第11話 薬草拾いも大事な仕事
「ふぅー、異世界の宿屋もなかなか悪くなかったね。お風呂やトイレ周りは妙に発達してたし」
「せめて部屋かベッドは分けてほしかったよ……」
トントン拍子でパーティーが組まれた後、僕とカオルはマルカに宿屋の場所を教えてもらって、そこに泊まることにした。
本来は例の拠点に戻る予定だったけど、町と拠点までが思いのほか遠いことと、間にある森で再び襲われるリスクを考えた結果、一旦アグトスに留まることにした。
そしてこの世界に来て二日目の朝、僕はまたも彼女の胸から抜け出す作業で目覚めを経た。
部屋には2人だけで彼女は眠ったまま、つまり誰かにその姿を見られたりしたわけではないけど、アレの気まずさは尋常じゃない。朝から悶える身にもなってほしい。
「今は手持ちが少ないんだから仕方ないだろう、それより安全な町で眠れたことを喜ぶべきだよ」
反論の余地もないセリフで僕の文句を退ける彼女。
「それはそうだけどさぁ」
実際、カオルの言うことはもっともだ。無一文の冒険初日で宿に泊まれたのは幸運と言うほかない。森の中を必死に歩き続けたり、あるいは途中で野営したりという事態を避けられたのだから。
そしてマルカから分けてもらったなけなしのお金の額を考えれば、同じ場所で眠るのは必要な行為だ。
(でも僕を抱き枕にする必要はないじゃないか……)
~~~~~
「よしっ、じゃあ今日は張り切ってお金を稼ぎに行こう。ラボごと転移しておいて何だが、あそこに戻るにはここで足元を固めておく必要があるからね」
「そうだね、マルカにちゃんとお礼もしたいし」
朝食と会計を済ませ、気を取り直して宿屋を出る。するとそこに、はつらつとした、ともすればやかましいくらいの声が届いた。
「カオルさーん! ユウくーん! おはようございま~す!」
声がする方角を振り向けば、わたわたと大きく手を振りながら走ってくる少女の姿が。件の相手、マルカ=リムネットだ。鎧は付けずに剣だけを持っていて、ひらめくスカートがアンバランスに日差しの中で映えていた。
「おはようマルカ、今日は剣士の姿ではないんだね。その格好も似合っていて可愛いよ」
カオルは出会い頭にまるで口説き文句のようなことを言う。サキュバスは男も女も見境が無いのだろうか。
「そ、そうですか? えへへ……じゃなくて! 今日は私たちが初めて一緒に依頼を受ける記念すべき日ですよ! こんな朝早くで何ですけど、よろしければ……今から…...」
照れて頬を染めた様から一変、気合に満ちた表情に。かと思えばまたモジモジと言い淀み、チラチラと目配せをする。その仕草はまるで散歩をせがむ子犬のようだ。
(しかも依頼を受ける前提で話してるし……まあ、そのつもりだったけど)
「フッ、ちょうど今からギルドへ向かうところだよ。もしかしてマルカは私とユウくんを迎えに来てくれたのかい?」
分かっていた。という表情でカオルが問う。
「はい、実は……昨日、家にいた間なんだか寂しくて。早く2人に会いたくなっちゃったんです」
バレてましたか。とマルカもはにかむ。仲間を得られたことの喜びを、みんなが等しく噛み締めていた。
~~~~~
「おう、来たな坊主」
「おはよう、支部長」
カウンターで『冒険者よりも強そうな職員』と軽く挨拶を交わし、壁に備えられたボードへ向かう。そこにはギルドが正式に御触れを出したものから、近隣住民が個人的に協力を求めるものまで、様々な依頼が貼られていた。
「ねえマルカ、この星がついてる依頼は何?」
依頼書の中には、ちらほらと星マークがついているものがあった。星の数もバラバラで、内容に統一性があるようにも見えない。
「ああそれは特級依頼です。普通のものよりも危険なので、ある程度経験のある冒険者じゃないと受けられないんですよ」
なるほど。確かによく見ると、聞いたこともないようなモンスターの討伐だったり、火山や毒沼での素材収集依だったり、明らかに危なそうなものばかりだ。
「となると、私たちが受けられそうなのは……」
話を聞いていたカオルが星のついていない依頼書を探して見回す。その時だった。
「おい新人! いつまで突っ立ってんだ、さっさとどけよ!」
「アレアレ~? 誰かと思えばマルカちゃんじゃないの」
「しかも何だその格好。お友達連れてピクニックにでも行くのか?」
見るからにガラの悪い3人の男たちが絡んできた。それぞれが光沢のある頑強そうな鎧に身を包んでいて、悔しいけれど、彼らは冒険者として僕たちより遥かに格上であることが分かる。
「私は、その……」
マルカはすっかり萎縮して顔を下に向けながら怯えている。過去に何があったか知らないけど、確実に良い関係じゃない。
「まさか特級依頼に憧れてんのか? お前みたいな奴にゃ薬草拾いがお似合いだろうが」
「「ギャハハハハハハハ!」」
3人のうち、赤い鎧を付けた男が彼女を侮辱し、横の2人が笑う。マルカは更に身を小さくしたように見えた。
(こいつら…...)
さすがにこれ以上黙っているわけにはいかない。カオルも普段のちゃらけた態度を崩して、冷徹な眼をしている。
「うるせぇぞ小僧ども! くっちゃべってねえで、依頼受けるならさっさと紙持ってこっち来い!」
突っかかってやろうとした瞬間、けたたましい怒号が響いた。見かねた支部長が助け舟を出してくれたみたいだ。
「チッ……行くぞ。オラどけ!」
彼らは見せつけるようにボードから星が2個ついた紙を取り、僕やカオルを押しのけるようにして去って行った。
「はぁあぁぁ。怖かった……」
へなへなとため息をついてようやく安堵するマルカ。アイツらは彼女の気の弱さを知った上でイジメているに違いない。
「大丈夫かい? あんなの気にすることないよ、私たちは私たちなりに頑張ればいいんだ」
「そうだよマルカ、挫けちゃダメだ。ほら、僕たちも何か受けよう」
「あ、ありがとうございます。……では、私たちはこの依頼を……」
そう言った彼女が指差す先にあるのは、「薬草収集」と書かれた紙だった。
(これは重症だな……)
「マ、マルカ? 変に気負う必要は無いぞ、君はすでにゴブリンも倒しているじゃないか」
カオルもしどろもどろだ。さっきの今だから無理もないことだけど、これは先が思いやられる。
「い、いえ。今日は元から簡単なものを受けるつもりだったんです。2人にはゆっくり慣れていってもらおうと思って……とはいえ私もまだ新人ですけど」
あんなことを言われたのに、彼女は自分のプライドより僕たちのことを想ってくれていた。
これは、何としても彼女の力にならなきゃ。
「そういうことなら……よし、行こうか。」
~~~~~
アグトスにほど近い草原で、特に何の危険も無いまま薬草収集は進んだ。
どれが目当ての草なのかをマルカに教えてもらい、それらしいものを見つければ即収集。ある程度たまればそれを仕分け、再び草原の上を歩き回る。それだけの簡単なお仕事。
のどかな作業風景の中、色々とマルカのことを教えてもらった。アグトスに両親と3人で暮らしていること、幼い頃からずっと冒険者に憧れていたこと、つい先日両親を説得し、ギルドに登録したこと。そしてあの3人はこの近辺では名の知れたパーティーで、実力にかまけて新人いびりを行っているということを知った。
「私、登録する前からギルドには何度も足を運んでいたんです。少しでも冒険者を近くで見たくて。その頃から、あの3人にはよくからかわれていました……」
淡々と話す彼女。だけど今朝会ったときの元気さはどこにもない。どうしてこんない優しい人が酷い目に遭わなければならないんだろう。
「腹の立つ話だね……マルカ、ここは私に預けてみないか? おそらく私なら、あの3人に一泡吹かせられるぞ」
「へ?」
カオルの突然の申し出に、マルカは不思議そうな顔をする。
たぶんサキュバスの力を使って何かするつもりだろうけど、一体何を?
「まあ任せておきなさいって!」
何のことか理解できていないマルカと、何をしでかすのかと怪しむ僕に向かって、彼女はわざとらしくウィンクした。
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