嵐の前:一時の平穏
ヒトゥリ強化案
以前疑問に思った。
地球がそうだったように、この大地も丸いのかと。
父親から本当に神がいるとは聞いていたが、その神がどうやって世界を創ったのかは知らない。
立派で性格のねじ曲がった方だったと聞いて、立派に性格のねじ曲がった方の言い間違いかとも思ったが、どうやらその矛盾するような2つの要素を持つのが神らしい。
そんな奴の作った世界が当然、美しいわけもないだろう。
俺はそう考えていたのだが。
「グオオオオオオオオ!」
朝焼けの山際の向こう側で見えたその大地は、いつか地球の写真で見た円を形どる地平線と同じだった。
思わず叫んだ俺は、背中を叩く感触に気付き謝った。
「悪かった。世界があまりに綺麗だったんで思わず」
「あのね、詩的なのはいい事だわ。でも私は羽を生やせないし、飛べないんだから、叫んで驚かすのはやめて」
俺達は今セラフィ王国の南西から東まで広がる大山脈を越えている。
理由は1つ、俺達の力を実験するためだ。
「戦争地帯に行くなら実験を前倒しにしないと。貴方自身も強化しておかないと、レイオンやあの騎士団長さんみたいな人と戦いになったら、最悪死ぬわよ」
と、マリーは言っていた。
今の俺では敵わない相手がいるという事は身に染みて分かっていたので、同意した。
強化のためには俺がドラゴン形態になる必要があるそうだが、王都の近くではまた騒ぎになるし、レイオンが嗅ぎつけて殺しに来るかもしれない。
俺も久々に羽を伸ばしたかったので、こうして遠くの山を越えてきたのだ。
交易路の関係上、こちらには人がほとんど通らないので、騒がれる心配もない。
最後の山を越える直前で山間部に降りる。
完全に越えても神聖国への巡礼者に見られてしまう、この辺りが丁度いいだろう。
1つ目立つ岩の上に着地すると、木々が揺れ鳥が飛び立った。
2カ月前は生れてすらいなかった俺が、着地するだけで大地を揺らせるほど大きくなったとは……。
なんだか感慨深いな。
「それで、実験や強化をすると言っていたが具体的にはどうするんだ?」
マリーは俺の背中から飛び降り、何かしらの薬品や実験器具を広げている。
ピンとかで俺の鱗を剥がすつもりなのか?
痛いのは嫌だな。
「講義よ」
「講義……?」
「そう、講義。貴方のスキルについての」
「スキル……?」
マリーは呆れた目を俺に向けて、鱗を1枚剥がした。
そして何らかの板の間にそれを挟んで、何らかの液体を掛けたり、何らかの衝撃を加えたりしている。
許可もなく俺の鱗を取った事はともかくとして、一体何をしているのだろうか。
「分かった。やっぱり思った通り。貴方は大量の魔力を体の中に宿してるわ」
「確かに俺は人間からすれば魔力は多いが、それはドラゴンだからだろう?」」
「生まれ持った魔力の事じゃなくて。貴方自身でも把握できていない魔力の事よ、『天業合成』で生成されたスキルに不要だった分のスキルが、魔力として蓄えられているのよ」
俺のスキルは合成されて新しいスキルを生み出す。
完全に全て消費している何も残っていないと思っていたが、不要な部分があったのか?
「やっぱりよく分からない。詳しい説明を頼む」
マリーは実験の手を止めて、少し顎に手を当てて考えてから答えた。
「そうね……錬金術の考え方の基本には、全ての物は形を変えていき、それが世界を形作っていくと考えられているの。しかし、形を変えた物はそれでも自分が元は何であったかを覚えている。『合成』や『分解』はあくまで変化先をコントロールするための手段で、錬金術の本懐はそこにあるのよ」
「錬金術の話はよく分からないが、形を変えるっていうのは理解できる。地球の理科で習ったぞ。原子とか分子とかそいういう話だろ?」
これでも地球ではそれなりに、頭は良かった。
全国成績では中の上くらいだった。
マリーは少し呆れた様に首を傾げて、続けた。
「若干違うんだけど……正確には円環のように始まりも終りもなく、全ての形態を繰り返しながら、変化し続けるという原理よ。その原理はスキルも例外ではないの。獲得したスキルが長い間使われないと、消失する現象があるけど、それも魂に刻まれたスキルが長い時間を掛けて、魔力として霧散しているだけなのよ」
「ああ、それは知ってるよ。里で習った。……そうか、分かったぞ! それが俺の魔力になっている訳か!」
マリーは面白そうに笑みを浮かべた。
俺の鱗を摘まみ上げて、見せてくる。
「その通り。私の見識はこうよ。ヒトゥリの『天業合成』は【本来なら長年かけて霧散するはずの魔力】を一度に消費する事で新しいスキルを作り出している。そして、作るのに不必要だった【余剰魔力】は霧散せず体の中に貯蓄されていく」
「なるほど、その魔力を使えば強くなれるんだな?」
「ある問題を解決できればね、見て……『属性魔法・発火』」
摘まみ上げた俺の鱗から火が出ている。
基本的な属性魔法の1つで、簡単な詠唱と魔力さえ持っていれば誰でも使える魔法だ。
「それがどうかしたのか?」
「やっぱり分からないのね。今の魔法は私の魔力を使っていないのよ」
マリーがそう言って俺の鱗から出ていた火を消す。
どういう事だ?
魔力を使わなければ魔法は発動しない。
スキルでさえ体力や魔力を消費して発動するのに、魔法が魔力なしで使えるはずもない。
「貴方の考えている通りよ。魔法は魔力が無ければ発動しない。では私は今どこから魔力を取り出したでしょうか?」
どこからって……マリーの魔力を使っていないとすれば外部の、どこからか魔力を持ってきているって事だ。
「あっ、俺の鱗か?」
「正解。『魔力操作』で鱗の魔力を知覚して使ったのよ。私のいた時代では魔法使いの基本的な技術の1つだったんだけどね。今はスキルを持ってないと使えない人が多いらしいわね」
なるほどな。
ようやく分かってきた。
俺は大量の魔力を宿している。
しかし、その魔力は俺には知覚できないし、操作もできない。
そのために俺は『魔力操作』を覚える必要がある。
マリーは俺にそれを伝えたかったのだろう。
学者っぽいマリーらしく遠回しな伝え方だ。
「分かった。『魔力操作』を習得すればいいんだな。どうやって習得するんだ。基本的な技術というからには、効率の良い習得方法があるんだろ?」
「ええ、今から貴方には人間形態の上で、魔法だけで戦ってもらうわ」
「よし、分かった。さっそく始めよう」
俺は人間形態になり、持っていたグレイブを岩に立てかける。
身体強化をかけ、マリーの正面に立ち準備を整える。
「何をしているの? 戦う相手は私じゃないわよ?」
「え、だったら誰と戦うんだ? ここには俺とお前だけだろう?」
「いいえ、いるわよ。『竜笛』」
マリーが俺の鱗を天高く掲げ、呪文を唱える。
途端に俺の鱗から魔力の波が広がり、空気を振動させる。
人間の可聴領域外の音、ドラゴンだけが聞こえる隠れた音。
そしてこの音を俺は知っている。
「挑発の声じゃねえか! 何してるんだマリー、やめろ!」
「やめないし、もう遅いわ。ほら、この土地の主がやってきたわよ」
「グオオオオオオオオオ! ワシらの縄張りを荒らすのは誰だ!」
陽が隠され、まるでそこだけ大きな雲に覆われたかのようになった。
上を見上げると、俺より一回り大きいドラゴンが、空中にいた。
赤い鱗と体より大きい翼、空と陽を司るレッドサンドラゴン。
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