外伝:聖の訓練

「射撃魔法隊ッ! 魔法斉射用意ッ! 撃てーッ!」


 指揮官の振り下ろされた腕と共に、魔法特有の自然界ではしない発動音が、けたたましく響く。

 あまりにも軽い音と共に人を殺す威力のある弾が飛び出るその様は、地球からやってきた僕からすれば、あまりにも奇妙に見えた。


 炎がかがやく、水が耀かがやく、鉄がかがやく。

 飛び交う魔法が走る人々の脚を腕を燃やし、切断し、潰していく。

 見るも無残な殺し合いだ。

 ネットやテレビで見ても、僕には一生無縁だと思っていた世界に手が震える。

 

 僕の隣に立っていた人の顔が潰れて、血が降りかかった。

 温かい。粘つく。不快だ。

 夢じゃない。現実だ。

 そしてこの戦争は、僕のせいで、僕と竜輝が戦ったせいで……。



「きろ! 起きろ! 起きろヒジリ!」


「うわっ! ……なんだよレインか、朝から大きな声は勘弁してよ」


 朝、布団の上に圧し掛かる重圧に目を覚ますと、少女が僕の上に乗っていた。

 無造作に伸ばした綺麗な銀色の髪を振り乱し、純粋な青い瞳を僕に向ける彼女には、2つの狼の耳が付いていた。

 彼女はレインフル・エルドダット。連邦での僕の仲間だ。


 レインの重みでやっと意識がはっきりとしてきた。

 ここは、フォーク連邦国の野営地。

 今は皇国と戦争をしている真っ最中だ。


「もう朝なんて時間じゃないのだぞ、ヒジリ! それにエリーはもう起きて、魔法の訓練をしてるのだ。ヒジリも早く起きて訓練するのだ! しないと戦争ではすぐ死ぬのだぞ!」


「ああ、分かってるよ。だから、ほら、降りてよレイン。重いか……」


「今なんて言ったのだ?」


 ぐるん、と布団にうずめられていたレインの顔がこちらを向き、牙を剥き出しにする。

 黙っていれば薄幸美少女といった容姿の彼女でも、しっかりと獣人の特徴は持っている。

 つまり、とても怖い。

 

 口が滑ったんだ。

 実際には彼女はそこまで重いわけじゃない。

 同い年の獣人に比べても身長は低いし、体重も……多分軽い。

 本当に軽口を叩こうとして、口が滑っただけで、悪気なんてない。

 でも、きっと僕は許されない。


「な、何でもないよ。早く朝ご飯、食べに行こうか……?」


「むふん。仕方ないのだ。ごはんを食べないと力も出ないのだ。ごはんを食べたら訓練するのだぞ。……覚悟しておくのだ」


 僕の上から飛び降りたレインは、テントから出る直前にこちらを見て、笑みを浮かべた。

 その身に任せられた役に、相応しい威圧を伴って。


 レインは特別だ。

 父親である長から軍を任された、獣人のお姫様。

 僕の頼れる仲間の、獣人種最強の姫君。

 そして彼女は僕の、戦闘の師匠でもある。

 ああほら、今日も僕はしごかれる。



「ほら、ヒジリ! 受けが甘いのだ! それじゃあ攻めに出るどころか、こっちの攻撃の勢いも殺せないのだ!」


「そんな事言ったって! レインの攻撃は早すぎるよ!」


 朝食後、レインは朝の恨みを晴らすが如く、僕に戦闘訓練を行った。

 レインの訓練はいつも僕にとっては辛いけど、今日はいつもの倍は辛い。

 

「せっかくのユニークスキルが泣くのだ! 『天賦武術てんぷぶじゅつ』なんて、我の『武器術』の上位互換みたいなスキル持ってる癖に、それは情けないのだぞ!」


 レインの手から滑る様に放たれた槍が、僕の剣を叩き落とす。

 僕はすぐさま地面に突き刺さる次の獲物を、手に取り構えなおす。

 

 僕がこの世界に来て授かったユニークスキル『天賦武術』は、どんな武器でも普通のスキル持ち以上に使えるという能力だ。

 ケイトを近くの神社に案内して、謎の光に包まれてこの世界に来て1年以上経っているけど、その間このスキルには助けられた。

 だから以前の僕は、このスキルに自信を持っていた。


「斧ならどうだ!」


「ヒジリ! ちゃんと考えるのだ! 斧だとリーチが足りないのだぞ!」


 怒りに応じて剣の鋭さが増す竜輝の『怒髪剣帝どはつけんてい』や、回避するごとに周囲の力を吸い取るケイトの『瞬雷回転しゅんらいかいてん』に劣らない程に優れたスキルだと思っていた。

 けど、その自信はある人物との戦いから折れっぱなしだ。

 

「それじゃあ槍なら……」


「リーチはいいけど、武器を捨てて近づかれた時の事を考えるのだ! 判断力を養うのだ!」


 この世界で出会うはずのない、親友のヒトゥリ。

 あいつが僕のノスタルジーから生まれた幻覚なのか、それとも本物なのか分からないけど、僕はあいつに負けたんだ。

 それから竜輝に負けて、ケイトに負けて、そしてレインに負けて。

 こうして地面に背をつけて、爪の先を突き付けられる毎日だ……。


「ま、まいりました……」


「甘いのだ。戦場ならまいったもなしに、もう死んでるのだぞ」


 平原の青草をすく、清涼な風が吹く。

 ああ、空が青いなぁ。

 今が戦争中なんて嘘みたいだ。


 そうやって現実逃避に勤しんでいると、僕の上に乗っていたレインが、飛び退く。

 おかしいな、いつもならここから数分は説教が続くんだけど。

 草を踏み、近付いてくる足音を感じて目を向けると、絵里が心配そうにこちらを覗いていた。


「大丈夫ですか? 聖先輩。『極白癒手・怪我治癒ホワイトヒール』」


 泉水絵里いずみえり

 皇国から追放された僕について来てくれた唯一の同郷で、人を癒す魔法『極白癒手きょくはくのいやして』の使い手だ。


「あ……怪我は全部治ったよ。いつもありがとう、絵里」


「いえ、これが私にできる事ですから」


 彼女の魔法はこの世界で唯一、即座に人の怪我や病気を癒せる。

 『治癒魔法』はあるけど、ゲームみたいに即座に治せるわけじゃなくて、時間を掛けてゆっくり重ね掛けして治す程度の力しかないそうだ。

 そんな中で魔力さえあれば、即座に怪我や病気を癒せる絵里は皇国から必要とされていて、それでも僕について来てくれた。

 自分の立場が危うくなるのに。

 

 なんというか、多分この娘は僕の事が好きなのかもしれない。

 訓練とか戦争とか色々辛いけど、この娘のためにも頑張ろうと思う。

 ……何だか恥ずかしい事を考えてしまった。

 いや、うん、まあ、それはそれとして。


「レイン、訓練が厳しすぎない? 補給のために戦線から下がってるけど、まだ戦争中なんだし、怪我をしない様に優しくしてくれたって……」


「それは無理なのだ。そもそも、ヒジリが弱すぎるのが悪いのだぞ。強ければ怪我はしないのだ。せめて我の父さまのように立派な戦士になるのだ」


 レインは胸に下げた牙のお守りを、力強く握しめる。

 それは獣人の長である父親から貰った、特別なお守りで、家族の証なのだと聞かされた。

 『これさえあれば、我は父さまや兄さま、姉さま達の家族なのだ』と。

 レインが僕に妙に懐いているのは、僕が長に認められた2人目のヒューマンだから、疎遠な兄達の代わりだと思っているのかもしれない。


 そっと手を伸ばして、無邪気に笑うレインのサラサラの髪に手を這わせる。

 妹か、僕は1人っ子だったし少し嬉しいな。


「な、何なのだ。そんな気持ち悪い顔しても、訓練は優しくしないのだぞ!」


「なっ、気持ち悪いって……」


「聖先輩、レインちゃんは心配なんですよ。『大好きなヒジリに死んでほしくない~』って」


 自分より年下の女の子から、純粋な罵倒をされてへこんでいると、絵里がフォローに入ってくれた。

 そうか、照れ隠しか。レインは可愛いなあ。

 もっと撫でてあげよう。


「なっ……こらエリー! 勝手にそんな事を……ヒジリも撫でるのをやめるのだ!」


「ふふっ私の名前をちゃんと覚えない罰ですよ?」


 笑い声がこだまする。

 僕達は星蛇の丘の戦場のすぐ後ろ、連邦のコルク村のはずれで野営をしている。

 すぐそこで今日も人が死んでいるというのに、まるで地球の幸せな1日みたいに時間が過ぎる。

 永遠にこのままがいいのに、きっと明日にはまた人を殺しに行くのだろう。


 憂う僕の頭には、もう過去の親友の姿はなかった。

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