第20話 報告完了
「よお、ひよっこ共! 無事に帰ってきたみてぇだな」
ギルドに入ると、支部長が一番に僕たちを見つけ、迎えてくれた。
今からこの人を真っ向から裏切ることになる。それを思うと胸が痛むし、何より彼の逆鱗に触れた場合どうなるかを考えると足がすくむ。でも、やるしかない。
「はい! おかげさまで~。では早速報告書を──」
「ああ、それなんだけどよ、お前ら、リクドウの兄ちゃんに会ったんだな」
「ひゃいぃ⁉」
真っ先に隠したい事項を突かれ、マルカは絹を裂くような声を上げた。
「なんて声出してやがる……いや別に監視してたわけじゃねえよ。ちょっと前に兄ちゃんがここに来て、『クレイオス山近辺で新米パーティーに出会ったんで、ちょっかい出してきた』なんて言いやがって、そんで聞いてもねえのにお前らと洞窟調査をしたことを話しだしてな、その時に報告書もまとめていったんだ」
「……中身を確認してもいいかな?」
カオルがぎこちない調子で精査を申し出る。これはマズイかもしれない、なんとしても報告書を改めなければ。
「ああ、いいぜ。つっても、わざわざ確認するほどのこたぁ無いと思うが」
支部長の言葉を不思議に思いつつ、3人でチェックする。
その内容は
【洞窟周辺及び内部に異常は見られない。
現状、モンスターの生息も確認できず、危険性は無い。
以前発生した地震により山の一部が崩落しただけのものと思われる。
再調査の必要性──無し】
というものだった。
まるでこちらに最大限忖度したかのような報告で、僕たちは拍子抜けしてしまった。
「どうだ、おかしいとこあったか?」
「いや無いよ。だけど支部長、これの信憑性については疑わないのかい?」
カオルが余計な部分を掘り返すような質問をした。でも確かに、ここまで都合が良いと何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。
「ん~まあ実際、俺が見てきたわけじゃねえから何とも言えねえけどな。リクドウの兄ちゃんが言うなら大丈夫だろ」
「ずいぶん彼を買ってるんだね」
「おうよ、あいつはスゲえぞ。なんたって王宮お抱えの冒険者だからな。そいつがわざわざ調査依頼程度で嘘をつくとは思えん、名誉を傷つけるだけだ」
支部長は自分のことのような態度で、自慢げに彼の評価を語った。僕たちが見た奴の様子からは想像もつかないけど、表の顔は非常に整っているらしい。
「お抱え……六道自身は貴族ではないのかい?」
「そんな話は聞いたことないぞ? だが俺だって詳しくは知らん、顔を見るのも久々だしな。あいつがこんな田舎町に来るのは何年振りか……」
六道が貴族ではないらしいことを知ったマルカはホッと胸を撫で下ろした。それはそれとして気になったのが──
「アグトスって、田舎だったの?」
この世界における町の規模の平均は知らないけど、アグトスはそれなりに発展した町だと思っていた。人だってたくさんいるのに、これで田舎とは。
「どちらかと言えばな。穏やかだから拠点にするやつは多いんだが、この町は大陸のほぼ端っこにあるんで、いかんせん資源と交易が弱い。強いて言うなら魚がうまいくらいだ。さすがに発展具合は都市部にゃ劣るぜ」
「そうだったんだ……」
「逆に言えば、都市部は危険も近いってことだ。モンスターの素材を利用して発展してる街ばっかだからな。ほら、特級依頼の狩場を見てみろ、どれもアグトスからは遠い所だろ」
「ああ、確かに」
場所名を見ても分からない僕とカオルに代わって、マルカが相槌を打つ。
「なら、冒険者たちがアグトスに住む必要はないんじゃないか? 狩場に近い所にいた方が、すぐに依頼をこなせると思うんだが。基本的に依頼は早いもの勝ちだろう?」
カオルが公平性についての問を投げる。
ちょうど僕も同じことを思っていた。依頼の発注と受注は、現場に近い方が有利だ。いくら穏やかで住みやすいとはいえ、アグトスで受注していざ向かっても、到着する頃には他の人が終わらせている、なんてこともあるかも知れない。
「お、良い勘してるな姉ちゃん。お前の言う通り、そのままじゃ田舎冒険者は一生出世できねえ。そのための、コイツだ」
そう言って、支部長はカウンターの上の水晶を撫でた。
「これがまた優れモンでなあ、各地の水晶同士で情報の共有ができるんだ。どこの誰がどの依頼を受けたか入力すりゃ、それがすぐに伝達される。それに合わせて俺らは依頼書を出したり引っ込めたりするってわけだ」
マルカが森で話していたアレだ。よく見ると、水晶の中に文字や人の画像が浮かび上がったりしている。
この世界でのネットワークってどうなっているんだろう。
「それは確か魔法で動いてるんだよね、どんな仕組み? 一体誰が作ったの?」
聞いても意味がないことはわかっているけど、とりあえず確認。
「残念だな坊主、その手の情報までは共有されてねえんだ。ギルド本部から各支部長にコイツが与えられるんだが、本部がコイツをどう作ってるか、どこから手に入れたか、なんてのは明るみにならん。ま、一応魔道具だからな、一般に技術が漏洩するのを防いでるんだろ」
「なるほどね、ありがとう支部長」
~~~~~
調査の報酬を受け取った後、マルカは自宅へ戻り、僕たちは宿屋に入った。この町には滞在する冒険者が多いから、その分宿屋もたくさんあって、僕たちは寝泊まりする場所に困らなかった。
食事とお風呂を済ませて部屋に入った瞬間、危惧していた通り、疲れがのしかかってきて、僕は吸い込まれるようにベッドへ倒れ込んでしまった。
「今日は大変だったもんね。まだまだ気になることはあるが、もう寝ちゃおっか」
カオルは優しく呟いて隣に横たわり、当然のように僕を抱き枕にする。
無意識に、あの口づけを思い出す。こうして腰に手を回され、お互いの初めてを交換し合った、あの甘い感覚。
僕の様子を見て同じことを考えたのか、彼女はその美しい貌を染め、柔らかい吐息を漏らした。
この日の布団は、いつもより温かかった。
〜〜〜〜〜
「さぁて朝だー! 昨日は色々あったが今は置いとこう。心機一転、冒険の再開といこうじゃないか!」
朝になると、カオルはやけに子供っぽい元気さを見せた。
なんとなく顔が火照っている。もしかしたら、これは彼女なりの照れ隠しなのかもしれない。
「……そうだね。うん、そうしよう」
まだほんのりとカオルの感触が残る唇に触れながら、僕は答えた。
この世界のことや六道のこと、カオルの能力や僕に刻まれた淫紋のこと、話したいことは山積みだけど、今はカオルの気持ちを汲んだ方が良いはずだ。
「まずはマルカに挨拶だね」
「ああ。行くぞユウくん!」
悶々とする気持ちを振り払って、僕たちは宿を出た。
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