第13話 サキュバスお姉さん大勝利!

 ぐだぐだウロウロと町を見て回るうちに、すっかり辺りは暗くなっていた。ここからが、今日で一番大事な時間だ。


 ギルドの近くにある、冒険者が集う酒場。依頼を達成した者たちが各々の成功を讃え、次へ進むための英気を養う、彼らにとっては神聖とも言える空間。


 そこに、標的がいた。


「でよ、あいつらあの後どうしたと思う? なんと! マジで薬草拾いに行ったんだとよ!」

「「「ギャッハハハハハハ!」」」


 一際大きな声で騒ぐ三人組は嫌でも目についた。自分たちの横に女性を侍らせ、必要以上にスペースを取って威張り散らしている。

 周囲の客も迷惑そうにそれを見ているけど、誰も文句を言おうとはしない。いや、できないんだ。


「誰に聞いたんだか。あれだけのことでよくここまで笑えるものだ。ま、それも今のうちだけどね」


 僕たちは彼らから少し離れた席に座り、最終確認をする。


「これやるの久々だからな~、うまくいってくれよ、私の体」


 カオルはリュックの中から『魔導書』を取り出し、最後辺りのページを読み込んでいる。確か、「魔法の使い方は分からない」と言っていたはずなのに、何を調べているんだろう。


「あ、あの、カオルさん。本当に大丈夫なんでしょうか……」


 震える声でマルカが聞く。この怯えようはさすがに不憫だ。それだけ、奴らがトラウマなんだ。

 僕自身は彼らに直接の恨みはないけど、マルカには全力で恩返ししなきゃ。


「もちろん。むしろ成功率は上がったぞ、あっちがだということが分かったし。これならフルに活かせそうだ」


 連中が侍らせている女性にうざったらしく絡む様子を見て、ニヤけ面を一層深めるカオル。


 ここからどうなるのかと思ったその時──


「ん? おいおい、噂をすればなんとやらだぜ。マ~ルカちゃ~ん、ピクニックは楽しかったか~?」


 赤い鎧が近づいてきた。


 、ミッションスタートだ。


「え、あ、その……」


「あの、やめてもらえませんか? 彼女も困っているようですし」


 どもるマルカを庇うようにカオルが遮る。物腰は非常に柔らかく、普段の彼女からは想像もつかないくらいに淑やかだ。


「あ? なんだテメエ」

「こいつ見覚えあるなあ……そうだ! あの時一緒にいた姉ちゃんじゃねえか!」


 取り巻きらしい2人もこちらへ近づき、他の客から椅子を奪って僕たちの間に座った。


「私のことはいいでしょう。とにかく彼女に謝ってください、そして今まであなた方が虐めてきた人たちにも。腕が立つのか知りませんが、それは他人を貶していい理由にはなりません!」


 なんともそれらしいことを言う演技だ。この手の連中はこういう『真っ直ぐな女』が死ぬほど嫌いなはずだから、必ず挑発に乗るだろう。


「人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ、俺たちは新人を教育してやっただけだろうが。なんならお前にもしてやろうか、丁寧に教えてやるぜ? そこの小娘と違ってイイ身体してるしなぁ」

「そりゃ名案だ! ホラホラ、行こうぜ姉ちゃん」


 見事なまでのゲスっぷりだ。これなら遠慮はいらない。


「な、何のことですか、私をどうするつもりですか⁉」


「いいから来いって!」


 カオルを連れて行こうとする3人。さあ、僕の出番だ。


「待って、謝るから! 謝るからお姉ちゃんにイジワルしないで!」


 我ながら迫真の演技で懇願する。

 いたいけな少年の悲痛な叫びが酒場の空気をつんざき、3人の加害者と3人の被害者という立場を周囲に知らしめる。

 助けに入る者がいなくても問題ない。僕たちを気にかける人数が増えればそれでいい。


(この姿が役に立った。18歳の僕のままだったら、これほどのリアルさは出せなかったよ)


「ダメ! ユウくん、危ないです!」


 更にマルカが僕を引き止め、身を寄せ合うようにして縮こまる。素晴らしいアシストだ。


「心配しないで...…私は大丈夫だから」


 思いつめた表情と口ぶりで諭すカオル。酒場中の誰もが彼女を待ち受ける運命を想像し、気の毒そうな目で僕たちを見ていた。


「話は決まったか? そんじゃ授業の時間だ、じっくり教えてやるよ」


 カオルを連れて酒場の2階へ上がっていく男たち。

 ここまでは完璧、あとはカオルの能力が発揮されるかどうかに懸かっている。



「な、なあ君、大丈夫か?」


「お姉さんのことは……その……」


 3人がいなくなると、僕たちに声をかける人がチラホラと現れ始めた。

 この場にいるほとんどの人が味方だという状況につい笑ってしまいそうになるけど、今は「姉を穢されてしまう少年」を演じきる。



 しばらくはマルカと一緒に、お互いを慰め合うフリをして、周囲の同情を買うように徹した。



(そろそろかな)


 そう思うと同時に、バタンとドアを開け放つ音が上から聞こえてきた。


「誰か! 誰か助けて!」


 これ見よがしに服をはだけさせたカオルが階段を駆け下り、僕たちの元へ走ってくる。そして小声で「成功だ」と言った。


「お、おい! お前アニキに何しやがった! それに何だあの姿はぁ!」


 続いて取り巻きらしい2人がもう1人の男を担いで降りてきた。『アニキ』はトレードマークだった赤い鎧を脱ぎ、パンツだけの状態で醜態をさらしている。

 ただ、一番人目を引いたのは、彼の見た目よりも、その表情と動きだった。


「お、俺が悪かった! もうむり、もうムリだぁ!」


 瞼を大きく見開き、目はほとんど白目に近い。舌をだらんと垂らしながら許しを請い、極めつけに腰をカクカクと前後に振っている。

 もはや無様を通り越して憐れと言うしかなくて、マルカは子供に見せてはいけないと思ったのか、僕の目を手で覆った。


「なんだアレ……」


 異様な光景に皆が言葉を失っている。


「そ、その女がっ──」


「私! 妙な薬を飲まされそうになったの! 必死に抵抗したら偶然薬があの人の口に入って……そしたら、あの人がああなって…...」


 取り巻きが何かを言おうとして、それをかき消すようにカオルが力強く状況を説明する。


「薬だぁ⁉ んなモン持ってるわけねえだろうが!」


 当然、あちらはカオルの訴えを否定する。でも


「あのっ! さっきこの人たちが隣に座った時、ポケットの中に怪しい粉が入った袋があるのを見ました! きっとそれが薬です!」


 打ち合わせ通りにマルカが嘘をつく。彼女はこういう時に作戦をやり通すくらいには、対応力があった。


「さっきから何ワケわかんねえこと言ってやがる! 俺たちはそんなモノ……」


 諦めずに無実を主張する彼ら。だけどもう遅い。


「嬢ちゃんたちはこう言ってるしなぁ」

「私はあの子の言うことを信じるわ」

「俺も」

「坊主、災難だったな」


 僕たちの演技と人々の溜まりに溜まった鬱憤が相まって、あの明らかに様子がおかしい男を救おうとする者はいなかった。

 そしてとうとう3人は押しやられ、外に追い出されてしまった。



「アンタら大丈夫だったか?」

「いや~、スッキリした」

「お前、子どものクセにやるじゃねえか」


 様々な言葉を投げかけられながら酒場を後にする。果たしてマルカもスッキリしてくれただろうか。


(正直やり過ぎって気もするけどね)


「さ、3人はどこへ行ってしまったのでしょうか……」


 早速あの連中のことを気にかける彼女。元々心根の優しい人だから、事が済んで「普段」に戻った瞬間、不安になってしまったのかもしれない。


「見当はついているよ。私だってこのまま終わらせるのは忍びないからね、キレイな形で決着といこう」



 ~~~~~



「ババア! 何か薬は無いのか、アニキをどうにかしてくれ!」


「やっぱりここだった」


 カオルが見当をつけた場所は、あのおばあさんがいる薬屋だった。


「やあ、先刻ぶりだね」


 彼女は後ろから声をかけ、わざとらしく様子を伺う素振りを見せる。


「なっ……テメエは!」


「アンタは……まさかアンタがこれをやったのかい⁉」


 取り巻きとおばあさんに同時に質問され、「まあまあ」と場をとりなしてから、崎谷薫は説明を始めた。



「まず君たちのアニキは強力な催眠状態にある。力を解放した私と目を合わせてしまったせいでね」


「催眠⁉ どういうことだバケモンがぁ!」


「彼は夢の中で私に……まあその、搾られてるんだ。そういう幻覚を見せる能力だから。で、そこから逃れるには夢の中の私を満足させるしかない」


「満足? それにはどれだけ掛かるんだ……?」


「恐縮だが、私はこのユウくんのような少年が大好きでね、こんなむさ苦しい男では絶対に満足しない。たとえ幻覚の私であってもそれは変わらないよ」


 僕を抱き寄せ、ンフフと淫らに笑う悪魔。


「そ、そんな……」


 2人の男が崩れ落ち、その横でもう1人が未だに腰を振り続ける。


「あ、そうだ。おばあちゃん、ここって気付け薬みたいなのは置いてないかなぁ、すっごく貴重で強いやつ」


 唐突にカオルはおばあさんに目配せし、男たちからは見えない位置でVサインを作った。


「んん? ……ああ! 有るよ有るよ、めったに作れなくて高額なやつがねぇ」


 意を得たりと口元を歪めるおばあさん。恐ろしいことに、今この場所では淫魔と魔女が悪巧みをしている。


「事情は知らんが、コイツらの悪評は聞いてるよ。きっとお前さんも揉めたんだろう? 薬を使わせてやるのはアンタたちの許可を得てからだ」


「だってさマルカ、判断は君に任せよう」


 振り返って柔らかく微笑むカオル。なるほど、確かにこれならキレイに決着がつく。


「……赦します、彼は十分に苦しんだはずですから。きっと、私以外の人たちも赦してくれます」


(本当に、マルカは良い人だ)


「ホッホッ。お前たち、あの娘に感謝するんだねぇ。では、薬を飲ませてやろう……いや、ちょっと待った」


 黄色いポーションを開けようとしたおばあさんは、何か思いついたように踏みとどまった。


「今度は何だ! 早く、早く薬を!」


「コレはとても貴重なモノだから、条件を追加させてもらうよ。なぁに、簡単な頼み事さね。ああ〜、でも、こんなことを頼むのも申し訳ないねぇ~」


「ああもう! 分かった、何でもするから、さっさと頼みを言え!」


「おやそうかい? それじゃあ急いで発注だ、ホイこれ」


 相手が受け入れるや否や、おばあさんはペンを走らせ一枚の依頼書を仕上げた。


 内容は『薬草収集』


「これをギルドに出しておくから。明日、頼んだよ」



 ~~~~~



「さ、約束通りちゃんと飲ませたよ。ほらさっさと起きな、アタシの薬の効果が無いとは言わせないよ!」


 ガボガボと口に液を流し込み、乱暴にアニキの頬を叩くおばあさん。こんなのでサキュバスの催眠を打ち破れるとは思えないけど。


「う……う~ん」


(ホントに治った!)


 表情も体も落ち着いた彼がゆっくり起き上がり、側にいた2人が「アニキ!」としがみつく。彼らのような人間にも友情というものは存在しているみたいだ。


「おはよ♡ 楽しんでもらえたかな?」


 淫魔が『餌』を見下ろしながら言う。皮肉にもその声はとても甘く、温かい、お姉さんらしい色合いだった。


「ヒッ、お前は……うわああああああ!」


「アニキ⁉」

「ちょ、待てよアニキ!」


 それがアニキにとっては相当な恐怖体験だったのか、寝起きのまどろみを楽しむ暇もなく、彼らはどこかへ去ってしまった。



 ~~~~~



「これで一件落着かな。お疲れ様、マルカ」


「はい。カオルさんも、ユウくんも、お疲れさまです。そして……ありがとうございます!」


 大仕事を達成し、余韻を味わう僕たち。ようやくこのパーティーの旅路が始まったように思う。


「おばあちゃんも、さっきは乗ってくれて助かった!」


「お前さんがいかにも悪~い目をするもんだからね、簡単に分かったよ」


 2人は相性が良いのか、以心伝心でガハハと笑う。


「で、でも私のために貴重な薬を……」


 反対にマルカは申し訳なさそうな顔だ。


「いやいや、礼を言うのは私の方さ。あれを売りつける相手が見つかった」


「え、売りつけ?」


 おばあさんとカオルを交互に見るマルカ。僕も2人が何を言っているのか分からず、同じ反応をしてしまった。


「薬草を届けに寄ったとき、棚に並んでいるのを見たんだ。安価で良質が売りの店にしては値段の高い薬があってね、それをさっき思い出した。アイツらをこき使うにはあつらえ向きだったろう?」


「なるほど。カオルはそういうとこ鋭いもんね」

「はぁ~、そういう…...」


 やっと話に追いつく僕ら。


「しかしお前さんの催眠とやらも凄まじいもんだ。あの薬は少し飲んだだけで目が冴えきって飛び起きるような代物だよ。それがただの眠気覚まし程度にしかならないなんて…...アンタ、魔法でも使ったのかい?」


(っ……⁉)


 割と核心をつく質問で、なぜか僕の方がギクッとしてしまった。カオルは魔法を使えないはず、だけどあの催眠は……?

 サキュバスが素の力であんな芸当を行える存在なのだとしたら、それは僕たち男にとってこの上なく恐ろしいことだ。


「まあそれは女のヒミツってことで……」


 さすがにここで正体を明かすのは早いと踏んだのか、彼女は軽く流して話を終わらせようとした。


「そういうことにしといてやるか。ていの良い労働力も手に入ったことだしねえ。連中が薬草を持ってきたら、ついでに庭仕事の手伝いもさせようかね」


「それはいいね! その時は散々煽り散らしてやろう!」


「そ、そこまでするのはダメですよぉ!」


 ──マルカの敵討ちという目的も忘れ、悪女2人の禍々しい笑いが月下に響いていた。

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