第26話 意思確認

「はは、確かに笑いごとじゃないんだけど、逆にもう笑うしかないってゆうか。帝国軍……ジーンリッチとの戦いは、それだけ厳しい。司令官の誰かより先に僕が戦死するかもだし」



 オオクニ艦長の口調は軽い。


 だがその内容はかなり重い。


 笑うしかない──むしろ、こんなノリでもないと話していられないのか。しかし自分まで同じように話すのも失礼な気がして、アキラはかしこまって返した。



「敵は、そんなに強いのですか」


「強い。僕は少将に昇進するほど戦果を挙げられたけど、常にギリギリだった。彼らと対峙した者はみんな肌で感じてるよ。僕らアートレスでは、ジーンリッチには敵わない」



 艦長の顔がさすがに暗くなった。


 と思ったらぺかっと明るくなった。



「ところがだ!」



 表情もオーバーで本当に愉快な人だ。


 アキラは危うく吹きだすところった。



「その常識が、覆された! 君と、君の伯父さんが作ったマトリックス・レルムによって! あの力があればアートレスばっかの連邦軍が、ジーンリッチばっかの帝国軍に対抗できーる‼」


「あ……それで連邦はボクにマトリックス・レルムを解明するの協力してくれって。そ、そんな重大な仕事だったんですね!」


「あれ、知らなかった?」


「どういう意義があるとか聞く前に承諾しましたので。ボクが連邦のお役に立てるなら、と。でも聞いても同じです。お受けした以上、精一杯がんばります!」


「律儀だなぁ、アキラくんは。ありがとう。ただ気負わなくていいからね。上手くいかなかったとしても君に責任なんてないから、気楽にやってくれ」


「はい! ありがとうございます!」



 そうこう話していると、向かいから1人の男性兵士がやってきた。廊下は狭く、歩いたまますれ違うのは厳しい。


 兵士は艦長を見るやサッと壁際に身を寄せて、直立不動で敬礼して道を開けた。その横を答礼しながら通りすぎる艦長のあとに続きつつ、アキラは兵士に会釈した。


 軍内では階級が下のほうから上のほうへと敬礼し、道を開ける決まり。艦長が気さくな人柄でも規律は守られているようだ。


 それと関係ないことだが。


 アキラはふと気になった。



「今のかたも男性でしたね。食事を運んでくださったかたも……そういえば朝から女性の軍人さんを見ていません。昨日きのうは結構お見かけしたんですが」


「ん? そりゃあ、ここは男性棟だからね。女性棟は反対側」


「え、男女別々だったんですか」


「そ。この艦は双胴船。乗る時、船体が左右に並んでたろう? 左が男用、右が女用の居住区。で、2つの船体を繋ぐ橋の部分が男女共用の仕事場。今そこに向かってるとこ」


昨日きのう、ツキノさ──イシカサ大尉は部屋まで案内してくださったので気づきませんでした。男性棟に入ってまで付きそってくれてたんですね」


「はは、別に男性棟は女子禁制じゃないからね……そっか、今朝もあの美女が迎えにきてくれると思ってたのに、こんなオッサンでガッカリした?」


「いえ! そんなことは」



 ない、と言うと嘘になる。まだ知らない人ばかりのこの環境、昨日すでに打ちとけたツキノ大尉が最も安心できる。病院で抱きしめられたことを思いだして緊張はするだろうが。


 あの感触……アキラは顔が熱くなった。


 すると、艦長が目をキラリと光らせた。



「可愛いイシカサ大尉に惹かれるのは分かるけど、変な気を起こしてはいけないよ? 彼女は僕の妻だからね」


「……妻⁉」


「夫婦別姓なんだよ」


「少将が、大尉と?」


「違うんです」



 不敵な雰囲気が霧散した。


 顔から脂汗をかいている。



「上官の立場を悪用して迫ったりは……軍に入る前からの付きあいで……歳はちょっと離れてるけど……僕はロリコンではありません……」


「愛に歳の差は関係ないと思います」


「そう思う⁉ だよね⁉ いやぁ、アキラくんはいい子だ‼」



 好感度が上がったようだ。


 色々と苦労しているのか。


 さらにテンションの高くなった艦長と歓談しながら歩きつつ、アキラはわずかに胸の痛みを感じていた。


 あのツキノ大尉が結婚していたことにショックを受けている。ということは、やはり少なからず彼女に惹かれていたらしい。


 優しくしてもらったし。


 抱きしめられて顔におっぱいが当たって異性として意識してしまったし。だが旦那がいるということは、あれも──当たり前か──子供扱いされていただけだったか。


 それでよかったんだと思う。


 自分には想い人カグヤがいるから。


 大尉に惹かれたとしても、カグヤから乗りかえようなんて気を起こすほどではない淡い気持ちだ。大尉にちゃんと相手がいると分かれば、艦長に言われたとおり変な気を起こさずに済む。



(カグヤに操を立てる!)



 告白の返事はもらっておらず、恋人になったわけでもなければ向こうがどう思っているかも不明なのに、こんなこと考えるのはキモイかもだが。


 己の恋心を裏切らないために。







 アキラと艦長は目的地に到着した。


 宇宙戦艦アクベンスの2つの船体を繋ぐ厚みのある橋、白い蟹に見立てられるこの船の蟹の胴体にあたる部分。男女共用の仕事場──その中にある、格納庫へ。


 ツナギ姿の整備兵たちがあくせく働いている。


 天井付近で鉄骨が交差する、いかにも倉庫といった雰囲気の灰色の空間。油やタイヤのものらしき臭いが不快さ以上に、この空間らしさへの実感で昂揚させる。


 大好きなロボットの、格納庫!


 もっとも、ここにあるロボット──連邦軍のブランクラフト〘心神シンシン〙たちは飛行機の姿の巡航形態で床に並んで格納されており、あまりロボットらしくない。


 そんな中、1機だけ人型形態の直立姿勢で整備台に固定されているため目立っている機体があった。高さ16m、黄金の装甲は所々ハゲていて、左腕は根元からなくなっている──



「ルシャナーク」



 伯父サカキから贈られた愛機の名を呼ぶ。自分が下手クソなせいで、無茶をしたせいで、ボロボロにさせてしまった姿に胸を痛めていると、艦長が優しい声をかけてくれた。



「大丈夫。治るから」


「え、腕のパーツとか、手に入るんですか?」


「ああ。連邦はコクピット内のマトリックス・レルムの詳細こそ分からないけど、ボディの設計図はタケウチ博士から送られてるから。パーツを作って運んでもらう。塗装も元どおりにするよ」


「よかった……ありがとうございます‼」

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