外伝:転移者達の事情

 モスワ皇国宮廷で皇帝と大臣達、そして異世界より召喚された勇者である竜輝と、その友人の布留都による会議が行われていた。

 会議が始められ、大臣達から幾つかの報告が為されるが、皇帝はそれに何も答えない。

 ただ彼らが会議を進める卓よりも数段上の玉座から、好きにしろと言わんばかりに虚空を見つめる。皇帝ユーべリウスとはそういう者であった。

 彼が興味を示すのは他国への侵略、そして皇帝の為すべき裁定のみであった。

 そうしてそれらの前座が終わった頃、大臣の1人が本題に入った。


「それではお次は勇者殿……。天業竜山に棲むドラゴン共との協定締結の任務報告をして頂けますかな?」


 わずかな間、沈黙が流れる。

 報告と題してはいるが、この場にいるほとんどの者が、勇者達が失敗して逃げ帰ってきた事を、各々の情報網を使い知っていた。

 重い空気の中、竜輝の隣に座っていた布留都が発言する。


「その報告は僕が行いましょう。まず協定締結は失敗です。天業竜山を目指し皇国から出立した我々勇者パーティーは、天業竜山麓の天業樹海において魔物の群れと戦闘を行いました。その直後コモンドラゴン、メタルドラゴンによる襲撃を受けました。対話の余地なしと判断し、戦闘。双方傷を負ったため一時撤退し、帰還しました」


 報告を受け、大臣達はざわめく。

 「勇者殿が失敗した。この協定には国の命運が掛かっているのに」と。

 勿論彼らは既に知っている事を再度確認したに過ぎない。このざわめきはただのパフォーマンスである。

 目の上のたん瘤である勇者達を蹴落とすための。


 戦争の戦力として異世界より召喚された竜輝達は、初めは派閥に取り込もうとする有力者達に囲まれていた。

 しかし、竜輝は誰かに後ろから操られる事を嫌い、その誘いをことごとく断っていった。

 代わりに皇帝の娘であるジプソフィア――ソフィアと呼ばれる皇女と婚約関係を結び、次代の皇帝としての一手を作った。

 尋常ではない戦力を保有し、武力や市民からの人気の高い竜輝には大臣や貴族達も口を挟む事はできず傍観する事しかできなかった。

 そんな時分に、南のセラフィ王国征服の足掛かりとなる天業竜山付近への行軍の許可を取る協定を結びに行った勇者が失敗したのだ。

 大臣達はこぞってこの失敗の責任を取らせようとした。


「おやおや、勇者殿。これでは我々は南への征服ができませぬぞ。それどころか、天業竜山付近のドラゴンに怪我を負わせたとなれば、これは古の協定に違反した事になる。ドラゴンとの関係悪化は避けられますまい。さあ、どう責任を取ってくださるのですか?」


 古の協定――。遥か昔に増長した皇帝が天業竜山を征服しようとドラゴンに戦争を仕掛け、それは酷い敗北を喫し、その際に人間とドラゴンのどちらからも侵略を行わないという協定を結んだ。

 それが破られればこの国も無事では済まない……が、権力闘争にのみ固執してしまった大臣達には、この事に気付ける者はいなかった。

 ただこの事件を、勇者を蹴落とすために使えるとだけ判断し、口々に勇者に責任を取らせ領地や貸与された皇国軍の返還を求め続ける。

 聞くに堪えない騒音だった。竜輝は目を閉じた。

 何も知らない癖に好き勝手言いやがって。あのドラゴンがどれだけ強いか知らないんだろう。

 怒りのあまりにこの場にいる全員に斬りかかりそうになる気持ちを抑え、何とか勇者は口を開いた。


「聖のせいだ」


「聖と言うと……お仲間のユカワヒジリ殿の事ですかな?」

 

 大臣達は静まり返っていた。

 竜輝は自分の口から出た言葉に驚きながらも、幸いだと弁をまくし立てる。


「ああそうだ。あいつはあのドラゴンと知り合いだった。最後にあいつとドラゴンが会話をしようとしていたのを俺達は聞いた。そうだろ、布留都?」


「ええ、そうですね……。確かに彼らは知り合いの様でした。大方何か因縁があり、それであのドラゴンは僕達を見かけただけで攻撃をしてきたのでしょう」


 布留都は竜輝の言葉に乗って、聖を売った。

 そもそも、彼らの仲間意識は薄かった。

 異文化交流部などという同じ部活に所属していたが、この異世界での生活を除けばたった1年に満たない付き合いだ。

 そしてこの異世界に来てからは、それぞれ生き残る事に必死だった。慣れない戦い、元のいた世界と比べると低い生活水準、そして宮廷の権力闘争。

 どれもが、彼らにとって苦しく、早すぎた。

 自分達が生き残るためには、もはや仲間を切り捨てる事もこの2人にとっては抵抗のある事ではなくなっていた。


 大臣達が勇者達の仲間を売るような発言に眉をひそめる者、勇者の権力が削れたと喜ぶ者、様々な反応をする中で鐘の音が響いた。

 皇帝の横に控えた従者が鳴らしたのである。

 皇帝の発言する合図であるこの音を聞いた大臣達は静まり、声を待つ。


「此度の失敗及び不忠はそなたの仲間であるヒジリに責があると言うのだな。……ならば、その者を皇国からの追放処分とする。手配書を交付し、二度とこの土地を踏ませるな。会議は以上だ」


 老人の低く静かな声が届くと、大臣達は一斉に皇帝の意を実現するために動き出した。

 こうしてこの日からモスワ皇国内に、湯川聖の居場所はなくなった。

 その3日後、宮廷内全域に恐ろしい魔物の声が響き渡った。


「貴様らが我が息子を傷つけた人間達か……。900年前の過ちを忘れ、再び我らの土地に手を出そうとするとは、愚かな者共よ。その愚かさを自らの身の滅びを償いとして知るがよい」


 声の終わりと共に宮廷の上空に

 空を割るように現れた雷が宮廷を破壊していく。

 庭園、後宮、大門……。宮廷の大部分を破壊し、そこに住まう人々を悲鳴を上げる間すらなく消し飛ばし、ドラゴンの長老の復讐は完了した。

 かろうじて無事だった皇帝やその皇子達、勇者や大臣は自らが手を出してはならない物に手を出してしまった事を理解した。

 



 聖は街の裏路地を走っていた。

 既に日は沈みこんな裏路地には聖以外には誰も人影はない。……はずだった。

 聖の後ろに足音は2つ。

 真後ろを聖の足跡を追う様についてくる音、路地の建物の屋根の上を通る音。

 逃げる聖を囲うように回り込んでいく。

 つい先程、聖の手配書がモスワ皇国全土に発布された。

 聖はもはや昼の街を歩くこともできず、夜でも警察に見つかればこのように追われる身となっていた。


「くっ! 行き止まりか! もう戦うしかないか……」


 懐に隠して持ち出したナイフを構える。

 聖のユニークスキル『天賦武術』は全ての武器を、武術系スキルを所持しているのと同じレベルで使う事ができる。

 とはいえ、ナイフでは剣で武装した警察2人を相手にするのは分が悪い。

 速度を落として近づいてくる足音を、魔法により身体能力を強化して待ち構える。

 角を曲がり影がゆっくりと現れた。


「……なんだ? こないのか?」


 様子を見ていると、影が力なく倒れた。

 そしてその影と入れ替わるようにして、新たな人影が現れた。

 人影は聖の持つ灯りに照らされ、容姿を映し出した。

 黒く長い髪を持ち、柔らかい笑みを浮かべた少女。


「聖先輩……大丈夫でしたか?」


「絵里、助けに来てくれたんだね。ありがとう。でも俺は手配中なんだ。俺と一緒にいる所を見られた絵里にも迷惑が……」


「『明星の軌跡ダウンジャーニー』」


 少女は杖を上に掲げ、呪文を唱えた。

 天体魔法。こちらの世界の星々を模した魔法であり、しかし少女の使う天体魔法は故郷の星に寄っていた。

 杖から星を模した魔力光が飛び散り、聖へと向かっていく。


「な……絵里、何を!」


 そして聖の当たる寸前、目の前でそれは楕円を描くように上空へ飛んで行った。

 魔力光の弾ける音が聖の頭上で鳴ったかと思うと、目の前に剣を持った男が落ちてきた。

 男が身に着けているのは、モスワ皇国の警察の制服であった。


「聖先輩を追っていた警察は、1人だけじゃありませんよ?」


 気を付けてくださいね、と笑みに注意を浮かべながら笑う絵里を見て、聖も思わず口元を緩ませた。

 絵里は自分よりもしっかりとしている。聖は自分が何を言っても、絵里がついてくると確信した。

 聖は絵里と共に路地裏を抜け、都の門をひっそりと通り抜けた。


「これから行く当てはあるんですか? 私達の前から勝手にいなくなった時、もう皇国にはいられないと言っていましたけど」


「ああ……。西に行こうと思っているんだ。フォーク連邦国、だったっけ? 20年前に皇国から独立したあそこはモスワと対立しているし、戦える人材を募集しているって聞いたことがあるからね」


「そうですか。長い旅になりそうですね」


 2人は共にモスワの宮廷に昇る日に背を向け、歩き始めた。

 こうして聖と絵里は勇者達と袂を分かった。




 オーラの雷霆により半壊した宮廷の中を、金髪の女が闊歩する。

 いつも宮廷の道の真ん中を歩く大臣達は、ドラゴンや破壊された宮廷の対処に追われ慌ただしくしている。

 今、この宮廷を優雅に歩くのは単純な戦力としてのみ、期待をされている彼女だけだった。

 彼女は自らの特権階級を噛みしめながら、破壊された庭園を見てため息をつく。


「これで庭園が綺麗だったら完璧だったのに」


「英語ですか。僕は話せませんが、何を言っているのかは分かりますよ。ええ、見事な庭園がこんな事になって残念です。ケイトさん」


 女の前に眼鏡を傾けながら男が立つ。

 女は男の顔を見ると、今までの物憂げな顔を一変、笑顔にして話し始める。


「布留都! 本当に綺麗な庭園だったのに、悲しいデース。あのドラゴンと戦わなければ良かったと思ってマスか?」


「……いいえ、あのドラゴンは怒りに我を失っているようでした。どちらにせよ戦わなければいけなかったでしょう。それよりも問題は事後処理……聖と絵里を失った事です」


「オウ、確かに聖は友達。けど、私達は聖のせいでドラゴンと戦う事になりマシた。それにエリーは聖の事が好きデース。2人が一緒なら幸せデス」


 そういう事ではないのだが。布留都は口の中で呟いた。

 そもそもドラゴンが襲ってきたのは聖のせいではない。聖とドラゴンが知り合いであった事は、また別の問題である。

 布留都はそれを理解していたが、あの場で竜輝が先走ってしまったために、それを言い出せずにいた。


「まあいいです。僕達は聖と絵里を失い、【天賦の戦士】と【極白の聖女】みすみす2つの権力を失いました。得た物は何もない。今回の遠征は失敗でした」


「フーン……。それならちょっと考えておいた方がいいかもしれないデスね。」


 2人の間に沈黙が訪れる。

 お互い表面的には友好的だが、何か心に隠している物があると分かっている。

 これ以上は話し合うべきではない。

 どちらともなく、2人は別れの挨拶をしてすれ違っていく。

 と、何歩か進み突然ケイトが声を上げる。


「そうデシタ。布留都、『欲望の繭』って知ってマスか?」


「いえ。知りませんよ。スキルの名前ですか? どこで聞いたのでしょうか」


「宮廷の本か何かだと思いマス。ほとんど覚えてないから聞いたんデスよ」


「そうですか。それでは今度こそ、失礼します」


 そして、2人はお互いが見えない位置まで歩くと笑みを浮かべた。

 女は自らが、ユニークスキル由来の知識を持つ男でさえ知らない、特殊なスキルを得たのだという優越感から。

 男は竜の魔法、そして『欲望の繭』という新しい研究対象が2つも見つかった悦びから。

 勇者パーティーに残ったのは暴力、権力、探求。それぞれが醜い欲に溺れた罪人達。

 欲望の行きつく先に破滅がある。普遍的な説教を、彼らは知りながらも、それを止める事ができずにいた。

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