ラッコちゃん劇場! その4

 足立羽との情報共有を終え、俺はアプリを閉じる。


 ……足立羽に説明しながら、頭の中であらためて持つ情報を整理した……。

 現在、この俺のキャラは、情報にあった『友人と作った盗賊団』を抜け、ゲームの舞台となった『町』にいるということだろう……。

 ならその友人、というのも、誰かに設定されているはずだよな……?


 少なくとも足立羽ではない。彼女のキャラ情報とは接点がない設定だったわけで……——自分しか知らない情報がある今なら、全体ログは有用だろう。もう一度だけ覗いてみよう。


 一度閉じたアプリを開き、広場へ向かって、全体ログを見る。

 検索してもいいが、ここは古い順に読み進めていこう……。虚実が入り混じる、というややこしいことはない。

 カードの情報を、コピー&ペーストした場合にしか、全体ログには貼り付けられないのだ。だから嘘はないはずだ……。それはつまり、全体ログ以外では嘘も混じるということでもある。



「あった」


 見つけた。やっぱりそうだったか……、なんだか、既視感があったように感じたのだ。

 俺のキャラ設定と被る設定を持っていたのは、俺のクラスメイト――。


 アプリが提供されたばかりの頃に、一度見せてもらったことがある。その時は気にもしなかったが、『盗賊団』、『裏切り』という言葉が印象に残っていた。

 彼はもうプレイしていないらしいが、情報を全体ログに残しておいてくれたおかげで、俺も閲覧できている……。もっと深く知りたい……ということで、彼と連絡を取ってみることにした。


 聞いてみると、情報はロックされているらしい……、忘れていたがこれはコミュニケーションツールである。つまり他人のQRコードを読み取れば、情報はアンロックされる……はず。

 誰でもいいのかは、今はともかく、試してみて損はない。



 翌日、教室で試してみると……友人の情報がアンロックされたようだ。


「あれ? 解除されたな……北大野きたおおの以外じゃ解除されなかったのに」


「そうなのか? 俺以外じゃ……つまり、やっぱり俺のキャラとお前のキャラは繋がりがあったってことなのかもな」


 解禁された情報を読み進めてみると――、


「これ、さ……誤魔化してるけど間違いなく、『あの人』だよな……?」


「ネタ切れを起こして、苦肉の策で取り入れたって言うより――多少の脚色があってもほとんどが『そういうこと』って、話だよな……?」


 俺たち以外を確かめたわけではないので確信は得られないが――。


 ファンタジー風に言い換えてはいても、使われている単語を現実に即して戻せば、あり得ない設定でもないわけで……。


 恐らく、プレイしている生徒の中にはぴんときている者もいるだろう……、その上で収集しているのか、そうでないのかで、全体ログに載せる危険度が変わってくる。


 自分が持つ情報がキャラ――つまり他人のものだと考えると載せる抵抗はないが、逆に言えば簡単に全体ログに載せられてしまう危険性もあるのだ。


 でも、分かっても止めようがない。


 騒げば騒ぐほど、面白がる者は出てくるのだから。


「……制作者は生徒会なのか? ……でも生徒会長の情報まで載ってるし……」


「自分を含めて、例外なく設定に使っているのかもしれないね。そこまで覚悟があるなら問い詰めても解決にはならなさそうだね……。

 ひとまずは様子見でいいんじゃない? そろそろ授業も始まっちゃうし」


 先生が教室に入ってきたことで会話は中断。


 とりあえず、今は忘れて授業に集中を……できるわけがなかった。



 昼休み――。


 前日、足立羽と約束していたため、食堂ではなく屋上へいく階段の踊り場で昼食を取ることになった。

 彼女がお弁当を作ってくれたのだ……、建前は料理の練習を経ての味見だが、恐らく俺のために作ってくれたんだろうなあ、ということが分かる。


 懐かれていることは分かっていた……その上で、演技の練習としてぐいぐいきているとしても、嫌な好意の向けられ方ではなかった。


「どーですか手作りお弁当っ、全体的に甘い味にしていますっ」


「卵焼きが甘いのは分かるけど、白飯、唐揚げ、にんじんにブロッコリーまで甘いのは足立羽の好みなのか?」


「ですよー。……あれ? せんぱいは甘いの苦手でした?」


 不安そうな顔をしながら聞くな。

 そうだ、とは言いづらいだろ……。


「まあ、これはこれでありだよ」


 食べ進めると、「うふふふ」と笑みが止まらない足立羽である。


「美味しいですか?」

「美味しいよ」


「胃袋、掴まれました?」

「毎日は食いたくねえ」


 むすっとした足立羽だったが、俺の言葉が照れ隠しだと思い込んだらしく、人差し指を俺の頬へ近づけ、つんつん、と小突く。


「明日も作ってきましょーかー?」


「……おまえが作りたいだけなんじゃないか?

 ……それとも、買い過ぎた材料を消費する受け皿を俺に決めたってだけじゃ……」


「明日も作ってきますからね! 素直に食べてください! つべこべ言わずに!!」


 フォークに突き刺した小さいハンバーグを俺の口にめがけて突き刺してくる……まるで槍のように。噛まずに直で喉にいくところだったじゃないか……危ないっつの。


 広がるソースの香り、甘味が続いた後での辛さはより美味く感じた……。


「ふふっ、全部食べてくれるなんて、意外と量があったんですよ?

 せんぱい、あたしの作った料理、好きみたいですねー」


「腹減ってたし、そりゃ目の前に出されたら全部食えるよ……」


 こっちは食べ盛りの高校生だしな。


 満腹になったせいか、眠気が一気にきた……。昨日、アプリの隅から隅まで、夜遅くまで読み込んでいたせいか、寝不足なこともあって、睡魔に抗えなかった。


 ふわあ、とあくびをしたら、ぐいっと腕が引かれ、俺の頭が柔らかい感触に着地する。


 見える天井との間に足立羽の顔があった……、俺、寝転がってる……?


「おやすみなさい、せんぱい」


 足立羽の手の平で目元を覆われ、一瞬の暗闇からあっという間に――、


 俺は意識を手離した。


 〇


 意識が覚醒してきたと思えば、ごそごそとポケットが探られている感触がしてゾッとする。

 人の手が入り込んでいると気持ち悪さもあるが、寝起きにこれだと単純に怖い……、スマホと財布しか入っていないが、盗られたらまずいもの、二つだ。


 完全には起きず、薄目で様子を窺う……。

 眠る前、足立羽に膝枕をされているような気がしたが、勘違いだったか……? 良い匂いがするブレザーを丸め、それが枕になっていた。


 足立羽のか? 

 目の前の彼女は、ブレザーを着ていなかった。


「ない、ないないない!? っ、スマホのロックは調べておいたから良かったものの……やっぱりアプリをアンインストールしたって、解決にはならない。結局、またダウンロードされたら振り出しに戻るだけ……ならやっぱり、大元のカードを破ってしまえば――」


 財布を抜き取り、中身を探る……、ポイントカードなどを出して確かめるが、足立羽が探している目的のものは見つけられなかったようだ。

 ……カード?

 ああ、生徒会から配られたQRコードが描かれているあのカードのことか……?


 財布にはねえよ。

 さらに言えば、今の俺は持っていない。失くしたら大変だと思って家に置いてきたのだ。


 同時に、盗まれることも警戒して――。


 そう、足立羽……、


 今おまえがしていることを、俺は事前に予測していたわけだ。



「弁当に睡眠薬でも入れていたのか?

 ……ぐっすり寝た気分だが、深く短時間の睡眠だったみたいだな」


「っ、せんぱい!?」


 彼女の細い腕を掴んで逃がさない。

 抵抗をする足立羽を――腕だけじゃない、残った片手で彼女の肩を掴み、引き寄せる。


 起き上がり、膝立ちのまま――同じ目線の足立羽を壁に叩きつけ、固定する……、

 逃げられないように少し強めに拘束をして……さて。



「……俺が持つ『設定』を削除することが目的だったか……。

 ――だから俺に懐いてきた……違うか?」

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