第17話 ㌔㍉コン

「とりあえずそのビームサーベルは危ないよね、でも長持ちはしないでしょ? それだけの高エネルギー、巨大な動力源でもなきゃ維持できないと思うんだけど」


 六道は僕たちの姿を捉えられる距離を保ちながら、それでも不用意に近づこうとはしない。


 おそらく、奴が着ている「フリーベ・トラゲン」とか言ったローブは魔法への防御専門で、物理攻撃には対応していないからだ。銃や剣の射程に入るつもりはないらしい。


(もっとも、こっちが直接殴りかかったところで、超人的な反応速度とあの魔法陣をどうにかしないことには、先に進めない……)


「ご明察の通り、こいつは柄に仕込んだ気体を無理やり電離・圧縮してビーム状のプラズマを出せるようにしただけの、とんでもなく効率の悪いオモチャだ。あとついでに、持ち手がメチャクチャ熱い」


 カオルが言い終わると同時に、鮮やかな光の束は消え去り、手の中にはただの筒が残るだけとなった。


「君の防御を突破できそうな武器はこれだけだったんだがね。そうだ、もし良かったらローブを脱いでこっちに来てくれないかな? お姉さんからのお願い」


 サーベルを放り捨てたかと思えば、カオルはわざとらしく体を晒し、相手を抱きとめる準備をするかのように腕を前に差し出した。


「うーん、そのポーズ、シンプルに見えてかなり秀逸だ。脇腹あたりで腕を伸ばすことにより、ボクの視界が上半身に集中するように仕向けている。ついでに包容力のアピールも欠かさない。普通の男ならすぐにでもその体に飛びついただろうな。でも残念、エッチな格好してれば男が釣れるなんて思わない方がいいよ、お姉さん」


「あらら、駄目か。ユウくんが毎晩夢中になってる自慢のおっぱいなのに」


(え?)


 カオルは目元を手で押さえながら、「やれやれ」と呆れたしぐさで首を横に振る。それと同時に、バカでかい爆弾発言を投げてよこしてきた。


「マジで? ふっはは! えーと、ユウくん? 君、あどけない見た目の割にエロガキなんだ」


「そ、そんなわけないだろ!」


(作戦失敗したからって僕に押し付けないで……ほら、マルカも引いてる。僕のこと変態だと思ってる……)



 ──それにしても、こちらの手が一切通じない。奴の洞察力、カオルのそれと遜色ないくらいだろうか。


 なんとなく、思考のタイプもカオルと似ている気がする。だとすれば、単純な読み合いでは勝負にならない。


(だけど、カオルの技を喰らわせる意外に勝機が見出せない……ッ!)



「話戻すけど、やっぱり今一番気になるのはマルカちゃんかな。君はこの2人とは違うよね、というかあんま関係ないよね? どうして一緒にいるの?」


 しばらく睨みあってしびれを切らしたのか、固まった空気を動かすように六道が歩み寄ってきた。

 狙いはまたもマルカ、奴がここまで彼女を気にする理由は何だ?


「ふ、2人は私を助けてくれた大事な人たちです! 大切な仲間なんです! 他に理由なんて必要ありません!」


 マルカはもう一度立ちはだかり、六道の問いに本気で応える。けれど奴はそれを聞いても、口の端を歪め上げるだけだった。


「仲間って、そいつぁ無理があるぜマルカちゃん。君ら出会って数日だろ?」


「そ、それは……」


 痛いところを突かれた。付き合いの浅さは擁護のしようがない。

 マルカが持つ仲間意識というものは、ほとんど吊り橋効果で生まれたようなもののはずだ。そして、僕も......



「クフッ、クックックッ──」


「お姉さん、どうしてアンタが笑うんだ?」


 少女の良心を掻き乱すやりとりの傍で、カオルがそれを心から見下すように笑い始めた。


 突然の嘲笑は再び場の空気を固め、迷いなく歩いていた六道の足をも止める。


「六道くんさあ、キミ友達いないだろ。ああ隠さなくていいよ、私も同類だったからよくわかる。キミはまだ気づけていないようだが、仲間であることに日数は関係ないんだよ。心が打ち解ける瞬間さえあったならそれで良い。その観点からして、マルカと私たちは間違いなく仲間だ」


 目を瞑り、ため息混じりに捲し立てる彼女はとても生き生きとして、いつもの余裕たっぷりな大人の女性に戻っていた。


「ボクは本気でマルカちゃんがアンタらをどう思ってるのか知りたかっただけだよ。友達くらい、いるに決まってるだろ」


「だったらここに呼んだらどうだ!」


 六道の心が揺らいだのを悟った瞬間、カオルは目を見開き、足元に捨てられたビームサーベルを拾って投げつけた。


 役目を終えたはずの剣は最後の力を振り絞り、迸る粒子を唸らせながら草原を駆けていく。


「まだエネルギーが残ってたのか⁉︎」


(いや、それより!)


 開かれたカオルの眼には、重く質量のある紅蓮がさかっていた。

 それは先ほど放った一閃よりも更に鋭く、対象の命を搾り取るものであることが直感で理解できるほどだった。


 六道は咄嗟に飛び去りながら、剣が飛んでくる方を見る。その先にあるのは、絶対捕食者サキュバスの眼光。


 ヴゥン


 ローブがまた力を弾く。しかし、模様の上を走る文字は勢いを失っているように見えた。


(これなら……行ける!)


「はあっ!」


 着地しようとした六道の後ろからマルカが斬りかかる。大きな声に大きな動作、きっとだ。

 人殺しには繋がらないとわかっているなら、彼女も全力で剣を振るえる。そして奴はなぜかマルカに執着している、だから彼女の攻撃には確実に反応する。


「……ッ、なかなか重い一撃じゃないか! 薄っぺらな仲間のためによく頑張るな!」


 予想通り、六道はわざわざ素手で剣を受け、必要のない会話を挟もうとしてくる。これは明確な隙だ。


 僕はカオルと対角線になるように六道の後ろに回り込んで弾丸を放つ。これは読まれていたのか、魔法陣を出したうえで止められた。


 これでいい、このためにやったんだ。


 意識が僕とマルカに集中しているタイミングを見計らって、カオルが一気に距離を詰める。足で地を、翼で空中を蹴り、一息で迫る。

 扇情的な尻尾は六道に向かって伸び、確実に捕食するという意志が籠められていた。


「くっそ……ッ!」


 すんでのところで六道は跳び上がり、拘束を躱す。


 だけど空中なら、翼を持ったカオルに分があるはずだ。


 上空から淫魔の影が覆う。カオルの口撃は止まらずに餌を弱らせていく。


「六道くんはマルカちゃんにご執心なようだが、一体何があったんだい? まさか一目惚れ? オイオイオイ、彼女は出会っての相手だろうに」


「違う! ボクは健気で頑張ってる感じの美少女が好きなだけだ! 可愛い娘を応援したいんだよ!」


 着地しては僕とマルカが攻撃し、避けた先へカオルが追撃。中身は下らなくても、思いの外効果的だ。


「健気で頑張ってる? 具体的にはどんな?」


「まだ幼いのに自立してたりとか! 大事な相手に本気で尽くすところとか! いっぱいあるだろ!」


 ペースが崩れ始めた。カオルはどうにも男の尊厳を破壊するのが上手い。


「フッフッフ……やっとわかったぞ」


 六道の息が上がってきたところで、向かい合うように降り立ったカオルはいやらしい笑みを見せ、ズバッと指を差してこう言った


六道満りくどうみつる、君はロリコンだな。ついでに母性も求めるタイプだ。かーっ、恥ずかしくないのかねぇー、そんなんだから友達いないんだよ」


 僕も感づいていたけど、やっぱりそういうことでいいのか。それとあなたにその台詞を言う資格は無いのでは?


「あ、あの……ユウくん、ロリコンって何ですか?」


「えーっと、まあ、年端もいかない女の子が好きな人ってこと」


「えぇ⁉︎ あの人、そういう方なんですか……?」


 ショタコンお姉さんがロリコンお兄さんを煽るというめちゃくちゃな場面を目にしながら、マルカはまた一人変態を見つけたような顔をしていた。いや、僕がカオルの胸に夢中になっている変態だというのは誤解だけど。


「理想的な女の子を見つけたのに、その子がもう他の相手とつるんでいるのが悔しかったんだろう? ごめんね、マルカちゃんは私が奪っちゃった」


 煽りながらマルカの隣に立ち、彼女の顎をクイっと引いて見せつけるカオル。これは威力が高い。まるで百合が咲き乱れるかのような光景だ。心なしか、マルカの顔も赤くなっている。


「だーから違うって言ってるだろ! というかアンタも! あんな小さい男の子とイチャついてるショタコンじゃねーか!」


 自身のプライドを保つため、指摘を否定するために、向こうもビシッと正面から抗議の声を上げる。カオルはそれを見逃さなかった。


 ヴ、ヴゥ、ン ──パキン


「しまっ──」


 何かが割れるような音と共に、ローブの刺繍上を走っていた文字は霧散してしまった。


「やった! もう少しだよカオル……カオル⁉︎」


 これで押し切れると思いながらカオルを振り返る。だけどそこには、急激に顔色を悪くして膝をつく彼女の姿があった。今にも倒れ伏しそうな彼女を、マルカがどうにか支えている。


(能力を連発しすぎたか……これ以上の無理はさせられない!)


 切り札を失った僕たちの元に、不穏な足音か忍び寄る。


「敵対はしないつもりだったのにな、さすがにちょっと傷ついたぞ」


 六道の雰囲気が変わった。今の僕が一人で戦ったところで、カオルたちを守ることはできないだろう。


(ここまで来て終わるなんて……)


 ──ピロロロロ


 諦めかけたその時、電話の呼び出し音のようなものが響いた。


「あー、ボクだよ。今いいとこだから邪魔しないでほしいんだけど」


 見ると、六道がポケットから小型の端末を取り出してそれに応じている。


『ちょっと道満どうまん! どこで油売ってんの、もう会議始まるわよ!』


 通話相手は女性で、話し方から気が強そうな性格が伝わってくる。六道との関係性はわからないけど、対等かそれ以上のようだ。


「どうせロクな議題ないじゃん、こっちは崎谷薫と話してたんだけどなぁ。あとその呼び方するなって何度も言ってるだろ」


『え 、崎谷薫……? ちょっと待って! そこに薫先輩いるの⁉︎ ホントに⁉︎』


「ほんとほんと、でも説明めんどくさいから切るね」


 六道は無造作に端末を仕舞い、僕たちに向き直った。


 今どうするべきか、判断がまるでつかない。唯一得た情報は、元老院側にもカオルの味方になってくれそうな相手がいること。ほんの数秒会話を聞いただけだけど、あの口ぶりはカオルを慕っている様子に思える。


「はぁ、なんか落ち着いたら萎えてきたな。やっぱさっきのは水に流しとくよ。ついでに僕はロリコンじゃないから、ちゃんと伝えといてね、巨乳好きのユウくん」


(僕だってそうじゃないんだけど……)


 突っかかりたい気持ちを抑え、戦闘中断の流れに身を任せる。このまま六道がどこかへ行ってくれれば、後はカオルのことに集中できる。


「会議もあるし、説教喰らいたくないから今日は帰るわ。興奮するといつもこうなるんだよなー、なんか悪いね。とりあえず楽しかったよ、それじゃ」


 一人でペラペラ喋ったあと、奴は背を向けて町の方へ歩き始めた。どうやら本当に敵意は無かったらしい。


「あ、そうだ。この世界はもっと楽しいとこたくさんあるから、色んなとこに目向けときなー」


 それだけ言い残して、六道の姿は完全に見えなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る