第28話 パイロットへの道
3G~:グレイアウト
4G~:ブラックアウト
5G~:
これらの症状は、全身の細胞に酸素を運ぶ血液がGで下半身に偏って、頭部が酸素欠乏になるため起きる。それを人為的に抑制するのが耐G能力。
自力でそれを成す方法は主に2つ。
① 呼吸法で効果的に酸素を吸い、血中の酸素濃度を高める。
② 下半身を力ませて血管を締め、血液を上半身に押しだす。
①②は並行して同時にこなす。
ひとまとまりの〔耐G動作〕。
①の呼吸法は過去いくつかの種類が編みだされている。
現在、地球連邦軍が採用しているのは〔フック呼吸〕。
唇を〔フ〕の形にして息を吸い、3秒が経つ寸前まで息をとめ、唇を〔ク〕の形にして瞬間的に息を吐ききった時に3秒ジャストになるようにするのを繰りかえす。
②の効果は外部からも得られる。
パイロットスーツ内にはホースが巡らされており、外に出たその端を機体と接続する。パイロットに過剰なGがかかると機体がそこに圧搾空気を流しこみ、下半身を圧迫して血管を締める。
これで諸症状の発生条件を+1.5G高くできる。
だがアキラは
ブランクラフトの正規パイロットは自前の耐G動作とスーツの効果の合計で+5G、つまり10Gの手前の9Gまで、G-LOCにならずに操縦することを求められる。
それには正しい耐G動作を学ぶことと、体を鍛えることの両方が必要となる。耐G動作は筋力や心肺機能が強いほど効果が高くなるが、体が強くても方法を知らなければ使えない。
その点、アキラは不充分だった。
アキラはパイロットを志し、それには耐G能力が必要なことも耐G動作も、自分で調べて知っていた。
だから毎日、高取山を登り下りして体を鍛え、家では耐G動作の練習もしていた。
だが鍛えかたにしても耐G動作にしても専門家の指導を仰いだわけではない、見よう見まね。
実戦では通用しなかった。
それが地球連邦軍が
その日、アキラは朝からツキノ大尉に連れられてアクベンスを降り、艦が入渠している軍港内にある訓練施設に赴いて、トレーニングウェアに着替え、張りきって大尉から指導を受け──
¶
「ハーッ……、ハーッ……」
ダンベルなど様々な筋トレ用具の並ぶ、スポーツジムのような訓練施設の一室。その壁際に置かれた休憩用ベンチで、アキラは深呼吸を繰りかえしていた。
全身が悲鳴を上げている。
もはや微動だにできない。
室内では、同時に始めたツキノ大尉の部下、アクベンス飛行科のパイロットである筋骨隆々のナイスガイたちが、余裕の表情でフンフンと筋トレを続けている。
「よくがんばったな」
隣からツキノ大尉の声がした。
振りむこうにも首が動かない。
「あり、ござ……」
「ほら、水分補給」
ストローつき水筒を差しだされる。
だが受けとろうにも腕が動かない。
「失礼するよ」
「んんっ──」
わざわざ大尉がストローをこちらの口に入れてくれた。かなり恥ずかしいが、感謝しつつストローを吸う。
水分、塩分、ミネラルなどを程よく含んだスポーツドリンク。発汗でそれらが体から失われている今、大変な美味に感じた。
「すみません、こんなことまで」
「なぁに、わたしが君の体を追いこんだんだ、これくらいはね。しかし驚いたよ。柔和な印象に反して体力があるんだね」
「このザマでですか……?」
「大人のプロと比較して自信をなくすことはないよ。その分なら必要最低限の耐G能力を獲得して搭乗実験を再開するのに、そう時間はかからないだろう」
「! よかった、です」
「アキラくん……君のことは、一通り、知らされている」
「えっ?」
急に話が変わったが、言う必要があったのだろう。言われるまで考えもしなかったが、言われてみれば当然だった。
敵国ルナリアの皇帝の甥である自分は、地球連邦にとって大事な駒。その世話係を命じられた大尉は、連邦が把握している事情を聞かされたのだろう。
なんの才能もないこと……
そのせいで両親が死んだこと……
「君がふれられたくないことばかりだと思うが……これだけは言わせてくれ。君は運動神経がよくない。それは、この目で見ても分かった」
「は……はい」
大尉は自分が元からパイロット志望なことも聞いただろう。なら〝才能がないからあきらめろ〟と言われるのだろうか……そう身構えたアキラの耳に届いたのは、思いもかけない言葉だった。
「それなのに、君は凄いな」
「……え?」
「運動が苦手で、楽しくないだろう? それなのに、それだけの筋力がつくまで鍛えつづけた。今も、わたしが〝やめ〟と言うまでやめなかった。音を上げなかった。見上げた根性だよ」
「……」
「君が不屈の精神で重ねた努力は無駄ではなかった。君はじきに耐G能力を身につける。それであの驚異的な力を存分に振るえるようになれば、正規のパイロットになれないはずはない」
「ぐっ、ううっ……!」
涙があふれ、アキラが返事できずにいると、バンッ! と肩を叩かれた。それは大尉ではなく、厳つい男性の手だった。
「そうだぜ、アキラ!」
「パイロットは操縦以外にもやること多くて大変だが、そこらは俺らがサポートすっからよ!」
「直近の課題は士官学校の入試ですね……僕らも通った道、お力になりますよ。無論、無償で」
大尉の部下たち。
いつのまにかトレーニングを終えて、周りに集まっていた。彼らも大尉と同じく、先日の戦いでアキラに命を助けられたと、初対面の時にそのことを深く感謝してくれた。
「皆さん……」
「隊長にばっかいいカッコはさせねーってな」
「それに俺らなら異性にゃできん相談も──」
「貴様ら。アキラくんに妙なこと吹きこんだら殺すぞ?」
ビクンッ‼
にこやかに放った殺気で部下たちを黙らせてから。大尉はアキラの正面にしゃがんで、真っすぐ目を見てきて、微笑んだ。
「そういうわけだ。我々がついている」
「はい……ありがとう、ございます‼」
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