第60話 第三者視点

 目を覚ました時、アンリエットは自分がどこに居るのか分からなかった。


 頭がズキスキと痛む。視界が霞む。鉄錆のような匂いがする。どうやらうつ伏せの状態で木の床の上に転がっているらしい。体を起こそうとするが上手くいかない。チラッと視線を後ろに向ける。理由が分かった。


 後ろ手に縛られて床に転がされているのだ。そう思い至った時、やっと自分の身になにが起こったのか理解した。


 兄のロバートの住むアパートを訪れた後、部屋を出てから何者かに襲われて頭を殴られ気を失ったのだろう。鉄錆の匂いがするのは、どうやら頭から出血しているようだ。なんだか後頭部がヌルヌルする。それと視界が霞んでいた。血が目に入ったのかも知れない。


 段々と状況を把握したアンリエットは、次に室内を見渡してみた。この間取りには見覚えがある。兄のアパートの部屋と同じ間取りだ。ということは、アパートの空き室なのだろうか?


「あら、気が付いた?」


 その時、頭の上から女の声がした。目線を上げるとそこに居たのは...


「スカーレット嬢...」


 狂気を孕んだ暗い目をしたスカーレットが、アンリエットを冷たく見下ろしていた。



◇◇◇



 クリフトファーはロバートの住むアパートに辿り着いた。アパートの前にはフィンレイ伯爵家の馬車が止まっている。


 クリフトファーは御者席に座るセバスチャンに話し掛ける。


「おい、セバスチャン! アンリエットは居るか!?」


「く、クリフトファー様!? と、どうしてここに!?」


 セバスチャンはビックリした。この場所はアンリエットと自分以外知る者は居ないはず。なのになぜクリフトファーがここに居るのか。


「今それはどうでもいい! ここに兄のロバート殿が住んでいるのは分かってる! それよりアンリエットはどこだ!?」


「ま、まだお戻りになっておりませんが...」


 セバスチャンは混乱しながら答えた。


「ロバート殿の部屋に案内しろ!」


「し、しかし...」


 そう言われてもセバスチャンは戸惑ってしまった。クリフトファーはますますイライラしながら、


「早くしろ! スカーレットが逃げ出したんだ! もしかしたらアンリエットを尾け回しているのかも知れない!」


「な、なんと! わ、分かりました!」


 セバスチャンは慌ててロバートの部屋にクリフトファーを案内した。


「ロバート様! ロバート様!」


 セバスチャンがロバートの部屋のドアをドンドン叩く。ガチャリと鍵が開いてロバートが顔を出す。


「セバスチャンか!? どうした!? そんなに慌てて!?」


「ロバート様! アンリエットお嬢様はいらっしゃいますか!?」


「アンリ!? アンリならとっくに帰ったが!?」


「なにぃ! それは何時だ!?」


 思わずクリフトファーはロバートを問い詰めていた。



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