第44話 雪解け間近なようです

 雪が降ったり止んだり、たまの晴れ間があったりしながら子供達が少ない日々を送っていると、あっという間に雪はちらつく日も少なくなり、積もって歩行を邪魔していた雪もほとんど溶けて所々に高く積み上がっているだけとなった。

 雪が多い日に何度も雪を積んで補強を重ねていたかまくらはまだ溶けていないが、それでもそろそろ大きいかまくらは維持が難しいだろう。


 そんな中いつも元気に走り回っているハーツを預かる期限の終わりが近づいて来ていた。


「ハーツ!朝食だよー。戻っておいでー」

『ワンッ!!』


 朝起きて、朝食を作っている間もずっと周囲を走り回っているハーツに声を掛け、アインス達の前に皿を並べた。


「はい、ハーツ。ゆっくり食べるんだぞ?」

『ガフガフッ!』


 ハーツに出しているのは生肉だ。フェンリルは氷山のような場所で普段は暮らしているそうで、暑さが極端に苦手で焼いた肉は熱くて食べられなかったのだ。

 それでもガフガフ言いながらお皿に顔を突っ込んで食べている姿を見ていると、いつも実家で飼っていた飼い犬のジローを思い出してしまう。


 まあ、当然犬じゃないから、俺の言っていることも分かっているから言うことも聞いてくれるんだけどな!


 それでもドライにハーツの言っていることを通訳を頼むと、いつもため息をついて「無邪気な子供が騒いでいるだけです」としか教えてくれないから、まあ、ちょっと犬っぽいと思っても仕方ないよな。


 だからそんなハーツとそろそろお別れだと思うと、この寒い冬が終わるという喜びも半減してしまう。


「ハーツ!今日は聖地へは、俺と一緒に歩いて行こう」

『ガウ?ワンッ!』


 朝食を食べ終え、また走り出そうとしたハーツにそう言うと、嬉しそうに返事をして俺の手をペロペロ舐めた。


「くすぐったいって、ハーツ。皆が来るまでは、走っててもいいぞ?」

『ワッフゥ!』


 ポンポンと頭を撫でつつそういうと、嬉しそうに走って行った。


『なんであんなに走るのが好きなのかね……。食後くらい、ゆっくりすればいいのに』

『いや、走りたくなる衝動は分かるぞ!まあ俺も食後はゆっくりするがな!』


 やれやれと言わんばかりのドライの言葉に、笑いながらツヴァイが答えるのを聞きつつ片付けを終えた。



 そうして今日もいつものように、ロトム、ライ、クオン、それにキキリとハーツ、それにアインス達と一緒に聖地へ向かう。


『ガウガウー』


 弾むように俺の隣に並んで歩くハーツについ手が伸びて頭を撫でると、うれしそうに手に頭をすり寄せてくる姿がとてもかわいくて、ニコニコ笑顔になってしまう。


『ムウ……。なんか今日はイツキ、ハーツとべったりなの!』

「ははは。だって、そろそろ冬が終わるから、ハーツとお別れになっちゃうからな。今日は俺が一緒に歩こうって誘ったんだ。な、ハーツ」

『ウォンッ!』


 ピョンッと飛び上がって抱き着いてきたハーツをなんとかかがんで抱き留め、そのまま抱き着いて身体全体を撫でまわす。

 柔らかい毛がとても気持ち良く、ずっともふもふしていたくなる撫で心地だ。


『ズルイ!ズルイのっ!私も撫でて!』


 そんな俺達に嫉妬したのか、クオンがピョンとハーツの背に飛び乗り、俺の手にぐいぐい顔を押し付けた。


「おお、クオン。クオンも入りたいのか?よーし、クオンも撫でてやるからなー!」


 そのままハーツとクオンと両手でおもいっきりもふもふ撫でまわしていたが、ハーツとクオンの勢いにとうとう押し倒されて聖地の花畑へ倒れ込んでしまった。

 まだかすかに残っている雪と花がクッションとなってそれ程痛くはなかったが、一気に胸元にかかった重みに一瞬息がつまる。


「うおお、お、重いっ!二人重なるのは無理だって!うわわっ、ハーツっ!とりあえずどいてくれって!」


 そんな苦しさから声を上げたのに、興奮が収まっていないのかハーツがそのまま俺の顔を舐め出した。


『あーーっ!ハーツ、ずるいっ!私もっ!』

「グフッ……」


 クオンがハーツの上から俺の胸の上に飛び降り、その苦しさから呻く俺を気にせずにペロペロとクオンも俺を舐め出す。


 あれ?これ前にもあったような……。


 茫然とそう思っていると、今度はぐい、と脇腹を押され、ハーツとクオンを胸に乗せたまま横へ転がった。当然ハーツとクオンはさっと飛びのいているから、俺はそのままの勢いで転がり花畑の上へとうつ伏せになる。


『ほら、イツキーーー!いつまでも遊んでないで早く行くぞーーーー!』


 ……この雑な助け方はアインスか!助けるなら、もうちょっと優しく助けて欲しい……。


 そう思いつつ起き上がると、ドライが離れた場所でやれやれとばかりにため息をついていた。



 顔を雪で洗って気を取り直すと、今度は左側にハーツ、右側にクオンと並んで歩いて世界樹の元へと向い、今日は全員でいつもの場所のすぐ近くへと到着した。


「じゃあ、ちょっと待っててくれな!」


 座って待つ体勢の皆に声を掛け、世界樹の根に近づいて行くとその後ろをハーツがとことこついて来た。


「お?今日は日課も一緒に行くか、ハーツ」

『ワンッ!』

「よし、じゃあ俺が止まったら隣で待っていてくれな」


 いつものようにマジックバッグから世界樹の葉を取り出して手に持つと、もう片方の手を世界樹の根に乗せる。

 目を瞑ると、雪が解けて土がむき出しになり、青々と茂っていた泉の周囲の植物の姿を思い出した。


 もうすぐ春、か……。ハーツとのお別れは寂しいけど、春になればまたケットシーとクー・シーの子供達も来るようになるだろうし、セランとフェイも来るよな。春は別れと始まりの季節、か。世界が変わっても、一緒なんだな。


 そんなことをしみじみ思ったからだろうか。その時世界樹の葉を手に思い描いたのは、温かな陽ざしを取り戻した太陽の光に照らされ、光合成をしてぐんぐんと新芽を伸ばす春の光景だった。


 魔力を注ぎ終わり目を開けると、いつもとは違い、上の方で光が一瞬チカッと眩く光った。


「うわっ!な、なんだ……?」


 驚いてその場でキョロキョロ周囲や上下を見回しても、何も変わったことはなく、目の前の世界樹の幹はキラキラと輝いている。


 い、今の何だったんだ……?ああ、でもいつもより煌めきは明るい気もするけど、でも色は変わる時はあったしな。でも、一瞬だけどあんなに光ったことなんて、今まで一度も無かったのに……。なんだったんだ?


 うーん、と首を傾げつつ煌めきが消えるのを見つめ、とりあえずドライにでも聞いてみるか、と振り返ると。


『ワッフゥーーッ!!ワフワッフ!ワオワオーーーンッ!!』


 ドーンまた腰に衝撃が走り、後ろに倒れかかるのを何とか片方の足を引いて踏ん張る。

 さすがにさっきと同じことを繰り返したりしないぞ!後でアインス達に何言われるか分からないからな!


「お、おい、どうしたんだ、ハーツ。何でそんなに興奮しているんだ?」


 何度もピョンピョンと飛び跳ねながら、俺の腰に頭をするよせ舐めまわそうとするハーツを、何とか落ち着かせようと頭を撫でてみるが、全く興奮が収まる気配がない。どうしたものか、と思っていると。


『んーーー?なんだか興奮していて、凄い、キラキラ、生まれる?とかなんとか言っているけど、興奮していて何を言っているのか分からないな』


 ドライが近づいて来て通訳してくれた。


 そうか、そういえばハーツは俺の日課について来たことは無かったっけ?初めて見て興奮しているのかな?


「そういえば、今、一瞬すっごく光っていなかったか?」

『ああ、確かになんか上の方で光ってたけど、僕にも何が起ったかは分からないよ。案外陽が差して光っただけだったのかもしれないし。まあ、嫌な気配は無いから、気になるなら後で父さんに聞いてみたら?』

「ああ、そうだな。そうするか」


 結局ハーツの興奮はしばらく収まらず、やっぱりクオンが飛びついて来て落ち着かせるのが大変だったのだった。






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