第56話 喧嘩開始

元々、地下に空洞が広がっていたのだろう。

和也らが落ちた空洞は見上げれば未だに崩落が続いており、微かに見える空では月を見る者と他に幾つかの影が飛び交っていた。


「まんまと分断されちまったのか……みんな、無事か? 」


痛む身体の調子を確認しながら立ち上がり、周りに声を掛ける。

何人かが返事を返した、全員が下に落ちた訳ではないようだ。


「いてて、無事ッす。後はドロシー、ルーリエも」


なんか皇女殿下を呼び捨てしたいたエルヴィンを放っておいて、和也は上に登れないか岩壁に手をかけた。


「人類組が落とされたのかね、あ、愛歌ちゃんとベルライト以外か。他の子達は……上で戦ってるみたいだな」


突起部分に触れて力を込めるが、簡単に崩れてしまった。

他の部分も同じく、軽く触れただけで崩れてしまい到底登れそうには無い。


「カズヤさん! こっちに道があるっす、暫く歩けば上に出れそうですね」


「よっしゃ! でかした! 」


こんな所で時間を取られる訳にはいかない、さっさと上に行って戦いに参加しなければとエルヴィンの指差す抜け穴に向かおうとして。

ドロシーが槍を振った。


ピッ、と和也の目の前に槍が差し向けられて動けなくなる。


「キャア! 」


「カズヤさん一歩下がって。足元」


淡々と話すドロシー。

黙って頷き、言う通りに下がって足元を見ると……何かが光っている。


それは抜け穴に向かおうとする者を待ち構える様に貼られた糸であった。

糸を目で辿ると、端には巧妙に隠蔽された弩が設置されている。


「……こんな罠が沢山ある。多分、穴にはもっと沢山」


「こういう事得意そうなの、心あたりがあるな」


和也は腰に提げた小瓶を手に取り、蓋を指で弾いた。


「出てきてよ。あなた達の作法に付き合うぜ! 」


威勢よく声を張り上げると、微かに布擦れの音が空洞に響く。

複数だ、とても多い。


「爺や」


エルヴィンも、ドロシーも一切気付けない。


いつの間にか、ずっと視線を向けていた和也でさえ気付かぬ内に小さな影が現れていた。


「……ギ、ギィ」


「爺や」


ゴブリン族最強の戦士。

かつて初代魔王の右腕として戦場を駆け、この世界に来たばかりで右も左も分からなかった和也を世話してくれた。


緑の刃、和也が爺やと慕うゴブリンである。


「俺の事、分かんないよね」


「……オウ、ノ、テキ」


名の由来となった刃を、何故か彼は抜かずに渋い顔で俯いていた。

周りのゴブリンも攻撃は仕掛けずに、じっと息を潜めている。


「分かってるならなんで、何もしないんだよ。俺がこれを呑む前に片付ければ良いじゃん」


和也は勇者の骨髄液を目の前に翳す。

トロリとした液体は、もう実質和也の骨髄液だ。


「……」


「色々あるんだよね。爺やなりに思う事あるんだよな」


「……ギ」


老ゴブリン、緑の刃に和也を判別する手段は無い。

彼にとって、和也は初めて見るはずの敵対者だ。


そのはずなのに、未だに刃を抜けないでいる。


「あの……もし戦わずに済むのであれば」


緊張した面持ちのルーリエが停戦を申し出るが、和也はそれを制した。


「そんな訳ないじゃん。爺や、抜けよ」


「ギ……? 」


「遠慮してるのかよ、違和感で俺に刃向けれないのかよ。ずっと、戦いが欲しかったんでしょ、死に場所を作る為に俺を拾ってくれたんでしょう」


小瓶に入った骨髄液を飲み干す。

頭の中で万雷の拍手が鳴り響くかの様な衝撃が巻き起こり、それが指先にまで行き渡っていった。


和也は、この瞬間より帝国十二勇士となる。


「小難しい話をしに来たんじゃねえんだよ、俺達は喧嘩しに来たんだぜ」


勇者の骨髄液、その使用法と効果は緑の刃も知っていたはずだ。

それを飲み干し、もう易々と殺せなくなった和也を相手に流石の緑の刃も警戒して刃を抜きかける。


「思想とか、因縁とか、大義とか。大それた理由を付け足したって戦争や殺しが正当化される事は無いって思ってる。だからシンプルに行こう」


何を言っている、そんな意味不明といった表情の緑の刃。

和也はそんな間抜けな顔面に、思いっきり拳を振り下ろした。


「負けた方が負け! 先攻は俺な! 」


拳は空を切り、地面に激突して周囲を陥没させる。

当然の様に回避した緑の刃は、躊躇っていたナイフの鞘を投げ捨てた。


「カズヤさん! やるんすね! やるんですね! 」


「そのつもりだって言ったろう! エルヴィン君、ドロシーちゃん! 皇女殿下を頼んだぞ! 」


和也が吠えると同時に、物陰からゴブリン達が飛び出してきた。

ゴブリンは和也では無く、エルヴィンとドロシー、ルーリエを集中的に攻撃し始めた。


「俺の相手は爺やがやってくれんの」


ファイティングポーズ。

武道や格闘技の経験の無い和也の取る構えはその道に熟達した者、例えば緑の刃から見れば隙だらけに映るだろう。


しかし、先程の躊躇とは全く別の理由で緑の刃は手が出せないでいた。


「ビビってるのかよ! こっちから行くぞ! 」


熟達した技術の無い和也の行う攻撃は直線的だが、しかし予想が難しい。

アークライト式超実戦トレーニングと骨髄液により獣の様な機動力を会得した和也は、猛然と緑の刃に襲いかかった。


「……ギッギッギ」


滅茶苦茶な構えで繰り出される、速度だけは一級品の突きはまたしても空を切った。

背後に移った気配に半ば自動的に裏拳を振るうも、また何にも当たらない。


少し遠くで緑の刃がゾッとする様な笑みを浮かべていた。


「……さっすがぁ」


「カズヤさんジリ貧です! コイツら馬鹿みたいに強いっすよ! 」


「つってもな」


ゴブリン相手に善戦出来ているのは、和也の見た所ドロシーくらいだ。

しかし彼女もルーリエを守りながらの為に、上手く立ち回れていないでいる。


ゴブリンらの動きは、芸術的とも言える程に徹底された集団行動であった。


現れては消え、消えては現れる。

1匹が作った隙を全員で突き、1匹が作られた隙を全員でカバーする。


この場で唯一決定的な力を持つ和也は、緑の刃が抑え込んで他へは行かせない。


「カズヤさん。俺に考えがあるっす」


「へぇ、その言い方期待して良いんだよね……ちなみに、どんな作戦? 」


隙と見たゴブリンが死角から襲ってくるのを殴り飛ばして、和也がエルヴィンに耳を寄せる。


「ゴニョニョ」


「キャッくすぐったい……え、マジで? 」


「マジっすよ! ルーリエ! 」


約定の杖を振り回し、なんとかゴブリンを近付けないように立ち回るルーリエにエルヴィンが駆け寄る。


「エルヴィン様! 」


「ルーリエ。この前に話してくれた、アレをやって欲しい」


「え……」







人間達の動きが変わった。

今までの個人が好きに動く戦いから、明確な目的を持った動きへと。


「長! あやつら」


「うむ。仕掛けにきたようだ、お前達も仕掛け時を見誤るなよ」


女の方の十二勇士が杖を高く掲げた。


隙だらけだ。

当然そこを突こうとした若いゴブリンが帝国兵士に邪魔される。


「なるほどな、大きな魔法を使うつもりのようだ。総員、矢を番えよ」


ゴブリンが人間達から一斉に距離を取り、小さな弓と矢を取り出した。


「さぁ。あれだけの啖呵を切ったのだ、この程度でへばるなよ」


いつの間にか、緑の刃の口角が上がっている。


あの十二勇士は、何のしがらみもなく気持ち良くゴブリン達に向かって来た。

様々な懸念で刃すら抜けなくなった己が恥ずかしくて、彼らが余りにも眩しくて、こんなにも楽しくなってしまう。


青年は喧嘩と言った。

戦争では無く喧嘩と、大義など要らないと。


その通りだ!

狭っ苦しい洞窟で何十年も隠れ潜み、ゴブリンの矜恃を忘れたのか!

ゴブリンの長、緑の刃ともあろう者がなんて情けない。


「グッ、ククク」


戦う為に戦う、負けた方が負ける。


「いきますぞ」



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