第90話
「そうだったの...なんだか私達って似た者同士ね...」
「あぁ、相手に裏切られたって点では一緒だよな。だからこそ分かり合えると思えないか? 同じ傷を舐め合う同士でしかもお互い幼馴染み同士でもあり、更にお互いが初恋の相手ときた。これはもうなにか運命めいたものを感じたりしないか? 俺達がこのタイミングにこの場で再会したことには、きっとそういった意味があると思うんだ。アンリエット、どうだろうか? 俺では生涯寄り添える相手として不満か?」
「いえ、不満はないわ。そうじゃなくて、私の方があなたに相応しくないって言ってんのよ」
「それは頬の傷のことか?」
「えぇ、瑕疵が付いた上に傷物でもあるのよ? とてもじゃないけど子爵夫人なんか勤まらないわ」
私は頬の絆創膏を擦りながらそう言った。パトリックの申し出は正直言って嬉しい。私もパトリックのことを好ましく思っている。
だがパトリックと結ばれて子爵夫人という立場になった場合には、夫婦揃って公の場に出る時などに、この傷のせいで間違いなく有ること無いこと噂にされてしまうだろう。中には私の過去を穿り返すような輩も現れて来ると思う。
そうなると、子爵家を継いだばかりで苦労しているパトリックの足を引っ張ることになってしまう。それだけは避けなければと思った。
「その傷は...消えないんだよな...」
「えぇ、医者の話では多少薄くはなるけど完全に消えることは無いそうよ。化粧を塗りたくって隠せないことはないけど、遠目からでもやはり不自然に見えるし間近で見られたら誤魔化せないもの。それじゃ社交も出来ないでしょう? そんな嫁を娶ったら苦労するのはあなたの方よ?」
「それなら社交なんてやらなくてもいい」
「なに言ってんのよ。そんな訳には行かないでしょう? ヘンダーソン子爵家が社交界から爪弾きにされちゃうじゃないの」
「構わないさ。こんな田舎の子爵家だ。社交界なんて綺羅びやかな世界は元々相応しくないと兼ね兼ね思っていたんだよ。だから俺は今年、面倒だったから社交シーズンに王都へは行かなかったんだ」
「それは貴族としてどうなのよ...」
私は呆れてしまった。貴族として生きる以上、社交界に身を置くのは義務だと言える。貴族間の縦と横の繋がりを紡ぐのが社交界だ。それを放棄してしまったら、いざというときに誰も助けてくれなくなる。
面倒だからと言って社交をやらなかったりしたら、自分で自分の首を絞めるようなものだ。
パトリックはちゃんとそのことを理解しているのだろうか?
私は不安になってしまった。
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