦しいけど、ここは頼りにさせてもらおう。


「よし、ならマルカをメインに据えてユウくんは後方支援だ。そして私が松明を持とう。情けない話だが、仮にモンスターと戦闘になった場合、私はまるで役に立たないからね。2人で私を守ってほしい!」


「うん、分かってる」

「はい、もちろんです!」


 カオルは堂々と胸を張って、自分が”役立たず”だと宣言した。確かに情けない話だけど、こうしてそれぞれの役割をはっきりさせてくれるのは実にありがたい。チームプレイでは、「誰が」「何をするのか」を理解しているかどうかで、効率が大きく変わってくる。

 それに、彼女のようなムードメーカーがいてくれることで、余計な緊張が抜けて、動きが格段に良くなるんだ。


 ”あなたはもう既に、僕たちを助けてくれている”

 と伝えたかったけど、不思議な気恥ずかしさがそれを先延ばしにさせた。



 ~~~~~

 「ここがスタート地点っぽいね」


 階段を降りきると、開けた場所に出た。奥に続く道の暗さからして、日光が届く限界の場所だ。

 幅は広く、天井も遥かに高い。呼吸の感覚的に、酸素濃度も問題ないと思う。


 「それじゃこの辺に……」

 唐突にカオルがしゃがみ込み、アグトスから来る途中で拾ってきた木の枝を組み始めた。

 そして『雑貨のボルド』でオマケに貰っていた火打ち石で松明に火をつけ、枝に移す。茜色が温かく僕たちの顔を照らし、不安をゆっくり取り去っていく。


BONFIRE LITボンファイア リット

 立ち上がり、焚き火に手をかざして彼女が呟く。このフレーズ、どこかで聞いたことがあるような?


「カオルさん、今のは?」


「まあ、何というか、おまじない。こうして篝火かがりびに向かってこの言葉を唱えるとね、何があっても無事に戻ってこられるんだよ」


「へえ〜、今の私たちにピッタリですね! 効果がありそうです!」


 確かに、とても効果がありそうだ。この篝火を見ていると、たとえ死んでしまってもここに戻れる、そんな気がする。



「では、探索開始だ!」

 闇を見据えて気合を入れ、僕たちは地下道を進み始めた。



 〜〜〜〜〜

 「……熱い」

 「……熱い、ですね」

 「……うん」


 10分も経たないうちに、全員がじっとりと汗をかいていた。いくつもの分かれ道を内包し曲がりくねったダンジョン内は、湿った空気がたちこめ、動くたびにまとわりついてくる。


 カオルの赤髪もマルカの黒髪も、汗で首筋に張り付いていて、それを見た僕は、なんだか色っぽいと思ってしまった。


(いやいや、変態か僕は)


 邪な気持ちを捨てようとして頭上を仰ぐ、すると、天井や壁の岩石が木枠で補強されているのが目に入った。


 「ここって、どういう場所なんだろう」

 ふと、このダンジョンの生い立ちが気になって、独り言のように疑問を口にした。


「道の作りは、炭鉱っぽく見えなくもないが……」

 カオルが僕と同じように、木枠に触れながら思考する。言われてみれば、炭鉱のようにも思えてくる。


「噂だと、古代の人々が生活していた場所だという話もありますよ。あ!あそことか、誰かの部屋だったんじゃないでしょうか」

 そう言ってマルカが指差す先には、ぽっかりと穴が空いた壁面があった。


 どうやら分かれ道以外にも、今僕たちが歩いているところから分岐したスペースがあるらしい。


「おお、けっこう広い。入り口の見た目に反して、この地下道はかなり大きい作りになっているみたいですね」


 穴に入って中を見る。そのスペースは四角い空洞になっていて、本当に部屋のような感じがした。マルカは周囲をキョロキョロと見回しながら感嘆の息を漏らし、後ろから照らすカオルも、内部の構造を確認して、「ほう」と静かに驚いていた。


 「そういえば、ここの地図とかって無いの?」

 今更ながら思ったことを聞いてみる。マルカの反応には、中の詳細を初めて知ったという感情が表れていた。ここはアグトスでも有名な場所だから、事前に情報が手に入らないなんてことはないはずだけど。


「それが……普通の人がこんな所に近づくことなんて、まずありませんから、市販の地図には記されないんです。一応、冒険者たちが独自に情報をまとめて共有したりしているそうですが……私には、そういう相手がいなくて……」

 暗い地下道の中で、彼女はさらに暗くなる。


「まあ、情報が無いほうが探索も楽しくなるってものさ。ほら、奥も見てみよう」

「そ、そうだね。それに今は僕たちがいるんだし、大丈夫だよ」

 さすがに不憫になって、話題を明るい方向へずらす。マルカは「で、ですよね!」と顔を上げて、部屋の奥へ歩きだした。



 「ん?……あれは」

「なになに? なんかあった?」


 数歩進んだあたりでマルカが怪訝そうな声を出す。


 彼女が見つめる先、部屋の隅っこの方には、半透明で、青いゼリー状の何かがあった。


「わあ、スライムですよスライム。ぷるぷるして可愛いですねえ」


 彼女の言うように、その生物らしい物体は、体を震わせながら、ずりずりと隅を這う。


(大きさは……僕が抱えられるくらいかな)

 そのサイズ感が、愛らしさの向上に一役買っている。


 じっと見ていると、スライムも僕たちに気づいたのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねてこちらに寄ってきた。


「きゃ~近づいてきた! この子はきっと人懐っこいタイプのスライムですね!」


(なんだか嫌な予感がする……)


 彼女の言葉に不吉な匂いを感じとった瞬間、カオルが息を呑み、マルカの元へ駆けだした。


「マルカっ、そいつから離れろ!」


 突き飛ばされ、尻もちをついた少女が短く悲鳴を上げる。同時にスライムは体から青い2本の触手を伸ばし、カオルの足を絡め取った。


「うおぉおおぉおおお⁉」


 そのまま触手を振り上げられ、カオルは逆さ吊りの状態になる。彼女の手から松明が滑り落ちたけど、辛うじて火は消えず、地面から目の前の光景を照らし出す。


「カオルッ!」

 咄嗟に銃を向け、スライムの体内にある赤いコアのようなものへ照準を定める。けれどそれを察知したのか、向こうはカオルが射線上に入るように振り回し、盾にした。


「わ゛ーっ! ユウくん撃たないで! 撃っちゃダメぇ!」


「くっ……」

「カ、カオルさん!」



 どうにか現状を打破しようと相手を見つめる。その間に、触手の先端はさらに伸び、カオルの上半身へとにじり寄っていく。


「ちょっ、見えちゃう見えちゃう! ユウくんにはいつも”見られてる”けど今はダメだって! 恥ずかしさが段違い!」


 体勢のせいで白衣とリュックは脱げ落ち、彼女は今にもめくり上がりそうなトップスを押さえるのに必死になっていた。


「……やっぱり好きなんですか?」

「違うよ! カオルが勝手に”見せてくる”の! というか言ってる場合じゃないって!」


 道具屋の時と同じ目をするマルカにしっかり反論しつつ、状況の割に余裕そうなカオルへ気を向ける。まだ大丈夫なようだけど、長時間あの体勢でいさせるわけにはいかない。


(本体は⁉)

 触手の元を辿り、その下に鎮座する丸い姿を見る。スライムはこちらの出方を伺って、動きを一旦止めていた。よし、今がチャンスだ。


 「マルカ、剣を。僕が引きつけるから、触手の根本を切って」


「っ! 分かりました」


 恐らく、腕は2本までしか出せないはず。それ以上に出せるなら、とっくに僕たちを捕まえてる。

 僕がしっかり援護すれば、マルカを突っ込ませても危険はないだろう。


 「行きます!」


 声を合図にマルカが走る。僕はもう一度銃を構え、突き出される触手とカオルへ照準を合わせる。


 銃口に気づいたカオルは表情を強張らせ、だけどすぐにいつもの冷静な顔に戻って、口角を少し上げた。

 意図は伝わってくれたみたいだ。


 「こんにゃろ! そっちが触手ならこっちは尻尾だ。いやらしい動かし方でサキュバスに勝てると思うな! ……ああヤバい、めくれる!」

 彼女は捕らえられた体を必死に動かして抵抗する。半透明な触手の中で尻尾が暴れているのが見えた。

 

 突然の激しい動きに、スライムは困惑を隠しきれない様子でプルプルしている。


「やあっ!」

 意識が逸れた隙を逃さず、マルカが横一閃に剣を薙ぐ。けれどスライムの反応は予想外に鋭敏で、後ろに飛んで攻撃を避けた。


 「ユウくん! 枠だ、枠を壊して!」

 揺さぶられながらカオルが叫ぶ。消えかかる松明に照らされた壁面には、通ってきた道と同じように、積み重なった岩石と、それを支えている木枠があった。


「わかった! マルカ、もう一度合わせて!」

「はい!」


 僕が触手を誘い、マルカが切りかかる。

 あえて敵を跳ねさせながら、壁際へ追い詰めていく


「痛たたたた! 揺れるぅぅぅぅ」

 スライムと一緒に、カオルも大きく跳ねる。道具屋で効果を発揮したばかりの彼女の体も、この時ばかりはただの重りとなっていた。


 (ここだッ!)

 相手が完全に壁を背にしたところで、枠に向かって銃弾を放つ。コアを守ることに集中していた触手では、防ぐことなんかできない。


 バキッ! ……ドガガガガッ


 木枠が撃ち砕かれて、支えを失った壁の岩は雪崩を起こし、スライムの本体を飲み込む。


「はっ!」

 崩れた岩の隙間から伸びる触手をマルカが切り払う。半透明の腕は形を失い、水のようにベシャッと地面を濡らした。


「ぐえっ。……くう~、自前のクッションがあって助かった」

 そこそこの高さから叩きつけられたカオルが、体をさすりながら起き上がる。


(よかった。大きな怪我はしていないみたいだ)


 そう思ったのも束の間、崩れ重なった岩がかすかに震えたような気がした。


「……一旦逃げよう。スライムがまだ生きてるかもしれない。マルカ、リュックを」

「はいっ」

「よし、出るよ!」


 リュックを持ってもらって、僕は2人の手を引きながら部屋を出る。松明は置いてきたままだけど、僕の目なら道を把握できる。


「ユ、ユウくん、もう少しゆっくり……」

「大丈夫、見えてるから。それより2人とも、僕の手を離さないで」


 彼女たちがぶつからないように気をつけて、スライムから遠ざかる。


 分かれ道を当てずっぽうで走り抜けていると、さっきの部屋の入り口と同じように、穴の空いた壁が現れた。


「ここに入ろう!」

 わけもわからず一緒に走っていた2人に先行して穴に飛び込み、瞬時に内部をる。今度は油断しない。


(敵影は……ないな)

 カオルとマルカも入れてようやく一息。


「はぁ……はぁ……すごいなユウくん、こんな特技があったなんて」

「すみません……スライムのこと、甘く見てました……」

 完全な暗闇の中、2人は汗だくになって座り込んだ。正直、僕もそれなりに消耗したし、少し休んでおいたほうがいいかもしれない。


 「しっかし危なかったな。もう少しで、ユウくんに私の恥ずかしい姿を見られてしまうところだった」

 カオルが肩を上下させながら、相変わらず間の抜けた冗談を言った。


「うん、子どもの前で色々さらけ出すのはどうかと思うよ」

「そ、そうですよ! 大きくて自信があるからって、普段から見せつけるのはいけません!」


「いやあの、冷静にツッコむのはご遠慮いただきたく……」


「ははっ、たまにはお返ししなきゃね」

 やや的外れな主張をするマルカと共に、混乱を取り払うように笑う。カオルがいてくれると、こんな状況でも楽しくなってくる。



 「じゃあ次は、これからどうするか考えよう」

 このまま探索を続けるにしても、あのスライムがまだ生きていたなら難易度は跳ね上がる。

 僕たちは本格的に、ダンジョン攻略について考えることにした。

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