生き残り

 俺の降らした雨によって消火されゆく村を走る。

 道中反対方向から、皇国兵が逃げてきた。

 おそらくマリーから逃げてきたのだろう、そいつらを殺して村長の家へ急ぐ。

 

 村長の家は幸い放火されていなかった。

 だが。


「血の匂い……遅かったか!」


 中に入ろうと、扉に近づいた時だった。

 反対側から扉が開き、勢いよく誰かが中から出てきた。

 兜と、赤い紋章の入った鎧。

 皇国兵だ。

 

 不意を突かれたかと焦り、拳を握った所で飛び出してきた兵士の異様な表情に気付く。

 怯えている。

 こいつも道中であった兵士と同じ様に、何かから逃げている。

 だが、一体何に?

 マリーは村の入口近く、フルード達がキャンプを張っていた近くから来ている。

 この兵士は何から逃げている?


「な、お前どけぇ! 早く逃げないと殺される! あ――」


 兵士は突然倒れた。

 前のめりに地面に倒れた背中には、1本の矢が刺さっている。

 

「あ、あああ、来るな……来るなぁー!」


 藍色の影が民家の奥から、ボールのように跳ねてくる。

 俺の背から差し込む光が、そいつが手に持つナイフに反射した。

 そいつは、助けを求める様に手を伸ばした兵士の背中に、重い音を立てて着地する。

 そして、手に持ったナイフを雄叫びと共に背中に捻じ込む。


「フィア……」


 俺がかけた声にも気づかずに、一心不乱に兵士の背中に何度も何度も手に持つナイフを抜いては突き立てる。


「フィア! もうやめろ! そいつは死んでる!」


 何かに憑りつかれたようなフィアの手を掴んで止める。

 動きを止められたフィアはようやく、こちらに気付いたようで頭を上げてうつろな目をこちらに向けた。


「え? あ、ヒトゥリさん……帰って来たんだ。でも、もう遅いよ。助けなんて必要なくなっちゃったから」


 ドロドロと垂れる血で両手を汚しながら、ゆっくりと立ち上がる。

 助けが必要ない。

 その意味はこの惨状を見れば分かる。

 ただ何と声を掛ければいいのか分からずに、ただ待っていると、フィアがふらりと倒れ込んでくる。


「おい? ……気を失ってるのか」


「ヒトゥリ! 帰ってきてたのね」


 フィアを抱きかかえて振り返る。

 後ろからはマリーを先頭にして、ソリティア達が来ていた。

 無事だったのか。

 プラムも、ソリティアも。

 いやそうではない。


「マリー、バレたのか? 俺が助けを呼びに行ったのが。それでこんな事に……」


「違うわ」


 マリーは首を振った。

 その代わりに、ソリティアが前に出た。


「計画は最後まで悟られませんでしたわ。彼らは、フルードは最初から、コルク村の全てを奪うつもりでした。この数日間は、この村の戦力を見極めるための時間だったのよ」


「そうか」


 裏切ったのか。

 あいつは俺達をこの村を。


「ヒトゥリさん、その……」


「なんだプラム」


「この家、村長さんの家ですよね。村長さんは……クリエちゃんは無事だったんですよね?」


 プラムが家の奥を覗こうと向けた視線を、体で防ぐ。

 その先は血だらけだ。

 これまで散々、悲惨な物を見ているだろうが、少女には辛いだろう。


「俺もまだここに来たばかりだよ。あれはフィアがやってたんだ」


 そう言って俺はフィアをマリーに渡す。


「中を見てくる。フィアを頼む。怪我はしてなさそうだけど、気を失ってる」


「ああ、うん。分かったわ」


 マリーはフィアを受け取ると、手をかざして魔力を流し込み始めた。

 『分析』で体を確認しているのだろう。

 以前錬金術の1つとして見せてもらった。


「ヒトゥリさん、私も一緒に行きます」


 俺が中に入ろうと、玄関の扉があった場所を潜ると、後ろからプラムが近づいてくる。

 そして、もう俺はその時には中にある凄惨な現場を見ていた。


「やめておいた方がいい」


 手だけを後ろに回して、プラムを止める。

 必要ないんだ。

 惨い物を見るのは、最低限の人数だけでいい。


「でも……」


「ここはヒトゥリさんに任せておきなさい。ヒトゥリさん、私達は逃げ遅れた人を連れて、先に例の避難場所に向かいます。心配は要らないと思いますがお気をつけて」


 それでも食い下がろうとするプラムを、ソリティアが引き留める。

 俺の意図を汲み取ってくれたのだろう。


「ありがとう。俺もここを様子を見たら、すぐに合流する」


 中に入る。

 間取りは当たり前だが以前と変わりなかった。

 入ってすぐに食事を取る為のダイニングがあり、そこの大きな机の上には村長とクリエのカップがある。

 椅子の数は4人分。

 持ち主を失った2つの椅子が、未だに居なくなった大人2人の帰りを待っている。

 そして。 

 残る2つの椅子も、今日持ち主を失って物悲しく佇んでいる。


「村長……」


 彼はダイニングと奥の寝室への廊下の間で、道を塞ぐようにして倒れていた。

 必死の形相のまま、目を見開いて強張っている。

 皇国兵をこの先に進ませたくなかったのだろう。

 ならこの先に何があるのかは、想像に難くない。


 少し申し訳ない気持ちになりながら、村長をまたいで奥に進む。

 手前の1つの部屋は夫婦の寝室。

 埃が積もり、金品を探し荒らした形跡がある。

 

 もう1つはクリエの部屋。

 冒険者を目指す彼女らしくおもちゃの剣が、そして年頃の少女らしくどこかで摘んできた花が飾られていた。


 そして最後の部屋。

 扉は閉まっていた。

 ここは村長の寝室だろう。

 村長が命を賭して守りたかった物がここにある。

 それはおそらく……。

 俺は決心して扉を開いた。


「ここにいたのか、クリエ」


 部屋の中に落ちている物体は2つ。

 1つは部屋の中央にうつ伏せに。

 顔も分からない程に損壊したそれは、鎧のおかげで皇国兵だと判別できた。

 もう1つは、部屋の奥。

 何かから逃げようとするように、ベッドの下に手を伸ばしている。


「うっ……!」


 俺はもうそこに居られなかった。

 何も考えられなくなった頭で、クリエと村長を運び出し、洞窟へと向かった。

 途中の川から水をすくい、死体に付いた血を洗い流し、出来る限り損傷を修復し、洞窟にいる彼らに引き渡した。

 

 マリーは表情からは何も悟らせてくれなかったが、拳を強く握っていた。

 ソリティアは悲しそうな、罪悪感を持っているような顔をしていた。

 アルベルトは淡々と葬儀の準備を始めていた。

 プラムは感情のままに泣いていた。

 フィアはまだ眠っているようだった。

 生き残った村人は、どこにも向けようのない怒りと悲しみを抱えていた。


 俺は食料の調達とタイタンベアの回収を言い訳に、再び皆と離れた。

 俺は自分の感情を計りかねていた。

 何でこうなった。

 誰のせいでこうなった。


 全力を出せば、この村の全員を救えると思っていた。

 いや、おそらくそれは正しい。

 『飛躍推理メタすいり』と俺の持つ他のスキルや魔法を使えば、あの状況を切り抜けられたはずだ。

 皇国軍が何を企んでいたか、連邦軍が救援を出せる状況か、それらは全部指1つ動かずとも、把握できた。

 200人程度の人間の軍勢は、人間態の俺でも、マリーでも簡単に蹴散らせた。

 救おうやろうと思えば救えたやれた


 でも結果はこれ。

 目の前に広がる焼け落ちた村。


「喉が詰まるような思いだ」


 俺はフィアの成果を拾い上げて、そう呟いた。

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