第42話 久しぶり
「さぁお祭りだー! 魔王陛下! おかえりなさい! 」
誰が言ったか。
大きな声を皮切りに、ワッと湧き出るような歓声が和也へと注がれた。
「おかえりなさい! 」
「無事でよかった! 」
「やっぱり魔王様は最強だ! 」
大歓声に一瞬動揺するも、龍の背から手を振って応える。
和也を乗せた月を見る者は、その歓声を聞いて得意げに喉を鳴らした。
大好きな和也が歓迎されてとても気分が良い。
本来なら他の魔物と群れて騒ぐだなんてしないが、今日は無礼講だと気軽に焼き払うのを我慢する。
代わりに、魔王たる和也の威光を示さんと大きな咆哮で歓声へと応えた。
「す、すげぇ……あの、村の規模が滅茶苦茶大きくなってない? 」
「私からしたら全部小さくて狭いぞ前と変わらない魔王の住む場所なのだから大きな城を建てなければならないドーンとないっそ魔王城を運んできてやろうか」
「城は……流石に大袈裟かな。やっぱりあるんだ魔王城、1回行ってみたいなー」
魔王城というと、暗雲漂う陰鬱とした建造物が思い浮かぶ和也。
まだまだ厨二病が抜け切らない彼はそんな建造物が大好きだ、全く住みたくは無いが観光として1度訪れてみたい。
「陛下ァー! うおおおお! 陛下ァー!!! 貴方の愛馬がお迎えに上がりましたよぉ!!!! 」
「む、この草原を往く風の様に軽やかでかつ雄大な大地の如く重厚な蹄の音は」
リズミカルな地を蹴る足音が連続で響く。
村の入口で大量に固まっていた魔物達を吹き飛びしながら、久しぶりの暑苦しい声が近付いてきた。
「おっ! 春の息吹! ひさしぶ……」
高潔な騎士を思わせる凛とした顔立ちの女性が、とんでもない馬力で飛んで来て和也へと急接近する。
あまりの速度に人間の和也はともかく、ドラゴンである月を見る者ですら反応出来なかった。
ふわりと月を見る者の背に乗った春の息吹は、鼻息荒く和也に詰寄る。
「ふんふん! 陛下! こちらへ! お迎えにぃ! 参上いたしんんんんん! 」
許可無く背に乗った不届き者を龍が許すはずなく、丸太のように太い尻尾で春の息吹を叩き落とそうとして……
それをスルリとすり抜けた。
春の息吹は軽やかに地面に着地する、怪我ひとつない。
「ふふふ残念!!! 陛下が留守の間、血の滲むような鍛錬を行いました! 今の私は、よっ! 以前の、はっ! 比ではありま、ほっ! 」
誇らしげに、以前よりボリュームの増した四肢を見せ付ける春の息吹。
鍛錬の報告をしつつも、幾度と無く繰り出される月を見る者の攻撃を無傷で躱していく。
「へぇ凄いな……って」
相当に手加減しているとは言え、月を見る者の攻撃は一撃一撃が大地を抉る。
彼女らの足元はあっと言う間に隕石でも大量に降ってきたかのように穴だらけとなってしまった。
尚も破壊は続く。
春の息吹は挑発をやめようとしない。
「こら! やめなさい2人とも」
月を見る者は和也の声でようやく攻撃をやめ、ゴロゴロと喉を鳴らしながら和也に頭を寄せる。
「違うぞ本気で戦っていないじゃないか遊んでいただけだ何も燃やしていないぞ」
はいはいと撫でて応える彼。
春の息吹は和也の大きな声に驚いて、すっかり勢いを失ってしまった。
「むっむ……」
なんだか落ち着かなくて、でこぼこになった地面を蹴る。
暫く見ない間に、ドラゴンを一喝する程に度量を上げた和也になんだかモヤモヤとして、春の息吹は落ち着かない。
「落ち着かなぁい!!! 」
「びっくりした……」
「魔王陛下! おかえりなさいパーティーの準備をしております! どうか、こちらへ! 」
モヤモヤとした得体の知れない感情を胸に抱えつつも、当初の目的である和也を宴の席に連れて行くという思い出す。
草原を思いっ切り駆け回りたい不思議な感覚はずっと胸の中に燻り続けていた。
「とりあえずぅ! その龍の背より降りてください! 大きな姿ですと、村も壊れてしまうので小さくもなって頂きますよぉ! 鋭く睨む者! 」
「はいはい分かったぞ小娘はいはい私は器が大きいから怒らないぞ……それに」
スルスルと体を縮めて人の姿を取り、繕ったジャージを羽織った。
そして、以前とは明らかに色素の入れ替わっていた瞳で春の息吹を見上げる。
「小娘よ私の名は月を見る者だ何故ならカズヤに名付けられたのだこれからはこの名で呼ぶが良い」
「は、なづけ……名付け!? 」
はっーはっは! と高笑いして和也を担ぐと、月を見る者は村へと入ってく。
修羅場を間近で見せ付けられた他の同行者は、少し気不味そうにそれに続いた。
「えー……と」
水を打ったように静まり返る会場。
和也は慣れない緊張から冷や汗を垂らして、何百もの視線に耐えていた。
魔王様おかえりなさいパーティー。
その主役は勿論、魔王である和也である。
村に入ると、既に辺りはお祭り騒ぎだ。
主役がようやく登場した事に気が付いた魔物達は和也を何処かへと案内する。
促されるままに進み、気が付けばこの壇上に立っていた。
沢山の魔物が和也の一挙一動をじっと観察して言葉を発さない。
ゴブリン、オーク、ケンタウロスまでは和也も加入を知っているが、その他にも二階建ての家屋程に大きな魔物、蜥蜴をそのまま二本足で立ち上がらせたような魔物……
見えるだけでも、新たに数種類の魔物が村に加入していたようだ。
「えー……皆さんこんばんは」
地を揺るがすような大声で挨拶を返される、実際震えていた。
「今日は集まってもらって、ありがとうございます」
1番大きな声を出していたドラゴン、月を見る者は和也の名を叫び続けている。
熱狂的なファンの押し掛けるライブ会場のような異様な熱気は、徐々に和也の緊張を解していった。
「この通り無事です! 心配かけた皆さん、ごめんね! 」
手を挙げて無事をアピールすると、雄叫びに嗚咽が混じり始める。
「まだまだみんな大変だろうけど、頑張っていこう! 今日は無礼講だぜ! 」
大歓声と共に迎えられご満悦の和也は宴会の席に座らされると、目の前に並べられた料理の数に圧倒される。
「うぉ! 凄いご馳走だ。肉も野菜も見た事ない変なやつも食べきれない程あるな……爺やと洞窟暮らししていた頃が懐かしいよ」
あの爺や特製野草料理は無いかな?
と見渡していると、探していたお目当ての野草料理が和也の前に差し出された。
「オウ、ソノセツ、ゴメイワク、オカケシマシタ」
「爺や! 」
深い皺が刻まれた小さな老人。
ゴブリン族長緑の刃、通称爺やの作る野草料理は相変わらず素朴で優しい味がした。
こればかり食べさせられていた頃は飽き飽きしていた物だが、暫く食べていないと無性に懐かしくなる。
もはや和也にとって、この世界で最も馴染みある料理となっていた。
「爺や、俺が居ない間に何か変わった事
なかった? 」
「ギィ……タクサン、マモノ、フエタ。ミンナ、オウ、チュウジツ」
「そっかそっか。滅茶苦茶魔物増えていて凄いびっくりしたんだよね。ご飯は足りてる? 」
爺やは大きな倉庫を指差した。
ひっきりなしに魔物が出入りして、食べ物を運び出している。
食糧の心配は無さそうだ。
「良かった。帝国では色々あってさ、是非爺やに聞いて欲しい事が沢山あるんだ! 」
「モチロン、キカセテクダサイ」
様々な料理を堪能し、持ち帰った沢山の土産話を披露して。
宴は止まず。
夜は更けていく。
この活気を見て魔物が衰退したと誰が思うだろう。
どんちゃん騒ぎは翌朝まで続く事となった。
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