Mythosland:08 翼の折れた天使たち

 翌日。

 交差点の横断歩道を渡ってくる二人を見て、遅いぞと声を張り上げる。

 ――と、信じられないものが視界に入ってきた。

 大型のトラック。

 なにごともなく左折し、横断歩道に突っ込んできた。鈍い音とともに、声を聞いた。トラックがスピードを落としてとまったとき、横たわる二人の姿を見た。血まみれの制服。おりかさなるように倒れ、ピクリとも動かない。

 体中の力が抜ける感覚とともに、わたしの意識は遠のいていった。


 ……。

 …………。

 ………………。


 目を開けると、わたしは自分の部屋にいた。

 なにが起きたのかわからなかった。

 悪い夢をみていたのだろうか。

 両親と朝食を食べて、学校に通う。

 カコがいてトモローがいて、以前となにもかわらない高校生活が続く――トモローの携帯電話の待ち受け画面が、カコの画像だったのをみつけるまでは。

 どうやら自分の人生を生き直しているみたいだった。

 二人の仲をもちつつ、三人仲良く過ごす学園生活。

 そして、突然訪れる二人の死。

 わたしは、忘れていた。

 大切な親友を事故でなくしていた事実を。

 忘れるはずがないのに、朝起きて一日が始まると、忘れていた。

 記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。

 どうしてなのか?

 それは、わからない。


 わからないけれどきっと、このときの自分は認めることができなかったのかもしれない。あまりのショックな出来事に耐え切れず、忘れることでしか、生きることができなかったのかもしれない。


 二人が事故に遭うと意識が途切れる。

 次に目を覚ますと、自分の部屋にいる。

 永遠の高校二年生。

 たちの悪い夢だ。

 どうすればこの迷宮の外にでることができるのだろう。

 クリアできるまで、何度もせ―プポイントに戻されるゲームみたい。

 きっと二人を死なせないことが、この世界から外に出る唯一の方法にちがいない。

 毎日のように「車には気をつけて」と注意を促した。

 通学路を無理矢理変えさせようとした。

 それでも、最後は同じ結末を迎えてしまう。

 それでもあきらめなかった。


 生物の授業中。

 白衣を身にまとう生物の大間先生に、人間のご先祖様の図表をみせられ、人の骨格図を書かされる。その名称を一つ一つ記入していると、誰かが「肩胛骨はなんのためにあるんですか」と質問をした。


「いい質問ね」白衣のポケットに手を入れながら、彼女は言った。「肩胛骨は人が天使だったときの翼の名残といわれています。いつかある日、また翼がはえて飛ぶために」


 笑い声が上がった。


「先生、それは嘘だって。子供向けのメルフェンでしょ」

「さあて、どうかしら? みんなかつて天使だったかもしれない。いつか空に還るその日まで、先生の授業を受けましょう」


 なぜか、大間先生がわたしに向かって微笑んでいた。


「それじゃあ、先生」

 わたしは手をあげて席を立つ。

「尾骶骨はなんのためですか?」

 半分嫌味ともとれるような冗談のつもりだった。


「おもしろい質問ね」

 先生は、目を細めて微笑んでいる。

「尾骶骨は人が獣だったときのしっぽの名残といわれています。いつか目覚めて、地べたに這いつくばる猫になるその日が来るかもよ」


 室内に、クラスメイトの乾いた笑いが響いた。


「それはあんまりうれしくないんですけど。猫はかわいいけど、なりたくないです」

「しっぽがあるのは、なにも猫だけとは限らないのでは? イヌとかキツネとかサルとかね」


 悪い冗談だ。

 わたしは、作り笑いをしながら席に座った。


 くり返す時間のなかで、わたしは試してみる。

 トモローの恋愛に協力しなければどうなるのか?

 それなりにカコと仲良くなり、なぜか二人は事故に巻き込まれる。

 二人を無視したらどうなるのか?

 二人と疎遠になり、つきあうようになった二人は事故に遭う。

 手を尽くそうが助けなかろうが、どの方法を選んでも、結果は同じになってしまう。努力しても変えられないのは、わたしには責任がないからかもしれない。

 当たり前だけど、自分の人生の責任は自分にしかないのだ。

 だとすると、事故に巻き込まれてしまうのは二人の責任だからなのか。

 あるいは、わたし自身、責任があると思っていないのかもしれない。


 ――これまでの考えを改めてみよう。


 そう思いながら、わたしはトモローの恋愛に協力した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る