10.事情聴取
噂の使用人の事情聴取を憲兵隊に命じ報告を待っていたシトロンの元に、仕事を頼んだはずの憲兵隊が困惑した様子でやって来た。ザっと話を聞くとその使用人は確かに聖女アルティナの髪飾りを持っていたのだが盗んだものではないと言い、その上、アルティナから髪飾りを国王に届けるよう言われていると告げたのだという。
持っていた髪飾りは本物だと言うが確認する術がないこと、元々聞いていた事情とは全く違うことから今後の対応をシトロンに確かめに来たのだ。しかもその使用人は髪飾りを誰かが届けてくれることを望んでいるらしい。
髪飾りが本物であり、その使用人が嘘をついていないのであればシトロンが髪飾りを届ければいいだろう。しかしそうでなかったら……髪飾りが偽物でも問題だし、本当は盗んだものをバレてしまったのでそう言っているだけならそれも問題だ。
いっそ使用人が心当たりがないと言ってくれていればそれで押し通せたのだが――本当に盗んだとしても普通なら確認できないからだ――両方の証言が矛盾しているのを放っておくわけにもいかない。
ザルガンドが唯一国交を開いているアルディモアとの関係はあくまで対等だが、実際のところザルガンドの方が力関係は上だった。しかしだからと言って、この問題をうやむやにしていいわけがない。
盗まれた物ならその使用人をアルディモアに引き渡す段取りを取らなければいけなくなるだろう……シトロンはひとまず軍部へと向かいながら、部下にリリアナと関係者を呼び出すように命じたのだった。
***
軍部の一室で待たされていたミモザはパランティアと共に、戻ってきた憲兵隊の軍人に別室へと案内された。そこはきちんとしたら客を迎えるための応接室で、華やかさこそないものの品のある調度品で整えられていた。部屋の真ん中にある応接セットの中、一人掛けのソファにミモザとパランティアはそれぞれ腰を下ろした。
先ほどの部屋と同じような机と椅子が部屋の隅に運び込まれ、二人を案内した軍人が書類のようなものを用意している最中、ノックと共に応接室の扉が開かれた。
「あっ」と飛び出かかった声を、うまく飲み込むことができた自分を褒めたいとミモザは思った。
入ってきたのは二人の魔族だった。どちらも外見的には若者で、片方は軍服を着ているが、部屋に控えている憲兵隊とは軍服の装飾が違うので別の部署の軍人だ。何か大きめの包みを抱えている。
若い軍人はパランティアに向けて空いている方の手を軽く上げた。黄緑色の瞳は使用人頭と同じ色をしている、クリーム色の髪を持つ彼はパランティアの息子のエメだった。三つ目ではないが父や姉のように千里眼を持っている。パランティアは気軽な様子の息子に片眉をあげたが、何も言わなかった。
もう一人は――もう一人は、夕焼けを思わせるオレンジ色の近い、濃い金髪をしていた。金色の瞳孔をした黒い瞳がミモザを鋭く見つめていた。
「国王陛下の秘書官を務めるシトロンだ」
シトロン――その名前を、ミモザはよく知っていた。
「……ミモザです」
立ち上がってあいさつをしたが、すぐに座るように促された。エメのことも紹介され、彼らは壁際に並んでいた椅子を持ってきてミモザのはす向かいにそれを置いて腰を落ち着けた。
「どうしてシトロンが?」
パランティアがたずねた。
「憲兵隊の者に髪飾りのことで噂になっている使用人に事情を聞くように言ったのは俺だ。聖女アルティナの髪飾りを持っている者がいるなら、本来あるべき場所に返すべきではないかと指摘があったからだ――イシルマリの客人から」
シトロンは渋い顔をした。実際、彼はイシルマリの口出しをあまりよく思っていなかった。相手が王女だからそれなりの対応をしているだけで。
「イシルマリの王女と聖女アルティナに仕えていたという侍女も呼び出しているが、その前に君にも話を聞きたい。報告に来た憲兵隊は君が髪飾りを持っていると言っていたが見せてもらえるか?」
「はい」
ミモザはローテーブルの上に髪飾りをそっと置いた。シトロンはミモザにひと言断ってそれを手にとり、マジマジと見つめた。彼はその髪飾りを見たことがあった。アルティナがアルディモアに移住する際に持っていったことも知っている。それがアルティナの母であるこの国の亡くなった王妃の物だったことも。
「確かに本物のようだ……陛下の気配を感じる」
ミモザは思わず目を丸くした。
「これは元々、陛下が聖女アルティナの母君である王妃様に贈ったものだ」
ミモザが驚いたのをどう解釈したのか、シトロンがそうつけ足した。
「……聖女アルティナはそれをこのザルガンドの国王陛下に届けて欲しいと望んでいました」
「そうか……イシルマリの王女の侍女は、君がこれを盗んだと言っているらしいが?」
「わたしは聖女アルティナからこれをたくされました。嘘じゃありません」
「どうして聖女アルティナは君に髪飾りをたくしたんだ? 他の者ではなく……」
「それは……理由ははっきりとおっしゃりませんでした。でも、聖女アルティナはわたしが魔族だと知っていたので、それでだと思います。五年ほど仕えましたが、他に魔族はいませんでしたから」
「なるほど……それはありえる理由かもな」
魔族の国であるザルガンドと人間の国の間には結界があり、人間がザルガンドに入国するには許可がいる。が、魔族は基本的には自由に出入りできる。もちろん何か問題を起こしてザルガンドから追放された者は別だ。
人間がザルガンドに入国するにはザルガンドに籍を持つ魔族が許可を出さねばならず、許可を得ずに暗闇の森に踏み込めば迷ってそのまま森から出られなくなるか運よく森の外に出されるかしかなかった。
「……どちらも言い分が違っている。これからどちらが真実か確認したいと思う」
そう告げたシトロンが扉に視線を向けるのと、ノックの音が響くのは同時だった。
近くにいた軍人が扉を開けると、イシルマリの王女であるリリアナと彼女の侍女であるヴァルヴァラとジュリアがいた。三人とも取り繕ってはいるがどこか訝しげだ。髪飾りのことでというのは聞いていたが、呼びされた理由がわからなかったからだ。
リリアナは応接セットの二人掛けのソファに一人で座り、その後ろに二人の侍女が立った。ミモザとパランティアのちょうど向かい側だ。先ほどまで椅子に座っていたシトロンとエメは立ち上がり、二人が使っていた椅子はエメが元の位置に戻した。シトロンはヴァルヴァラがシトロンの持つ髪飾りに向ける視線にあまりいい感情を持てず、さりげなくそれを上着の内ポケットにしまい込んだ。
「聖女様の髪飾りのことで話があるとうかがいましたが」
リリアナが口を開いた。
「……まず、聖女アルティナの髪飾りですがこちらの使用人のミモザが持っていました」
シトロンが答えた。
「まあ、では――」
「しかし彼女は髪飾りを聖女アルティナから我が国の国王陛下のところに届けて欲しいと頼まれたのだと言っています」
「そ、そんなはずはありません!!」
声を上げたヴァルヴァラをリリアナがたしなめたが、ヴァルヴァラはミモザを睨みつけた。
「彼女のような者が聖女様に頼まれるなど……! もし聖女様が父君に髪飾りを届けるよう望んでいたとしても他の者に頼むはずです!! 彼女は嘘をついています!!」
「他の者に頼んだというなら一体誰に?」
シトロンは冷ややかに言った。この声を上げた女が聖女アルティナに仕えていたという侍女だというのはわかったが、シトロンからしてみればミモザの言い分の方がよほど信じられる。シトロンは勘がよく、自身もその自覚があった。が、それを理由に彼女の言い分を跳ね返すことはできないのもわかっていた。
「そ、それは……」
「聖女アルティナの周囲に魔族はいなかった。このザルガンドに許可のない者は入国できない」
そう言いながらシトロンはエメに視線を向けた。それを合図にエメが持っていた包みをローテーブルの上に置き、包みを解くと、何やら魔道具のようなものが中から姿を現した。片手にすっぽりと収まりそうなサイズの宝石の原石にも似た石と、円形の鏡のような物がついている。側面には軍部の紋章が刻まれており、それが軍の備品であることがうかがえた。
「……わたくしの侍女が嘘をついていると?」
リリアナの声にはどこかあきらめにも似た感情が混じっているように思えた。
実際、リリアナはヴァルヴァラ自身の態度から彼女の発言を全く信用していなかった。それでも自分の侍女であるため、一応は庇う体を見せる必要があったのだ。
「互いの言い分が違う以上、どちらかが嘘をついているのは間違いないでしょう」
シトロンの瞳がミモザとヴァルヴァラを順にとらえた。
「もしミモザが髪飾りを盗んだのであればこちらの方でアルディモアと連絡を取り、しかるべき対応をしましょう。ですがもしそうでなければ――」
「もちろん、こちらとしても使用人とはいえ隣国であるザルガンドの民を不当に貶めようとしたことになるのは重々承知しております。きちんと対応いたしましょう」
「では」とそれまで黙って控えていたエメが口を開いた。
「お互いが納得した上で、こちらの説明をさせていただきます」
エメは軽く自己紹介をした後、自分自身のことよりもつまびらかにローテーブルの上に置かれた魔道具について説明をしはじめた。
「これは軍部で使用している魔道具の一つです。この結晶部分に触れた者の記憶をその場に投影することができます。いつの記憶かはこちらで選ぶことができ、主に尋問などで利用されているものです」
「この魔道具を使います。もちろん、断ってもかまいません。ミモザは髪飾りを陛下へ届ける意志があります。魔道具の使用に問題があるようでしたらこの件は私がミモザから髪飾りを受け取って終わりにしましょう」
「ザルガンドはこの問題を無かったことにするおつもりですか!? 聖女様の遺品が盗まれたのですよ!?」
「ヴァルヴァラ」
どうしてもミモザが盗んだことにしたいらしいが、ただの侍女が国名をあげて批判するのはさすがにまずいだろう。リリアナの視線も氷のように冷たくヴァルヴァラを見据え、「この者の言うことは気になさらないでください」とため息混じりにシトロンへ言った。
「それでかまいません」
シトロンとエメの視線が向けられ、ミモザもうなずいた。どちらにしろミモザは盗んでいないのだ。困るのはヴァルヴァラだけである。
「それでは最初にこの魔道具を実際に使って見せましょう――王女殿下、ご協力を願えますか?」
「わたくしがですか?」
「もちろん、そちらの――当事者の方ではない侍女の方でもかまいません」
リリアナは今まで黙って控えていたジュリアを見やった。ジュリアは会釈するように頭を下げ、控えめに前に進み出た。ヴァルヴァラと違って彼女はわきまえているようだ。
「では、このジュリアが」
「いいでしょう。それではこの結晶の部分に手を置いていただけますか?」
壁に一度片づけた椅子を持ってきてそれに座るようにすすめながらエメはジュリアに促した。
「少し手のひらが温かくなるでしょうが、気になさらないでください。この結晶の中にある魔力が動いて熱を発するのです――では、投影するのはあなた方がこの部屋に入ってきた時の様子にしましょう」
結晶が光を発すると、途端に部屋の光景がダブって見えた。別の光景が重なっている――すぐ前の廊下だ。この部屋の扉が見え、その扉を叩く音が妙に反響して聞こえた。開かれた扉の向こうには、この部屋がある。魔道具にある鏡のような物から記憶の光景は広がっているため家具の配置などはずれているが、ミモザやパランティアがそれぞれ座っているところやシトロンやエメがちょうど立ち上がったところも映し出されていた。
それらは全て半透明で、存在感がまるでない。先ほどミモザも別の視点から見た光景はそのままくり返されていった。会話ももちろん、エメが椅子を片づけるところも、シトロンがヴァルヴァラを気にして上着に髪飾りを隠すところも。ジュリアが見ていた光景をそのままに。
実際ここにいるエメが魔道具を再びいじるとその光景が消えていった。
「このように記憶が投影されます」
「信用できそうな道具ですね」
簡潔にリリアナが言った。ジュリアと交わした視線が複雑そうなのはシトロンがヴァルヴァラを警戒して髪飾りを上着にしまったところを見たからだろうか?
「まず、君から。この結晶に手を置いて」
エメに促されてミモザはこっそりとうかがっていたリリアナとジュリアの様子から視線をそらし、冷たい結晶に触れた。「アルティナ様が亡くなったのはいつだったか?」「十年前の――」とエメとシトロンが話すのをぼんやりと聞いているうちに、結晶の中にあったらしい魔力が活発に動き出すのが手のひらから伝わってきた。
「ざっくりとした時間軸で投影をするから、細かい時間を教えてくれるかい?」
「はい」
「ああ、プライベートすぎる記憶は投影されないようになっているから安心して」
エメがさわやかに笑いながら魔道具を操ると、結晶の中の魔力が強く光り出す。室内に明らかに別の風景が重なっては消えていき、まるで走馬灯のようだとミモザは思った。
人影がノイズのように時折目の前で瞬いた。ミモザがエメに細かい日時――何年前のどの季節で、どんな天気や月だったか――を伝えると、そのノイズが薄くなり、人影や室内に重なる風景は少しずつはっきりとしてきた。
そして、
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