妹奪還会議
館の中に入ると、前回商談のために訪ねた時と同じ部屋に通された。
俺とシャルロは執事に促されるがままに座ったが、セルティミアは座らなかった。
あの全身鎧では座ったソファが壊れかねないからな……。
「これを持っておけ」
セルティミアはおつきの従者に兜を渡し、その顔を現した。
先ほどの戦闘での力強さとは裏腹に、美しく滑らかな黒の髪と赤茶の瞳を持つ繊細な顔立ちをしていた。
ただ1つ気になるのは、彼女の頭の上に見慣れない2つの物体が付いている事だ。
「……吾輩の顔に何かついているのか?」
あまりにも顔を注視し過ぎたせいか、声を掛けられた。
「悪い、ただ貴女の耳が……気になって」
「ああ、これか……獣人を見るのは初めてか。この国のほとんどは貴公のようなヒューマンだ。珍しいであろうな」
セルティミアは自らの頭にある半円形の耳に触れながら言った。
人間の物よりも毛深く、高い位置にあるそれは、前世での熊の耳によく似ていた。
……触ってみたいな。
「ヒトゥリ君、そんなにあからさまに見つめるのは少し失礼じゃないかな。珍しいのは分かるけどね」
「ああ、そうだな悪かったよ。田舎者なんで無礼は見逃してくれ」
「吾輩は別に構わん。それよりも気になるのは」
シャルロにたしなめられた俺が軽く頭を下げると、セルティミアはじっと俺とシャルロの2人を見つめ、言葉を途切れさせた。
そして俺とシャルロを交互に見た後に再び口を開いた。
「2人がどのような関係なのか、だ」
「どのような関係……とは?」
曖昧な質問に俺が思わず聞き返すと、セルティミアは言いづらそうに口元を押さえながら答えた。
「いやその……シャルロが仕事の仲間以外と歩ているのを始めて見たのだ。それに2人は仲が良さそうだから、もしかしたら……」
そう言ってちらちらと俺達の様子を伺う。
この騎士団長もしかして、俺達がそういう仲だと思ってるのか?
冗談じゃないぞ。
そういう仲どころか、俺はこんな恐ろしい奴とはできる限り仲を深めたくないんだ。
「それは勘違いだ。シャルロは街に慣れていない俺を親切にも案内してくれているだけだ。だから断じて、絶対に、そういう関係じゃない!」
「わ、分かった。随分と必死に否定するのだな。だが、そうなのか。邪推をしてしまい失礼した。許してほしい」
「私は別にいいんだけどね。ヒトゥリ君は私に興味ないの?」
隣に座るシャルロが俺の手を握り、目を見て微笑む。
見た目だけなら中世的な見た目をした美しい女性だ。
普通の男ならこれでていただろうが、俺はこの女が俺を怪しんでいて公権力を使って捕らえようとしている事も知っている。
愛想笑いをして、俺はシャルロの手を優しく除けた。
俺は決して落ちてなどいない。
だが俺がドラゴンでなくて、人間に転生していたら危なかった。
裏の顔を知っていたとしても、「あれ、この人もしかして悪い人じゃないんじゃないか」みたいに考えてしまっていたかもしれない。
これもドラゴンに転生した特典……なのだろうか。
俺達がしばらく戯れていると、ドアが開いてソリティアが入ってきた。
「皆さんお待たせしました。それでは会議を始めましょう」
それからセルティミアにこれまでのいきさつを話したうえで、ソリティアが商会の部下を使って妹の居場所の捜索を始めた事や正式に警備隊に捜索を依頼する事などを話した。
「それでは捜索は警備隊に任せたぞ。我ら騎士団は王都の外敵に対しての護りが役目であるからな。我らが動けぬ分まで活躍を期待しているぞ」
「うん、任せてよ。ソリティア様が正式に私達警備隊に通報してくれたおかげで、私の部下も動かせるようになった。妹様と彼女を攫った悪党を見つけ出すのに、そう時間はかからないよ」
「そうか、貴女らは優秀だからな。ソリティア様も安心できるだろう。それはそうと、そちらの……ヒトゥリ殿だったか。先程の件についてはまた、お詫びしたい。後日そちらの元に使者を送ろう」
「いやそんな堅苦しいお詫びなんて俺は……」
「これは騎士としての礼儀だ。どうか受け入れてほしい」
そう言って、俺が否定する間もなくセルティミア達、騎士は王城まで帰ってしまった。
……物理的な意味でも、考え方でも頭が固いんだなぁ。
「それでは早速行こうか。プラム嬢が待っている。私達にゆっくりしている暇はないよ」
と、呆気に取られている間にシャルロまで先に行ってしまう。
人命救助のためとはいえ、こいつとも一緒に居たくはないんだけどな。
「行くってどこに? プラムの居場所はまだ分かっていないんだろう? ここでシャルロの部下の報告を待った方がいいんじゃないのか」
俺が後ろからそう呼びかけると、彼女は振り返った。
そうして少し笑ってから黙ってついてくるようにジェスチャーをして、先へ行く。
「……人の話を聞かないのはこの国の国民性か?」
そう呟いて俺もシャルロの後を追った。
沈む日がレンガ造りの壁を赤く照らす夕暮れ時。
シャルロはあの後迷いもなく歩き続け、街外れの人通りの少ない場所まで俺を連れてきた。
周囲には建物はなく、街の中心へと続く道路が俺達2人の前に引かれている。
「……ここがプラムの捕まっている建物なのか?」
俺が問うと、シャルロは一言そうだと返した。
すでに先程のような少し気の緩んだ感じはなく、目つきは鋭く建物を観察している。
「お前の部下が見つけた……って事だよな、多分」
「私の部下には優秀な者が多いからね。彼らの中には気づかれないように後をつけるのに特化した者もいる」
「そうか、それは警備隊としての部下か? それとも……秘密警察としての部下か?」
俺が口にした言葉に、シャルロは大して驚いていないようだった。
その目も建物から外さずに、しかし意識は俺に向いているようだ。
「やはり気付いていたんだね。私が君を怪しんで監視していた事も。だとしたら不思議だな。なんで今日、君はここまでついてきたんだい? 君を監視している奴となんて一緒に居たくないはずだろう?」
シャルロからの質問に俺は答えなかった。
その答えは分かり切った物だからだ。
そしておそらくその答えを彼女は知っている。
だから、逆に俺から聞いてやる。
こいつは本当に信用できるのか?
プラムを助ける時、背を任せられる人間か?
「それはこちらのセリフだ。怪しんでいるのなら、なぜ俺をここに連れてきた? そもそもなぜ俺をこの件に関わらせた? ソリティアに事情を聞こうとしていたあの時、警備隊として俺を帰らせても良かったはずだ」
シャルロはそこでようやく視線を建物から外して俺を見た。
その瞳は暗かった。
秘密警察としての顔――普段警備隊長として見せている、微笑みを張り付けた顔ではなく、冷徹さを以って国の内部を守る機構の顔。
多少威圧されながらも、その瞳をじっと見ていると彼女は口を開いた。
「君の監視のためだ。王都の内部を荒す不穏分子が私の元から離れれば、危険性が増す。幸い君は暴動を起こすようなタイプではなく、この国に溶け込むタイプだ。上手くやれば協力させられると考え、君を今回の件に関わらせた」
俺が王都に入ったあの日聞いた冷たい声。
やはりこいつは俺の事を殺そうとしているのか、油断した所を襲い捕らえようとしているのか。
……いざという時には、やる覚悟をしないといけないのか。
「ただ……」
俺が心の中でしていた武器を構える準備は、シャルロの再びの声で中断された。
「ソリティア様が聖堂の崩落に巻き込まれそうになった時に、必死に助けようとする君を見て、少しは君の事を信用してもいいのかもしれないとも思った。ここに連れてきたのはそれが理由さ」
彼女の声は和らいでいた。
いつも聞いていたあの声だ。
戸惑う俺の前に、彼女がパンを差し出した。
「今あの中で、私の部下がプラム嬢の居場所を探っているんだ。彼の報告が来たら私達も突入するから、それまでゆっくり休んでおこうか。ほら、木の実入りのパンを持ってきたんだよ。君も食べるかい?」
いつの間にか声も顔も警備隊のシャルロに戻っていた。
……結局俺はこいつを信用していいのだろうか。
俺はパンを受け取りかじりながら考えた。
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