劇作家・平澤光インタビュー書き起こし

(カタ、とレコーダーを机に置く音)


――はい、では早速よろしくお願いします。えー、現在公演中の「奇語―キガタリ―」ですが、こちらは主催されている劇団「因禍いんが」としての公演ではなく、平澤さんのソロプロジェクトなんですね。


ええ、劇団員に迷惑をかけるわけにもいきませんので(笑)。前々からこういう挑戦的なスタイルはやってみたいと思っていたんです。


――劇場はSHINJUKU ■■というライブハウス。そして平澤さんは「平澤ひかる」としてステージに上がり、怪談を語る……という、これはいわゆる「怪談ライブ」の形式ですね。


はい、フライヤーやホームページにも、あたかも怪談ライブであるかのように記載しました。平澤が怪談に挑戦、的な煽り文句で。ですが実際は「のてい」、ですね。怪談ライブ「の体」で行う演劇作品です。


――観客は最初は本当にただの怪談ライブだと思って聞いているんですが、途中から怪奇現象が起こり始めて……。私も初日に拝見したときは本当に驚きました。本当にが起きてしまったのか思って。


そう言っていただけたら狙い通りですね。公演期間前半はお客さんにも箝口令を敷いて、皆さん協力してくださったので毎日新鮮な悲鳴が聞けました(笑)。


――平澤さんはこれまで、「沈む球体」「忘れの地」といったウェルメイドなホラー作品や歌舞伎の怪談物を翻案した「現代夏狂言」シリーズなどを手がけられてきました。(平澤の咳払いの音)いずれも緻密な物語が特徴でしたが、今回の「奇語」はあえてそういった物語性を封印されていますよね。どんなきっかけがあったのでしょうか?


実はもともと、心霊ドキュメンタリーが好きなんです。「ほんとにあった!呪いのビデオ」シリーズとか。最近は「闇動画」「心霊パンデミック」なんかもよく見ます。最近はYoutubeでも心霊系の方が増えてきていて。あとは2ちゃんねるの「洒落怖」って呼ばれる怖い話も、稽古の帰りに読んでたりとか(笑)。そういう虚実のあわいというか、「現実の話」として提供される怖い話って、独特の魅力があるんですよね。もちろん、自分が普段やっているようなホラー演劇や、「女優霊」「リング」のようなホラー映画にも、フィクション特有の面白さがあるんですが、(衣擦れの音)もっと現実に侵食してくるような恐怖をどうしても作ってみたかったんです。


――しかし、ただ実話で勝負するのではなく、実際に怪異を観客に体験させるというのは新鮮ですね。


着想のもとになったのはフェイクドキュメンタリーの映画やドラマ作品です。「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」が有名ですよね。「放送禁止」シリーズなんかが特にそうですが、ある種の騙し討ちというか、ドキュメンタリー、つまり現実の話なんだと思わせておいてとんでもないものを見せる。あるいは「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」シリーズのように、現実の話として始まるのにとんでもないところに着地する。そういう仕掛けって従来の演劇ではどうしても難しいなと思っていて。だって、そもそも舞台に立っている時点で日常からはかけ離れていますからね。舞台は虚構性が強いんです。(ペットボトルのキャップを開ける音、嚥下音、キャップを締めて机に置く音)すみません。

で、それが悔しくて(笑)。映像ではあんなに面白いホラーが次々と生まれているのに、演劇では出来ていないと思ったんですよね。文字や映像、あるいはマンガやゲームといった他の表現方法に比べて、舞台というジャンルのホラー表現はまだまだ洗練されていないんじゃないか、と。それで、舞台でも現実と接続できる方法を考えた時に、「ライブ」を思いつきました。


――たしかに、怪談ライブに限らず、音楽ライブでも、舞台上にいるのは役ではなく、語り手本人であり、ミュージシャン本人です。(衣擦れの音)一般的な舞台演劇は役者同士で演技をしますが、今回の「奇語」は「語り手役」として「観客」に向かって演技をしているんですね。


今回は「語り手役」イコール「本人役」で、それを「役」だと明かさずに始めるというのが、「奇語」のフェイクドキュメンタリー的な部分ですね。


――怪奇現象の表現についても聞かせてください。「奇語」は、開演から30分程度経った頃に初めて怪奇現象が起こります。と言っても、聞き違いかと思うような「さーさー」もしくは「かさかさ」といったような小さな物音です。もしかしたら気付いていない観客もいたのではないかと思うのですが、あえてこのような演出にした意図はなんでしょう。


僕ね、ジャンプスケアが嫌いなんですよ(※ジャンプスケア…突然大きな音や恐ろしい画像を出して驚かせる演出)。いや、必要に応じて、スパイスとして使う分には構いませんよ。でも、そもそも恐怖と驚きは別ものなんです。それに、あまり大げさなことをやってしまうと、今回意図している「現実への侵食」が果たされなくなってしまいます。というのも、大げさな演出はせっかく排除した「虚構性」を連れ戻してしまい、「なんだ、そういう設定か」と観客を安心させる隙を作ってしまいます。序盤ではそれを避け、観客に不安の種を植え付けるために、あえて控えめな演出を繰り返しています。


――「あれ、私の気のせい?」と思いつつ、ちょうどその時に語っている怪談が音にまつわるものなので、じわじわと不安になりました。舞台上の平澤さんが気付いていないようなのがまた不気味で。その後いくつかの恐怖演出があり、「平澤」自身も怪異に気付いていきます。ほとんどの方が気づかないであろう、客席後方にただ立っているだけの女性など、平澤さん以外のキャストもこのあたりから登場します。クレジットされていませんが、出演しているのは劇団のメンバーですか?


(衣擦れの音)いえ、劇団員は今回はノータッチですよ。最初にも言いましたが、彼らに迷惑をかけるわけにはいかないので。


――は、はあ……。えーっと、恐怖演出は日替わりになっているんですね。私は初日に拝見しましたが、他の日には舞台袖に男性が立っていた……これはスタッフさんかもしれませんが(笑)、あとは客席の壁のほうから声が聞こえた、最後列の観客が肩を触られた、(衣擦れの音)さらに舞台上の平澤さんの足首を掴む手が見えた……など、公演期間の後半に行くにつれてよりショッキングな演出になっています。これ、どういったトリックになっていたのでしょうか?


(衣擦れの音)演出は変えてませんよ。


――え?


(衣擦れの音)僕が用意したのは最初の音の演出とクライマックス部分だけで、(衣擦れの音)それ以外の演出はしていませんよ。


――どういうことですか?


田中さん、(衣擦れの音)聞こえませんか? あの音も今(衣擦れの音)えている音をそ(衣擦れの音)ま再現した(衣擦れの音)けなんで(衣擦れの音)虚構と(衣擦れの音)つを越境す(衣擦れの音)はじ(衣擦れの音)きたこ(衣擦れの音)もそんな(衣擦れの音)っちゃいけな(衣擦れの音)ってるんで(衣擦れの音)よだか(衣擦れの音)いわくをか(衣擦れの音)れない(衣擦れの音)すか


(レコーダーのすぐそばで鳴っているようなガサガサとした衣擦れの音が12分28秒続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る