Mythosland:10 パナプティコンの憂鬱

 授業がおわると、カコとトモローがわたしの席まで来て、どうして変な質問をしたのか聞かれた。


「どうしても、自分が天使だったなんて信じられなくて。二人は信じてる?」

 カコは信じていないときっぱりいった。

 トモローは、信じてもいいかなと口を開けた。


「人のもつ想像力は、子供のときは誰もがみんなもっている。だけど、成長とともに人に出会い、世界を見て、知識を手にしていくかわりに衰えてしまう。だから、想像力は、いつも磨いていないと、ある日突然、風船が弾け飛ぶみたいに消えてしまうものだとおもう」


 人はかつて天使だったという話は空想の産物だけれども、飛べない人間の空への憧れみたいなものだよ、とトモローは笑った。

 なるほど、実に彼らしい。


「けど」

 トモローは力なくいった。

「空が飛べるからって、自由ではないと思う」


「どうして?」

 わたしとカコは、同時に彼を見た。


「空を飛ぶ鳥に、ぼくたち人は自由をみる。たしかに自らの翼でどこまでも飛んでくことは、ぼくたちにはできない。自分ができないことを望むのを憧れという。でもどうだろう」


 トモローはそういって、わたしとカコを見た。

 一瞬、ドキッとする。


 人が別世界を想像するとき、天国と地獄のように垂直方向でイメージしてきた。

 天に昇る。地に落ちる。

 科学の夢なら宇宙旅行か地底探検。

 つねに対称的な二つの世界にわけることで表現されてきた。

 けど、恋愛はちがう。

 恋に落ちる。天にも昇る思い。

 どちらも同じことをいっているのに上下で表現する。

 恋愛は、上下の感覚すらわからなくなるから?

 わたしは、ただ彼を見ていることだけしかできなかった。


「どうって、どうなの?」

「鳥たちは本当に自由なのかな。翼を持つがゆえに、羽根を休める場所を絶えず探さないといけないから、大変だろうね」


 彼の顔はどこかさびしげに見える。


「つまり」わたしはきいた。「なにがいいたいの?」

「自由とは、決まった帰る場所があることかもしれない」

「悲観的」


 わたしは笑って、カコを見た。

 やっぱり、つまらなそうな顔をしている。


「ホームがあることは、しあわせにつながるね」

「そんなの、どうでもいい」トモローの言葉をかき消すように、カコがいった。「うちらはみんな飛べない鳥よ、かごの鳥。街は巨大な鳥かごだよ」


 カコの言葉に、わたしは驚きと恐れに似た感覚をおぼえた。

 まさにわたしの状況にあてはまる。

 くりかえす毎日は、かつて体験した世界。

 新しい発見を求めながら、世界の外に抜け出すことを夢みている。

 まさにわたしは、かごの中の鳥だ。

 そして、鳥は空をみながら飛ぶことができないのだ。

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