第5話 ドラゴンは理想の乙女


ドラゴンは自由気ままに空を舞う。

その日の気分で獲物を狩り、好きな所で好きなだけ寝て、戯れに人間を殺した。


ドラゴンは人間があまり好きじゃなかった。


利己的で見栄っ張りのくせに、善人のフリをして人を助け形の無い物に価値を見出す。

確固たる価値観を持っているようでまるで取り留めのない人間が理解出来なかった。


だから40年前、魔物達を統べて人間の大攻勢に抗った魔物の王、魔王の命令にも従わなかった。


魔王は人間だったからだ。


直接会ったことは無い、会った事のある魔物は皆素晴らしい王だと口々に語っていた。


ドラゴンは天邪鬼だった。


人間の癖に魔物に好かれる魔王を受け入れるのが何だか悔しかった。

使いの魔物に手紙を渡し文通だけは行った、魔王は頻繁にドラゴンに色んな報告をした、中には下らない日常の一コマも含まれていた、誰々が結婚した、誰々の子が産まれた、好きな食べ物、好きな景色、生きる意味を語り合った。


ドラゴンはそれが好きだった。


「近いうちに会いにいく」


「分かった、帰り道からは私がお前を守ってやる」


これが最後のやり取り。


魔王はこの後勇者と相打って死んだ、ドラゴンからの最後の手紙を読んだかすら定かでは無い。


ドラゴンは待ち続けた。


ずっとずっと山の上で待ち続けた。


永遠を生きるドラゴンにとって数十年なんて年月は瞬きの間に過ぎる刹那でしかない。

しかしこのドラゴンはその一日一日を噛み締めて待ち続けた、一日千秋とは正にこの事だった。


楽しい事があれば魔王に語ってやろうと、悲しい事があれば魔王に愚痴ってやろうと話題を蓄え続けた。


……40年が経った。


最近、山の麓辺りが騒がしい。

確か敗戦の後ゴブリンが住み着いていたはず。

魔王の側近、懐刀を自称していたゴブリンは魔王が死んだにも関わらず生き延びていた。


住処を変えようとか、ゴブリンを追い出そうとは思わなかった。


自分でも気付かぬうちに同情したのだと思う。


「……? 」


騒がしさの原因はどうやら別の地から流れ着いたオークのようだ。

マナが乱れ荒れ果てた廃村で静かに闘志を燃やすオークらを山の上から観察する。


あぁ、私の知らぬ間にとうとう魔物同士が争うようになったのか。

あのオークらを率いるリーダーの名は確か、鉄の猪、かつてこの山に住むゴブリン緑の刃とも肩を並べて戦った歴戦の強者だと言うのに。


魔物は堕ちるところまで堕ちる、同族で共食いを始めるのも時間の問題では無かろうか。


いっそ、知性を捨て獣に成り果てる事が出来るのなら。

いや、そうした魔物も少なからずいるらしい。


もうこの世界に、魔物の居場所は存在しないのか。

絶望に暮れ、瞳を閉じた。

もう何も見たくない。


「ッ! ……なんだ 」


閉じた瞳の上からとても強い光を浴びせられるような、そんな衝撃に跳ね起きる。

山頂から身を乗り出し下界に視線をやった。


「!ぁ、あれは、あいつは」


ドラゴンは泡を食ってその場に尻餅をつく。

人類や他の魔物には到底見せられたものでは無い間抜けな姿であったが、そんなの気にならなかった。

万里を見通す竜の眼に魔力を通す。


視線が1点に、神輿で担がれた男に注がれる。


「フーはっはっはっ!!! 平伏せーい! ふははは!ッゲホッゲホコッウェッちょっ、ゴホッ」


間違いない!

あの男は魔王に違いない!


ドラゴンは魔王を見た事が無かったが、魂の存在だけは戦争な間ずっと感じ続けていた。

その魂の気配があの男からまた感じてきたのだ。


嗚呼! 40年待ち続けたぞ魔王!


いや……


いや別に40年とか、ドラゴンにとっては瞬きの間だし、別に待ったとか言うほど大層なもんじゃないけど、ってか待ってないし、というか最後に自分の方から手紙を出して終わったってのが気に入らなくてちょっと待機してただけだし。

そもそもオークやらゴブリンやらより先に会いに来るべき相手ってのがいるんじゃない?

戦時中あんなに誘ってきた癖に死んだ程度で不通になるとか、これだから定命の者は嫌なんだけど、魔物の王を名乗るなら生死の概念くらい覆してくれないかなってドラゴンは思うな。


仕方の無い奴だ、私がいないから戦争にも負けちゃってあいつ自身も死んじゃうし。

今度は勿体ぶらずに参戦してやろう、あ、言っておくけどあいつがどうしてもって頭を下げてきた時だけだ、お前が必要だから、頼む、そんな事言われたらしょーがないなー今回だけだぞ? と協力してやるのもやぶさかではない。






パァン!パァン!!パァァァァン!!!!


「うぉぉぉぉ! びっくりするほどゆ」


「何をしてるお前! 」


「ぐはぁ!? 」


痛い痛いたーい!!

血がぴゅっと出る鼻を抑えてヨロヨロと立ち上がった。


こんな事をした犯人は、まるで自分が被害者の如く涙目で和也を睨み付けていた。

実際被害者なんだが和也はそんなの思い付かない、馬鹿だし。


燃える盛る炎のように紅い髪と、それを更に鮮やかにしたような紅い、縦に割れた瞳孔の瞳。ぱっと見歳は14、5歳くらいに見える。

手や足は髪と同じ紅い色の鱗で覆われており、人間で言うなら尾骶骨辺りから和也の腕よりちょっと太いくらいの尻尾が生えている。

尻尾だから当然か。


なにより。


「ひゅぉぉ……めっちゃ可愛い……」


顔が和也の好みどストライクゾーンど真ん中、ド直球で突き刺さって球場外までキャッチーミットと捕手を貫通していくくらいに可愛かった。


童貞、進藤和也22歳無職。


まるで夢の中から出てきたような可愛らしい女の子を前に完全ノックアウトである。

ゆでダコのように赤くなった顔で慌てて鼻血を拭う。


「まず服を着ろお前何時まで裸だお前」


「お、押忍! すんません! 」


いそいそと服を着る。

まさか我を失い、こんな羞恥プレイをかますことになるとは思わなかった。


「押忍! 着ました……うぉぉ? 」


ジャージを着終え、前を向くと女の子が直ぐ目の前にいた、もうちょっとで鼻先がコッツンコしそうなくらい近い。


「お前魔王何で死んだ約束を破って死にやがってお前ずっと待ってたぞおい」


鈴の鳴るような声ってなんだよブハハ!

リンリン鳴りながら喋ってんのかよ! 声高過ぎて聞き取り辛いわ!


なんてロマンチックな表現を馬鹿にしてた自分を殴りたくなった。

めっちゃリンリンしてる、どちらかというと凛々してる。


よく通る可愛らしい声は突き詰めると、本当に何か楽器が鳴っているように錯覚してしまうらしい、多分全人類の殆どが知らない真理を知って和也はもう、限界寸前であった。


そして、あるひとつの事実に気付きその最後の理性すら吹っ飛ぶ事となる。


「おい聞いているのか魔王なんとか言え喋り方もわざわざ合わせてやってるんだぞおい」


息継ぎを全くしない独特の喋り方をする少女は全裸だった。


服を着ていないのである。


童貞には刺激が強過ぎた。


和也は気を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る