Dream pilot:12 思うがままに生きればいい

 目が覚めて、わたしは重たい体をやっとの思いで起こした。

 何度目の朝だろう、何気なくカレンダーに目をむける。今日はわたしの誕生日だ。

 壁にかかる鏡の前に立つ。猫でもなければ、翼もしっぽも生えていなかった。

 誕生日をむかえていつも思うことは、いつからうれしいと思わなくなったのかということだ。

 あれは夢だったのだろうか。

 わたしは時計に目をむけるや、おどろき、叫んだ。


「遅刻!」


 身支度をすばやく整える。朝食をそこそこに、すぐに家を出た。駅まで続く道を小走りに駆ける。改札をくぐり、エスカレーターの左側を急いで駆け上がった。ホームにはたくさんの人が溢れているのがみえる。そこにちょうど電車が滑り込んでくるところ。あと少しだ。体の力を振り絞るように、走った。


 電車はいつものように走り出す。

 無理をしたおかげでわたしは、満員の車内にもかかわらす、空いた席に座ることができた。カバンから手鏡を取り出し、軽く汗をふき取った。まわりをみると、堂々と化粧をしている人の姿が目についた。わたしと同じくらいの年齢だろうか。歳だけとって中身が成長していない。そんな輩ははいて捨てるほどいる。そんな大人の予備軍、女子高校生のグループが騒いでいた。


「あたし、キティーちゃん嫌い」

「なんで?」

「魚のひれみたいなヒゲつけて、平気で首よこむいとるエクソシスト。かわいい顔して世のお子様をだましてる、ごっついおそろしい化け猫なんだよ」


 遠めで彼女らの様子をみながら、自分にもあんなころがあったかなと思い出そうとして、夢のこと、トモローとカコのことを思い出した。あれは本当に夢だったのだろうか?


「夢か夢でないか、その区別を見極めるのはむずかしいね」


 隣に座っている人がいった。どこかで聞きおぼえのある声。隣の人をみて、びっくりした。だって、そこにいたのは暗めのネイビーヘアーに色白で青い目をしたカスミだったから。


「おめでとう。無事に出ることができたようで。その前にはじめましてというべきかもしれないかな。翼もしっぽもない、普通の夢見人の姿をしたあなたに会うのははじめてだしね」

「その節は助けていただきましてありがとうございました。おかげでなんとか無事に戻ってこれました」

「礼を言うのはこっちもだよ。おかげで出られたし、娘も助かったから」


 実際会うのははじめてなのに、まるで旧友と再会したみたいに奇妙な感覚がする。

 でも、悪い感じはない。


「あれは全部夢だったんですか? それとも現実?」


 わたしは頭の中で膨らんでいく言葉をやつぎばやに、彼女に問いかけようとする。けど、口からすべてが一度にでることはできない。


「さてね、わたしにはわからないね」カスミは笑った。「わからないけど、その答えは、あなたが決めればいいことだよ」


 それをきいて、きっとすべてが夢で、すべてが本当のことだったのだと思った。

 理由は、隣にカスミがいること、それで充分だった。


「まあなんにせよ、あなたのおかげでうちの娘は、メギドの仕組んだゲームに勝てたんだ。普通、ゲームに誘われたら必ずといっていいほど誘われた側は負けるって決まってるんだけど」

 それにしても朝は混んでるねと、カスミはつぶやいた。

 好きでこの時間に乗っているわけじゃない、わたしはため息を一つもらした。


「どうしてわたしだったんですか? ゲームの賭けに選ばれたのは」

「それはどうして自分は生まれたのか、という質問と同じだね。そんなことを考えるよりも、一度きりの人生を生ききることのほうがはるかに大切だと知ったはずじゃない?」


 カスミはわたしの手のひらに、光る玉をのせた。窓から差し込む太陽の光に反射して輝く様は、むかし遊んだことのあるビー玉に似ていた。


「これは?」

「夢玉さ。わたしは夢泥棒だからね。夢見人から夢を盗るのが仕事。それはあなたの夢だよ。ミュートスラントでみた、あなたの」


 わたしの夢。

 それはトモローとともに生きること。

 親友のカコともいつまでも仲良しでいること。

 そして、叶うことのない儚い夢。

 わたしは結局、ひとりぼっちなのだ。


「この夢は、わたしには意味も価値もない」

「そんなことないさ」弱気になるわたしにカスミはいった。「死はふたつある。存在そのものの死。そしておぼえている者から忘れられて消えてしまう死。忘れたとき、本当に死んでしまう。誰だって、いずれ亡くなるときがくる。けど無くなったりはしない。あなたの体はなにでできてる? 細胞の集まり? ちがうよ。いままで出会ったたくさんの思いでできているんだ。忘れない限り、あの二人はいつも一緒に生きていて、どこに行くのもなにをするにも助けてくれる。ただ、いままでみたいに目で見えないだけ」

「見えないだけ?」

「そうさ。この世界には見えないものはたくさんある。ヨルも、夜風魚も、真如の月も、わたしら夢の住人も。もちろんあなたの背中にはえている翼も、きっとあんたには見えないだろうね」

「えっ?」


 思わず背中をみる。もちろん、ついてなどいない。


「背中の翼は飛ぶためについてるのだろ? 学校で習わなかったから飛べないなんていう鳥はいない。都市という檻に閉じ込められているのが当たり前だと思ってるんじゃない? そんなの誰が決めたんだ? 大丈夫。あなたならできる。飛べる。自分を信じなさい。あなたは一人でここまで来たのではないはず。あなたを信じて懸けた思いに応えるため、その思いを胸に、思うがまま生きればいいさ」


 ちょっと格好つけすぎたかなと、カスミは照れ笑いをした。

 わたしは小さく首を横に振って、ありがとうとお礼をいった。

 終着駅につくと、乗客はわれ先にとホームに出て行く。その人ごみにまぎれて、カスミは姿を消した。


「それじゃ、わたしもいきますか」


 カスミにもらった夢玉を握り締め、わたしは改札口に向かった。

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